#11 ~ 俺の考えてた異世界と違う件
まさか、こんなことになるとは思っていなかった。
僕は無実だ。そう叫びたい。
密室。コンクリートに囲まれた部屋の中で、あるのは机がひとつと椅子ふたつ。いかにもカツ丼が出て来そうな部屋の中で――言ったらマジで出てきそうだから言わない――俺ことユキトはうなだれていた。
「……で?」
「いやだから、山から下りる途中で戦闘音がしたもんだから、こりゃ助けに向かわないと、と……」
「ほう。つまり君はあの山、つまりガリオン山脈にいたわけだ」
「え、はい」
こう答えたが最後、俺はこの部屋に詰め込まれてしまったわけだ。
ちなみに俺をここまで運んだのは車――そう、あの車だ。自動車だ。エンジンふかしてブンブンいわすあの車だ。
ちょっと待ってほしい。
俺は死んで、異世界転生をしたはずである。
剣も魔法もあって、ドラゴンさえいるあの異世界だ。そのドラゴンをぶっ殺した俺が言うんだから間違いない。
だがこれは何だ?
銃はある、車もある、ここに来るまでに携帯電話っぽいものも見た。
いやいやいや待ってほしい。
俺の考えてた異世界ってのは、中世っぽいアレであって、銃も車も携帯もあるような世界ではない。断じてない。
勇者とか魔王とかいて、なんやかんや活躍してキャッキャウフフのハーレム生活! 的な世界のはずだ!
銃も車も、携帯やらオシャレなカフェやらがあって列車が行きかうような世界ではない!
俺の考えてた異世界転生と違うんですけど!? どういうこと!?
「……何を百面相してるんだい、君は?」
「ナンデモナイデス」
二人きりの部屋の中で、何も言わずに紙にペンを走らせていた男性が、呆れ顔で言った。
するとその後ろにある扉が、がちゃりと開く。
「確認が取れた。戸籍登録なし、入国情報なしだ」
「了解です」
そりゃそうだ、と思った。
何しろずっと山の中に住んでたのだ。戸籍なんてあるわけないし、あのじじいがそんな気の利いたことをするわけない。
今の俺の状況は、戸籍もない謎の不正入国者Aである。
「……あのう」
「ん? なんだい?」
恐る恐る声をかける俺に、目の前にいた男性が首を傾げる。
「そのう、俺はこれからどうなるんですかね……? 逮捕されたり……?」
「なんで? 何か悪いことしたの?」
えっ、と声が漏れそうになった。
まさかのトラップ!?
「いやでも、戸籍がないとか……」
「そりゃあ君の言うことが正しいなら、あの山にずっと住んでたわけだから。それで罪になるなんてことはないよ」
苦笑する彼に、どうやら取り越し苦労らしいと、思わず俺はため息をついてしまった。
目を見合わせた彼らは、少し困ったように笑いつつ、
「ただ、こういうのは滅多になくてね。外国のスパイじゃないかって声もあって――」
「そ、そんなことは!」
「分かってるよ。外国のスパイがあんな堂々と人助けなんかしないって。ただ一応確認をして、たぶん経過観察が必要だと思うし」
「経過観察……?」
「まぁ、その辺は大丈夫だと思うよ。オーランド伯爵が口添えしてくれるって話だし」
オーランドハクシャク……?
ハクシャク、たぶん伯爵だ。どうやらこの国には伯爵がいるらしい。でもなんで口添えナンデ?
「そもそも僕らは警察じゃないし、君を逮捕なんてする権限はないよ。ただ今は根回し中で、勝手に出歩かれると色々困るんだ。すまない」
「あ、いえ」
「そもそも君がいなかったら、オーランド嬢は無事でいられなかった可能性が高い。君は一人の命を救ったんだ。そんな人を無碍にするつもりはない。安心してほしい」
「あ、ありがとうございます……」
も、ものすごくいい人だ!
なんか逮捕されるかもとか蒼くなってたのが、すごい悪いことをした気になるレベル!!
「ただ……ちょっと説明させてほしい」
彼はもう一人から受け取った地図を開き、机の上に広げた。
かなり広めの地図だ。その大部分を占める森、そして山。山はなぜか赤い円で囲まれている。
「これが君と会った森。斜陽の森と呼ばれてる。危険度はEからB、そこそこ魔獣はいるけど、浅域であればそれほど危険でもない森だ」
斜陽の森……そんな名前がついてたのか。
「で、こっち」
彼は地図をなぞり、そして赤い円で囲まれた山を指さす。
「こっちはガリオン山脈、ガリオン山と呼ばれてる。このあたりは、いわゆる
「
「立ち入り禁止区域ってことだよ。まあ、実際に住んでた君からしたら寝耳に水だとは思うけど」
マジかよ。
おいジジイ! なんで立ち入り禁止区域に勝手に住んでるの!?
「まあ立ち入り禁止といっても、理由は危険だからなんだ。僕たちハンターギルドが指定して、立ち入りは危険だと警告させてもらっている。そこに入ったからといって法律で罰せられるわけじゃないから、そこは安心してほしい。――ただ」
「ただ……?」
「今後、ここに立ち入る――まあ君にとっては里帰りだね。そうする場合、ハンターギルドに連絡してほしい。あと、ここに住んでたってことは他人にはなるべく言わないように……危険度を勘違いした民間人が入ってしまったらコトだからね」
そりゃそうである。まったくもって納得のいく説明に、俺は迷いなく首を縦に振った。
「僕らからはそれだけだ。警察や上への根回しがもう少しかかるから……良かったら休憩所に案内するよ。お腹も空いてるだろう?」
爽やかに笑った青年ハンターに、俺は「そういえばあの牛、結局食わなかったな」なんてことを思い出した。
「ところで、クロ……俺と一緒にいた犬はどうなりました?」
「犬って……まあいいけど。一応魔物だからね、検疫とか色々あるんだ。もちろん、君との意思疎通も取れているようだし、殺処分なんてことにはならない。街で君と一緒に過ごせるようにする。約束するよ」
「……よろしくお願いします」
クロを勝手に殺すなんてされたら、俺は暴れる自信があるぞ。
ここは信じるしかないと、俺は頭を下げた。
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