◆09 ~ 命を賭して(イリア・オーランド)
「このままじゃマズいです、先輩!」
悲鳴にも似た叫び声に、イリア・オーランドは唇を噛んだ。
彼女は、帝国にある士官学校の二年生。そして今日は年に一回行われる野外実習、軍事教練実習の日だ。
最初は何の問題もなかった。
斜陽の森と呼ばれるこの森は、浅部であればそれほど危険性はない。
深部に行けば危険になるし、さらにその奥には
しかし何の間違いか、浅部でC級指定魔獣、ホワイトグリムの群れに襲撃された彼女たちは、追い立てられるように深部に踏み入ってしまった。
あの時、無理にでも包囲網を食い破って撤退していれば、と後悔しても遅い。もっとも最初の奇襲によって怪我人が出てしまった時点で、それは極めて分の悪い賭けだったのだが。
気が付けば、ホワイトグリムだけではない、B級指定魔獣のレッドベアーに襲われた彼女たちは、もはや絶体絶命の危地と言えた。
「……フィア、もう動ける?」
「は、はい……」
フィアと呼ばれた少女は、最初の奇襲で怪我を負ってしまった下級生の少女である。
回復術式によって既に怪我は応急治療済みだが、顔色はひどく悪い。自分が足を引っ張ってしまったという自責ゆえかもしれない。
「私がレッドベアーを引き付ける。その間に包囲を突破して」
「そんな、無茶だ!」
「大丈夫。ギルドには連絡済みだから、じきにハンターたちが救援に来てくれる。……出来たら、ここまで連れてきてくれたら助かるわ」
学校から貸与された通信機は広域発信機つきである。救援が来るという彼女の言葉は無根拠なものではなかった。
しかし、それに反発したのは、一人の男子生徒だった。手にしたアサルトライフルを魔物の群れに向けながら叫ぶ。
「それなら、俺も残る! 君を一人置いてなんていけない!」
「レーヴ君」
その発言は、一見すれば男らしいものだっただろう。
だがそれは、実力が伴っていれば、だ。
「悪いけど、足手まといだわ」
眉尻を吊り上げたイリアは、その発言を切って捨てた。
ぐっ、と唇を噛むレーヴに、今度は「大丈夫」と彼女は笑いかける。
「過分だけど、私がB級相当って評価を受けてるのは聞いてるでしょう? 大丈夫、もたせるだけならいけるわ」
「…………」
その発言は極めて理性的で、合理的。
ゆえにこそ、頷かざるを得なかった。
「さあ、行って!」
「くっ――」
抜剣。
一人レッドベアーの眼前に躍り出るイリアに、レーヴたち他の面々も従うほかない。「死ぬなよ!」という悲痛な叫び声を残し、イリアとは逆方向に走り去る。
――イリア・オーランドは、士官学校においても有数の生徒である。
特にその剣の腕は、ギルドにおいても『B級相当』とも認められるほどだ。
だが、相当、である。
それはつまり、彼女には実戦経験が欠けていることを意味している。
(――死ぬなよ、か)
無茶な注文だな、と彼女は小さく笑った。
彼女がここに残り、他のメンバーを脱出させる。合理的で、理性的。確かにもっとも助かる可能性が高い。
自分以外は。
当たり前だ。ここに残される彼女が死ぬ確率は、上がる。
(大丈夫)
手は震えていない。足も動く。私は大丈夫。
「騎士の家に生まれた者として――ここで退くわけにはいかないわ」
それは宣言だった。彼女の心を奮い立たせるための。
心が折れないための――たとえ最期まで。
――戦え。
逃げるな。
命を賭して。
心の奥底でがなり立てる悲鳴をしまって。
「はあああああ――!!」
私は剣を振り上げた。
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