#SS① ~ ユキトの携帯選び(後)

 大鉄とは、大陸鉄道の略称である。

 大陸鉄道とは、別名『大陸横断鉄道クロスライン』ともいい、大陸中を結ぶ大鉄道網――を目指すプロジェクトの名称である。


 帝国中の各地を結ぶ鉄道網を形成しているが、大陸を横断できてはいない。

 それはそうである。何せ大陸の東西南北どの海岸も帝国は領有していない。別の国なのだ。


 このプロジェクトは、諸国と協力して大鉄道網を結び、商業関係を活発化させるというものだったが、十年前に起こった戦争で頓挫し、以後そのままとなっている。

 もっとも帝国は大陸でも屈指の版図を持つ大国なので、大陸鉄道という名に恥じない規模はある。が、横断はしていないため大陸横断鉄道クロスラインは名前だけである。


 まあ、隣の国には隣の国の鉄道があって、国境で乗り換えができるので、それを合わせると考えれば大陸横断鉄道クロスラインと言えなくもないのだろうか。

 いや、さすがにそれは無理か……。


 ヴィスキネルにある大陸鉄道の駅前で待っていると、最初にやってきたのは、イリアさんとシェリーさんの二人組だった。


「先生、お待たせしてすみません」


「いや、待ってないから大丈夫」


 頭を下げるイリアさんを静止して、俺は二人を改めて眺めた。

 二人とも、休日らしく私服だ。イリアさんは青系のパンツに白のブラウスといういでたちで、そのスタイルの良さからか、シンプルながら実に様になっている。

 対するシェリーさんは、ダボついた服に頭には帽子を乗せた、イリアさんとは対照的な長めのスカート姿だ。芸術系の大学にいそうだなこういう子。


「せんせー、どうですかこの服?」


 ちらっちらっとスカートを軽くめくって見せるシェリーさんに、「はしたないです、会長」とイリアさんが静止する。

 大人をからかうのはやめなさい。年上だって? 精神的な話だよ!


「先生はいつもと同じ格好なんですね?」


「そりゃ、いつも私服だから」


 俺が言うと、つまらないとばかりに彼女は唇を尖らせた。

 と、そこで近づいてくる気配に気づく。


「すまん、待たせた」


 しばらくして、私服に身を包んだレーヴ君が姿をあらわし、全員が集合した。……レーヴ君の私服? 男の服なんてわざわざ語るまでもないよ。


「それじゃまずご飯だね!」


「……ケイタ――じゃなかった、フィジフォンは?」


「契約に結構かかるよ? その間、お腹空かせて待ってるなんて嫌だなぁ」


 ごもっとも。でもそれなら昼飯の後集合にすればいいじゃないか……。

 などというツッコミが通るはずもなく、俺たちは昼食に向かうことになった。


 向かった先はフードコートだ。

 まさかの見覚えありまくりの施設に、俺はまたかと、もはや驚きすらもなく呆れた。

 ここまで来ると、デパートにエスカレーターがないほうが驚きだわ。エレベーターはあるけども。


 フードコートはいくつもの出店が並んでいて、俺はそのうちのひとつ、ラーメンもどきを選んだ。

 名前は違うが見た目はそっくり、しかしやはり中身は別物だった。

 スープもちょっとエスニックというか、スパイスが利いた醤油ラーメンみたいな味だ。まあ、エスニック料理って前世でも食ったことないから想像だけど。


 意外にいけるラーメンもどきをすすりつつ、俺は同じテーブルについた生徒会の面々の会話に耳を傾ける。

 三人の会話は実にテンポがよく、スムーズだった。やはり長い付き合いというのはそれだけで空気感が出るものだ。


 シェリーさんがボケ、イリアさんがツッコミ、レーヴ君が弄られ役、と。お笑いでもやれそうなトリオの会話を聞き流していると、不意に、俺に矛先が飛んだ。


「先生って彼女とかいないんですか?」


「……いると思う?」


 シェリーさんに半眼で問い返す。

 いるわけねぇだろ童貞なめんな。


「意外だなぁ。モテそうなのに」


「そこんとこ、具体的に詳しく」


「あーそういうところはモテないと思いまーす」


 なんだよちくしょうめ。

 大人をからかって楽しいか。楽しそうだなぁオイ!


「修行中の身だからなぁ。そういうことは考えたこともないな」


 事実だ。そりゃカワイイとか綺麗とか視線は行くが、生憎と、なぜか、そういう欲求は今のところない。

 言われて「そんな概念あったな」レベルだ。

 あれ? もしかして俺、枯れてる……?


 そんな俺の些末な疑問をさておいて、会話は別方向にシフトしていき……長めの昼食を終えた俺たちは、ようやくフィジフォンの専門店に行く流れとなった。



「いらっしゃいませ~」


 軽やかな女性店員の声に迎えられ、たどりついたのは、デパートの中にある小奇麗な販売コーナー。


「わっ、オレイユの最新型出てる! しまったなぁ、チェックしてなかった」


 シェリーさんがひときわ目立つショーケースに飾られているフィジフォンに釣られ、マジマジと眺めるのを横目に見つつ、俺は店内を見回した。

 壁に飾られた巨大な『Fizzie』の文字。なるほど、ああ書くのか。


 フィジフォンのフィジとは、つまり会社の名前であったらしい。

 正確には、フィジフォンに使われている基幹システムの名前でもあるそうだ。


「先生、どれにしますか?」


「さっぱり分からん」


 正直に言うと、イリアさんもまた「正直、私もです」と言った。

 あ、そういえば機械音痴だったなこの子。


「先生ならどんなのが良いかなぁ」


「普通のでいいよ、普通ので」


 シェリーさんが「つまらない」などと言うが、つまらなくていいんだよ……。


 だが俺の意見は軽やかに無視され、あれでもないこれでもないと、シェリーさんは楽しそうに選び、イリアさんも微苦笑しつつそれに付き合っていた。

 レーヴ君はといえば、「何でもいいんじゃないですか」などと言っている。うん、君選ぶ気ないね。めっちゃ同感だが。


 シェリーさんたちに完全に振り回され、色々と見せられた結果、最終的には標準的で有名な機種という何の面白みもない結論に至ることになった。

 いやだから、いらないんだよ面白みなんて。


 その後の契約は実にスムーズに済んだ。

 これといって難しい内容もなく、拍子抜けするほどあっさり終わった契約に、俺は肩透かしを食らった気分になった。


(これなら、一人で来たほうがずっと早かったぞ……)


 三人は別にまだ買い物があるらしく、スーパーの雑踏へと消えていった。付き合わされるレーヴ君なんて半泣きになってたぞ……。


 娘の買い物に付き合わされるパパよろしく、ベンチでぼーっと天井を眺めていたら、ふと、声がかかった。


「あ? ユキトじゃねぇか」


 野太い声。

 視線を下げると、そこに巨漢が見えた。しかも口元に傷のある見覚えのある強面。


「グラフィオスさんか。奇遇ですね」


「そーだな。どうしたタソガレて」


 俺が今日一日に起こった出来事を説明すると「ああ……」とグラフィオスさんも納得した顔をした。


「いいかユキト。女の買い物は長い。だが文句をつけたら死ぬ。これは常識だ」


「……いや、今日は自分の買い物なんですけどね」


 だが、言いたいことは分かる。

 前世で、当時付き合っていた彼女にも同じようなことがあった。

 買い物なら一人で行けばいいじゃないか、などと言ってはいけない。

 そんなものは地獄直行コースだ。


「フィジフォンか。使い方は?」


「まあ、なんとか」


 基本機能はどうにか覚えた。電話をかけることぐらいは問題ない。

 だが前世の携帯電話と操作感が違いすぎて、逆に苦戦している気がする。


 すると、グラフィオスさんが片手を差し出した。


「?」


「連絡先だよ。さくっとよこしな」


 恐喝犯かあんたは。

 番号の出し方もまだ慣れていないのでフィジフォンごと差し出すと、彼は慣れた手つきで操作して、自分のフィジフォンに番号を登録した。


「お前さん、この間シルトの仕事を手伝ったそうじゃねぇか。今度俺のも手伝えよ」


「あれは訓練に付き合ってもらう交換条件だっただけです」


 放って返されたフィジフォンを受け取りつつそう告げると「チッ」と彼は舌打ちした。ただ、まあ……。


「面白そうな仕事ならありかもしれませんけど」


 前回の仕事は、なかなか良い刺激になった。

 たまの実戦はやはり必要だ。森に出て魔物を狩るぐらいでは、腕がなまってしまいかねない。


「とびきりキツいのを紹介してやる」


「それは面白そうですね」


 笑って言うグラフィオスさんの言葉に、俺もまた笑って返す。

 と――


「ちょっと、いつまで待たせるのよ……あら?」


「げっ」


 グラフィオスさんの背後から、長身の巨乳美人が姿を現した。

 サングラスをかけた、まるで芸能人のような女性だ。


「ちったぁ待ってろよ……」


「こっちは急いでるんだから。それより、その子――」


「あーあー! んじゃまた、連絡よこせよな! シルトにも教えとくからよ! 行くぞ!」


「ちょ、ちょっと」


 慌てて美人を引っ張っていくグラフィオスさんを、俺は呆然と見送って。


(あー人は見かけによらない、かな?)


 恋人かなぁ。もしかして奥さん? はたまた妹とかだったりしてな。

 どおりで言葉に実感こもってたわけだ。


(彼女、ねぇ)


 不意に、シェリーさんの言葉が思い出されて。

 いつかそんな日が来るんだろうかと、まるで他人事のように俺はひとりごちた。

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