#35 ~ 前哨

 戦技大会、予選。

 出場資格――推薦資格者からの推薦をもらうこと。ただそれだけであり、年齢、経歴、その他一切は考慮されない。

 それを考慮するのが、推薦者の仕事だからだ。


 一般戦という名前で呼ばれることもあるが、正式な名ではないし、そこまで呼ばれることも多くはない。

 学徒戦に対する呼称であり、その学徒戦は、後から付け足された大会であるからだ。


 予選大会一日目、剣術、槍術、体術において、ベスト8を選出する試合が行われ、二日目に魔術と総合の部でそれぞれベスト8を選出する試合が行われる。

 そして三日目に学徒戦。こちらは二日間かけて、各部の決勝まで大会が行われる運びとなっている。


 特に四日目の学徒集団戦は、地元の士官学院が優勝候補ということもあり、大変な盛り上がりを見せる。地元チームが勝つのはやっぱり誰でも大好きなのだ。


 そして五日目と六日目に、一般戦の決勝大会が行われる。


 一週間かけて進んでいく戦技大会なのだが、そのチケットはあまり高くはない。のだが、特に後半、四、五、六日目のチケットは超高額で取引されていたりする。

 やっぱりダフ屋って異世界でもいるんだな……。


 さらに国内から貴族や大富豪は大勢招待され、VIP席も満席だ。

 実は予選大会は都市によって日程が違い、やろうと思えば全予選を観戦することもできる。

 まあこんな規模で人が来るなら、日程もずらしたくなるよね。どんだけ金が動いているのか想像もつかない。


「やあ、ユキト君。調子はどうかな?」


 今日は二日目。つまり総合の部予選、俺が出場する試合の日。

 控室の廊下でばったり会った――というか待ち構えていた――伯爵が、手を挙げて挨拶してきた。

 その隣には、これまた高そうな服を着た、なんというか凄くふくよかなハゲ、もとい男を連れていた。


「問題ありません。というか、調子の良し悪しでどうにかなるような鍛え方はしていないので」


「いや、はは。これは頼もしいな。――ああ、紹介しますよ子爵。彼が、私の推薦したユキト君だ」


 子爵、という言葉にピクリと眉が動くのを自覚した。

 ああなるほど。このデブハゲがそうか。


 デブハゲはじろじろと俺の全身を舐めるように見て、にやりと笑みを浮かべた。


「これはこれは、随分と軟弱そうな……失礼。いや意外ですな、伯爵」


「はは。こう見えて、結構な腕の持ち主でして」


「ぶははは。ああ失礼。いやぁ、伯爵も酔狂なことをなさる」


 こんな小僧を見世物にするとは、という副音声が聞こえた気がする。

 もちろん何も言わない。この子爵が、アイーゼさんの婚約相手と断定できているわけではないからだ。


「ああ、伯爵。私も一人、今年は出場させることにしましてな」


 すると、子爵の横の扉から長身の男が出てきた。

 もちろん最初からそこに誰かがいるのは分かっていた。参加者だろうとは思っていたが。

 槍を手にした緑色の髪のイケメンだ。一見して優男だが、随分鍛えているように見える。


「お久しぶりですね、伯爵。昨年はお世話になりました」


「エリオット君か」


 その会話に、伯爵に目線を向けると彼は「去年の準優者だ」と言った。

 なんでも去年の戦技大会で伯爵が推薦し、準優勝にまで上り詰めた選手らしい。

 それはつまり、今年は伯爵に推薦されなかったということ。


「君が、伯爵の推薦した子かい?」


 優しい雰囲気で声をかけてきているように見えるが、その実、明らかな敵意がその視線にはこもっていた。


「ふうん。どんな子かと思ったが、やっぱりそうか。一体どんな手を使ったんだい?」


 金でも積んだんだろう。その目線がそう言っている。


「まあいい。戦技大会で手加減などないからね。あまり無理はしないことだよ」


 ……なんだ。

 これが準優勝者、か……。


「さて、伯爵。私たちはこの辺で」


 子爵がそう言うと、二人は会釈して去っていく――その途中で。


「伯爵。例の話、今年私が優勝したら考えて頂きたい」


「……考えておこう。この彼を倒せればね」


 緑髪の男はふんと鼻を鳴らすと、悠々とその場を去っていった。


「伯爵さま、彼はやはり――」


「ああ、アイーゼ君の婚約相手、フォビウス子爵だ。睨みをくれてやるにも顔を知っている必要があるだろう?」


 なるほど。やっぱりそうなのか。

 ただもうひとつ、気になったことがあった。


「さっきの彼が言っていた、例の話というのは?」


「ああ。……イリアを嫁に欲しいなどと言い出してね。もちろん断ったし、君を推薦しなくとも、今年彼を推薦するつもりはなかったが」


 なんだそりゃ。

 呆れた顔をしていると、伯爵は肩をすくめて見せた。


「当たり前だが、そんなものは本人の意思だ。私が口を挟むことではない。……が、彼のような男に嫁にやるなど、夢想にしても遠慮したい」


「確かに。なにせ――」


 俺の言葉に、伯爵さまは、思わずといった風に爆笑した。

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