#05 ~ 死のダンスを踊れ
あれから一か月。
「やっとここまで来たか――」
俺はついに、山の頂上に到達した。
ここに来るまで至難を極めた。
まずなのだが、俺に登山道具などあるはずがない。
幸いにして季節がいいおかげか、山に雪はなく、防寒具の類は必要なかった。だが登山道が整備されているわけがなく、切り立った崖や断崖絶壁、一歩踏み外せば真っ逆さま、みたいな道に何度も阻まれることになった。
おまけにそんなところで魔物に出くわしたら最悪である。
一番やばかったのは、崖をロッククライミングもどきで登っているときに襲われたハーピーの群れ。
あれは死ぬかと思った。まあハーピーに飛び移ってどうにかなったが。
この世界はゲームじゃない。魔物が手加減なんてしてくれるはずがない。だからどいつもこいつも殺意がマジだ。
中には頭を使って必殺の状況を仕上げてくるようなヤツもいた。
何度も何度も死にかけて、ついに辿り着いた山頂。
そしてそこにあったのは――。
「――巣だな、これは」
何かの巣だった。見た目は燕の巣に近いだろうか。
だがスケールが明らかに違う。素を構成しているのは葉や枝だが、山頂のだだっ広い空間全体が巣になっていた。
こんな広い空間を巣にするやつがいたとしたら、それはつまり、本体もクソデカイということになる。
「嫌な予感しかしないなぁこれは」
俺の頭によぎったのは、ひとつの予想。
だけどな、多分そうだと思うんだよ。
だって前に見たことあるし。
不意に聞こえた、頭上で羽ばたく音。
俺を空を見上げる。
「……だよねぇ」
黒竜。その名が、真っ先に浮かんだ。
天上から俺を睥睨するそいつ――漆黒の鱗を持つドラゴンは、不躾な侵入者に巨大な咆哮をあげた。
「GRAAAAAAAA―――!!」
俺は咄嗟に飛びのく。
そして何の前触れもなく、俺が立っていた地面が爆砕した。
――風の魔法だ。
魔物の中には、魔法を使うやつがいる。
さきほど名が挙がったハーピーもそうだ。あいつらは風魔法を得意としていて、ウィンドカッター(仮)的なやつを無数に放ってくる厄介な魔物だ。
風の魔法が厄介なところは、不可視だということだ。
音で判別はできるのだが、視覚に比べて非常に避けるのが難しい。
(ちっ――)
刀を抜き放ち、飛来する風を切り裂く。
風の弱点は、脆い、つまり攻撃力が弱いということだ。
切ったところでこちらを焼いてくる火、質量のレベルが違う土や水に比べ、見切れば対処は容易い。
だが、こいつは。
(重……ッ!!)
ハーピーなんかとレベルが違う。
あちらが風の刃とするならこちらは風の爆撃。直撃なんかしたら五体満足でいられると思えない。
――足を使え。
(――わかってるさ!!)
走り出す俺を追うように、次々と飛来する風の爆撃が、地面を跳ね飛ばし草木を宙に舞わせる。
巣の上を走るのは非常に走りにくいが、このくらいはなんともない。
じいさんの修行に比べれば『ぬるい』と言えるレベルで。
じいさんの修行は、剣だけでなく身体能力全体に及んだ。
中国の映画に出てきそうな、岩の上をぴょいぴょい飛ぶあれもリアルにやらされた。
戦いにおいて、足は非常に重要だ。歩法は奥義に通ず、とは誰の言葉だったか。
しかし、状況は圧倒的に不利。
曲がり、飛び、次々に飛来する爆撃を避けつつも、俺はそう愚痴をこぼさずにいられなかった。
相手は上空。降りる気配はまったくなし。
当たり前だ。空を飛ぶというアドバンテージを捨てる理由など欠片もない。
が。
(俺は、この山を登ってきたんだ)
その中には、当然空を飛ぶやつなど山ほどいたのだ。
空を飛ぶ相手への対策が、ないわけがない。
――歩法、天歩。
瞬間、俺の足が何もない虚空を踏み抜いて、空へと駆け上がる。
じいさんが俺に教えた技のひとつ。歩法の奥義とも呼べる技だ。
当たり前だがタネも仕掛けもある。
これは魔力によって、虚空に足場を一瞬作り出しているのだ。さらに風魔法を併用して指向性を持たせ、加速すらも可能にする。
魔法。この世界にある特殊な技法。
この技を使う上で最も重要なのは『出来る』と強く信じること、感じること。それが確信に至ったとき、俺は本当の意味でこの技を会得した。
ぶっちゃけ理論など全く分からない。じいさん曰く『気合でやれ』である。
空中における急激な方向転換と加速によって、黒竜の放つ風魔法はあっけなく空を切り――
「らぁ!」
抜刀。
鞘から抜き放たれた一閃は、虚空を奔り、黒竜の翼を切り裂いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます