第一章 - 雨と涙と剣の理由
#08 ~ 下山
俺がこの世界に生まれ変わって、十数年。
ついに、この日が来た。
「着替えよし、食糧よし、忘れ物はなしっと」
久々の大掃除を終えて、魔物の皮で作った手製の袋を背負う。
この袋ひとつ作るにも、大いに思い出がある。皮のなめし方も見様見真似で覚えたものだ。
荷物は最小限。食事は基本的にサバイバル、採りながら行く。
また街に降りたときに売れるかもという理由で、黒竜から剥いだ鱗もいれてある。
「行くか、クロ」
「ワウッ」
クロを一撫でして家を出る。
数歩歩いて立ち止まり、そして振り返った。
転生してから今日までずっと過ごしてきた家。
じいさんと二人、クロが増えてからは三人、じいさんが消えてからはまた二人、ずっと暮らしてきた家だ。
自然と、俺は家に向かって頭を下げていた。
頭をあげ、ふうっ、と息を吐いて、そして駆け出した。
――俺は今日、はじめて山を下りるのだ。
◆ ◇ ◆
山は下りれば下りるほどに魔物が弱くなっていく。
だから当然、山を下りることにさほどの難しさはない。
だが問題はある。どこに向かえばいいのか、ということだ。
山を下りることを決めてから今日まで考えてきたが、結局どこに行けば人里に辿り着けるかなんてわからない。
だからまずは小川を目指す。
川沿いに街をつくるのは定番、という何とも怪しい根拠に基づいた理由だ。もし途切れたら、そのときはそのときで考える。
結局そうするしかない、というのが俺の結論だ。
川があれば、とりあえず飲み水には困らないというのが最大の理由でもある。
「ほいっと」
牛型魔物の突進をかわし、撫でるように首を落とす。
山の麓にある森で生息している魔物で、その突進は大木さえ簡単に薙ぎ倒す威力がある。が、山の魔物に比べれば今更苦戦するような相手でもなく、あっという間に晩飯に早変わりである。
「クロ、今日はご馳走だぞ~」
「ワンワンッ!」
クロも大喜びである。
今日は少し先でキャンプかなあと思いながら、川で牛の血抜きと解体を進めていく。
なぜここでやらないかと言えば、血が魔物を引き寄せるからだ。
寝ている最中に襲われるのはとても面倒くさい。夜に森で戦うのは、人間には不利だ。出来ないことはないが、わざわざやる必要はない。
「しかし、いつ森を抜けられるんだろうなぁ」
「ワフ」
ついこぼれてしまった愚痴に、クロはひと鳴きをもって答えてくれた。いや、それ何回目だと呆れられている気がしなくもないが。
山を下りて森に入ってから一週間。
まったくもって抜けられる気配がない。
ひょっとしたら方向が違うんじゃないか、もしかしてこの世界には森しかないのかとすら思えるほどに。
(こんなことなら、じいさんに少しでも聞いておけばよかった)
歩けど歩けど森、森、森。
旅ってこういうことじゃないよなぁと思う。
異世界の街ってどんなところなんだろう。
冒険者ギルドとかあるのだろうか。可愛い受付嬢がいて、強面の冒険者に難癖つけられたりして……。
なんていう定番の妄想をしつつ牛を解体していると、ふと、遠くから音が聞こえてきた。
パンッ、という小さな爆発のような音が連続する。
どこかで聞いたことのあるような音。
(……銃声?)
前世の映画やテレビで見た、というか聞いた音にとても似ている。
まさかこの世界に銃があるのだろうか。そのパターンはちょっと想像してなかった。
不意に、銃に襲われて勝てるのか、と想像する。
銃といえば前世で最強の武器。剣と銃が戦えば銃が勝つ。それが当たり前だ。
ただ修行を続けていく中で、自分自身、前世では想像もつかないほどの身体能力を得たという自負もある。岩をも両断する風魔法にも耐えられる。なら銃にも耐えられるかもしれない。
(……見てみたいな)
もし銃があるのなら、その威力を。その危険性を知っておきたい。
「クロ、ここにいて」
もしかしたら危険かもしれない。だからクロは置いていく。
未だ断続的に続く銃声の方向に、俺は木々の間を縫って走り出した。
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