#12 ~ 山の生態

 案内された休憩所は、学校の食堂にも似ていた。おまけに食券制である。ファンタジー要素ゼロだ。

 食券の買い方も青年ハンター――シルトさんと言うらしい、銀髪碧眼の爽やかな青年だ――に習ったのだが、日本と全く同じだったよ。お礼もかねて、ということで奢ってくれることになったので、トンカツを頼んだ。シュニッツェル、という名前のやつだ。


 ……説明を聞いてもわけのわからん料理もあったのだが、ここでチャレンジする精神は俺にはないよ……。


 シュニッツェルは普通にうまい。ソースはなくレモンをがっつりかけて食べるのだけど、塩やスパイスがいい具合に効いている。

 パンも柔らかくて、転生ファンタジーでよく見るゴツゴツ系の黒パンはないらしい。


 ちなみに和食はなかった。

 そういう感じの店はあるらしく、ショウユやミソという調味料も、少し高いが市場にあるらしい。

 山での生活にすっかり慣れてしまった時点で心配はしていなかったが、食事に困ることはなさそうだ。


「君は東方の出身なのかい?」


 と聞かれたときは大層あせった。昔聞いたことがある、とかなんとか誤魔化したけど。

 じいさんは黒髪で日本人っぽい見た目だったけど、料理なんて全く出来なかったし、食っていたものは豆、肉、山菜だけだ。


「おう、お前がユキトって奴か?」


 シュニッツェルを食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいると、野太い声が俺の名を呼んだ。


(でかっ!?)


 身長二メートルほどもある巨漢が、両腕を組んで俺を見下ろしていた。

 口元に大きな傷がある、いかにも荒くれ者という感じの大男だ。


「グラフィオスさん。帰ってたんですか」


「おう、シルトじゃねぇか。さっきな」


 グラフィオスと呼ばれた男は、手に持った缶コーヒーを机に置き、シルトさんの横に座る。


「あのガレオン山脈に住んでたっていう野生児がいるって聞いてな」


「野生児って……」


「で、実際どんなもんだよ」


 何が? と俺が首を傾げると、「ガレオン山だよ」と彼は言った。


「あのA級、下手したらS級の指定禁域レッドフィールドに住んでたんだろ? 実際、どんな魔物や魔獣が居たのか聞いておきたくてな」


 はあ、と曖昧に頷く。

 超絶怖そうな見た目のわりに、話してみるとそうでもないかもしれない。

 にっと快活に笑うその表情や、眼の感じなんか理性的というか、むしろ優しげにも見える。


「そうですねぇ……」


 俺は紙カップのコーヒーを啜りつつ、あの山を思い起こす。

 確かにハンターという職業上、どういう場所にどんなモンスターがいるかってのは重要な情報だよな。


「まず俺が住んでたのは、山脈の中で一番高い山でして」


 ガリオン山脈、と呼ばれているらしいあの山は、いくつもの山が連なって出来ている。

 ただ正確には、一番でかい山の周りに、連なるようにして山があるという感じだ。


「周りの山については、正直そこまで危険でもないです。居たとしても、クマ、狼、ヘビ、あとは……山頂付近にしかいませんが人型の鳥ですね」


「……ヘビは分からんが、人型の鳥は、ひょっとしてハーピーか?」


 多分それです。


「で、一番高い……まあ俺らが住んでた山なんですけど、下層、中層、高層で出てくる魔物がぜんぜん違うんですよ」


 下層に出てくるやつは、周りの山に出てくるヤツとそんなに変わらない。ハーピーもいない。いたとしてクマ、じいさんに両断された超でかいクマだ。あれがあの一帯のボスといえる。

 で、中層――ここは俺たちの小屋があった場所だが、この辺りからさらにデカい魔物が出没し始める。キマイラっぽいやつとか。あと魔法を使う敵がかなり多くなってくるのだ。


「中層を超えると、クソでかい鳥や、ハーピーが群れになって襲ってくるので結構危険です。しかもこのハーピーは羽根が黒いんですけど、風魔法をバンバン遠距離から撃ってくるんです。対抗策がないと、正直難しいと思います」


 多分あのクソでかい鳥はグリフォンって名前だと思うんだよなぁ。それかロック鳥か。そのうち調べてみようかな。


「そいつぁヤベェな……」


「一番ヤバイのは、断崖絶壁を登ってる時とかですね。あいつら遠慮なく身動きできないこっちを狙い撃ちしてくるので」


 その光景を想像したのか、シルトさんなんかは顔色がやや青くなっている。


「しかし中層でも、ヤバい魔物が出るんだろう? よくそんなところで生活できたな」


「ああ、まあ対策があるんで」


「対策? 魔物避けか?」


 え? そんなのあるの?

 いやありそうだなぁ……。


 俺は首を横に振って、その対策を告げる。


「小屋の周りに、強めの魔物を殺して死体を放置しておくんです。アイツら案外頭がいいんで、危険だと判断して近寄ってこなくなるんですよ」


 そう、とってもシンプルな解決方法。近寄ったら死ぬよ(ガチ)戦法である!

 これの欠点は、毎日狩ってないとそのうち効果がなくなるのだ。あと弱い魔物じゃダメ。逆に寄ってくる。

 上層あたりから強い魔物を引っ張ってきて、適当に死体を撒いておけば、中層の魔物はまず姿を現さなくなる。当たり前だが大変臭いので、小屋から離れた位置に配置するのがコツだ。

 死にたくなかろ?ん?ってやつだ。


 しかし唖然とする二人に、しまった、と反省した。

 ここは食堂である。そんなスプラッタな話をしていい場所ではない。メシがまずくなるどころじゃなかろう。悪い事したな……。


「あの……ところで君の荷物に、黒い鱗が一杯入った袋があったんですけど」


「あ、それは頂上に住んでたドラゴンの鱗です」


「ドラゴンだと!?」


 えっ、何?

 グラフィオスさんが突然叫んで立ち上がったかと思いきや、俺をガン見してくる。なんかマズいこと言った!?


「え、ええ……売れるかなって……」


「おま、それは――」


 グラフィオスさんが何かを言い募ろうとした矢先、ピピピ、という電子音がどこからともなく鳴った。

 シルトさんがやや慌てたように、ポケットから携帯端末を取り出す。


「――失礼。ええ、ああ、はい。了解しました」


 何やら一言二言話して、シルトさんが携帯を切ると、ふうと息を吐いた。


「あー……ユキトさん。根回しのほうも終わったんですが、その、会いたいと仰られる方が来てまして」


「え? 俺にですか?」


「はい。オーランド伯爵です。どうされますか?」


 え? マジで?

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