◆36 ~ 戦技大会、開幕

『――今年もアツい夏がやってきた! 戦技大会も二日目、ついに始まる総合の部! 今年の最強は誰かを決める戦いが、ついに始まります!

 実況は私、タイムズ・オン・ファイターTOF情報局から参りました、コノミ・アバネシーがお送りします! そして解説はこの方!』


『A級ハンターのエミリーよ。よろしくね』


『A級ハンターのエミリーさんと言えば、二年前の帝都本選で決勝リーグに進出され、その強さと妖艶さから『風の薔薇ウィンドローズ』の二つ名でも知られております!』


『その呼び名は恥ずかしいから止めてね……』


『やめません! さて、エミリーさん! 今年の注目選手は誰でしょう?』


『アンタねぇ……ごほんっ、そうね。まあ順当に言えば、去年準優勝したエリオットかしら。彼の魔槍は非常に完成度が高いわ』


『魔槍ですか?』


『ええ。少し前に流行った戦術よ。武器による攻撃と魔術を完全にシンクロさせて、息もつかない連続攻撃を行うの。ハンターではあまり使う人はいないわ』


『それはどうしてでしょう?』


『持久力がネックだから、爆発力はあっても実戦では扱いが難しいのよ。けど、こういう試合形式だと非常に強いわね』


『なるほどー!』


『ほかにも総合の部だと武器の選択は自由だから、鞭剣なんて珍しいものを持ち込んでいる選手もいるそうね。どういう戦い方をするのか楽しみだわ』


『はい! そういうわけで、間もなく総合の部、開戦です! 今年はどんな戦いが見られるのか、今から楽しみです!』


 ――実況席からのマイク越しの声を聴きながら、イリアは落ち着かない自分の気持ちをどうにか落ち着けようと躍起になっていた。

 だがそこに、背後の気配に気づいて振り返る。


「父様」


「……ここにいたか、イリア」


 父の姿に気づいた、近くの席にいた生徒たちが一斉に立ち上がる。

 だが父は穏やかに手を振って、全員を席につかせた。


「ご機嫌麗しゅう、閣下」


「ああ、レレイ伯爵の。君の優秀さはいつも聞いている。娘が世話になっているようだ」


「いえ、私こそいつも助けられておりますわ」


 会長がにこやかに礼をし、父に私の隣の席を譲る。

 こういうところは本当に卒がない。いやむしろ、学院のいつもの態度のほうがわざとなのかもしれない。


「父様、貴賓席のほうはよろしいのですか?」


「何、娘と見るのも悪くないと思ってね。私は彼が本気で戦うところを見るのは初めてだし、少し解説を欲しいというのもある」


「本気、ですか」


 隣に腰を下ろす父に、私は少し迷って、会場へと目線を向けた。

 会場の頭上に設置された大型スクリーンでは、遠目からでも試合の様子がはっきり分かるようになっている。


「……伯爵閣下も、ユキト先生が本気で戦うところを見たことがないのですか?」


 会長の言葉に、父は苦笑した。

 確かに父は、実戦でユキトがどう戦うかは見たことがない。なのに、ユキトを迷いなく大会に推薦したのだ。彼が無様に負ければ、あるいは自分が危うくなる可能性すらあるにも関わらず。


「見たことがなくとも、私も武人の端くれ。理解できることはある」


 彼が自分などよりはるかに強いことぐらいは、と父は言った。


「失礼しました。私のような若輩が――」


「いや。こればかりは武の道に身を置かねば分からぬことだ。謝る必要はないとも」


 そんな父の言葉に、私は息を吐き、指を組み替える。

 確かに武人の端くれであればこそ、雰囲気だけで受け取れるものはある。

 だけどそんなものは……彼の実力の一端さえも映してはいない。そう思えた。


「イリア、さきほどから落ち着きがないようだが?」


 父から目を向けられ、やはりというか、すぐに見抜かれたことに苦笑する。


「……少し、怖いのです」


「怖い?」


 うまく言葉にできず、ただじっと、試合会場へと目を向ける。


「先ほど父様は、ユキト先生が本気で戦うところを見る、とおっしゃいました」


「ああ」


「たぶん、それは無理です。先生が本気で戦うような相手が、この大会に出てくるとは思えません」


 私の言葉に、父も、会長も、レーヴ君たちも、誰もが言葉をなくした。


 先生の実戦をはじめてみたとき……助けられたあの時、何より先に感じたものは畏れだった。

 彼は強い。――あまりにも強すぎる。

 去年も戦技大会を観戦した。そのうちの誰がユキトを倒せるだろうか? まったく想像ができない。


「だから、恐ろしい?」


「いえ…………」


 本当に恐ろしいのは。

 この大会で、彼の実力はおそらく帝国中に広まるだろう。

 そうなった時――きっと今のままではいられない。

 それが怖い。何かがまた、消えてなくなってしまう気がして。


 そんな自分の感情を、私は言葉にできなくて、ただ口をつぐんだ。

 父の目に、その感情の内側まで覗かれている気がして、思わず震えてしまう。


 だが父はただ私に向かって、柔らかく、優しく微笑んだ。


「まあ、私たちはただ応援するとしよう。彼には不要かもしれないが」


「はい」


 父の言葉に、私は頷いた。

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