413日目 惑いの夜の学園パーティー(5)

「私がこれまで会った子達は全員正気だったわ。誰かが惑わされてるって本当かしらね」

「このシャンタは本物よ。双子の私が言うんだから間違いないわ」


 一応先にツインズの話を聞いてみると、こんな返答だった。

 なるほど、ゾエ君がここに来るまでの間に密談した二人は、少なくともスパイかフレンズかのどちらかであるとのこと。そしてシャンタちゃんはスパイではない、と。ふむふむ。

 因みにゾエ君、今までの密談相手が誰だったのか、教えてもらってもいいですかねー? と、さりげなさを装って聞いてみるも、ゾエ君は唇の端を吊り上げてにやりと笑う。


「えー? どうしよっかなー。いくらビビアさんが相手と言えど、俺遊びにはガチなタイプっすからねー。何か良い情報でもあるってんなら話は別ですけどー」


 さすがゾエ君、ワタアメのごとく口が軽そうに見えて、実はしっかりしている。

 だがその意気や良し! それでこそ信頼が置けるというもの。

 よおーしそんなら、お姉さんが君に取って置きのプレゼントをあげちゃうもんね!

 と、インベントリを開いていると、彼は何かを察したようだ。「えっ、マジで言ってます?」と目を輝かせた。

 しかし真実の証を取り出そうとした私はそこで、はたと動きを止める。


 ……なんかこの流れ、良くないかも。

 ふと、そう思ったんだよね。


 っていうのもさっきヨシヲに対して感じたことが、頭を過ぎっちゃって。

 あの時私は、ヨシヲみたいに隠し事のできなそうな人間に大事な証は渡せないよーって考えていた。

 この手のゲームにメタを混ぜるのは良くないと思いつつも、まだルールに全然慣れてない初戦だし、ほぼ知り合いどうしの部屋だしで、どうしても“人メタ”って入ってきちゃうものなのだ。私以外のプレイヤーだってそうに違いない。


 ってなったときにさ。誰がアンフェアで誰がその相方なんだろうって、考えたときにさ。

 普通に、まずは分かりやすいペアを頭の中で思い描くと思うんだよね。


 たとえば、もし私がアンフェアじゃなかったとしたら。

 そうだな、リンちゃんとクドウさんとか。あとキャラで繋げるとしたらリルステンと彼女の親友フェルケ姫とか。


 じゃあみんなの立場からしたら?

 ……シエシャンにお揃いの衣装着せて、試合開始前も散々一緒にはしゃいでいた私とゾエ君なんて、もうあからさまにグルじゃん。


 そんな単純なメタ推理がまかり通るとは思ってないし、みんなだって本気にするとは思わないよ。でも話の取っ掛かりにはしやすいと思うんだ。

 で、そうなったとき、冗談めかして「どうせブティックさんとゾエさんがアンフェア陣営なんじゃないのー」とか言われちゃったとき、じゃあ私はどんな反応ができるのかっていう。

 自信持って言えます。「ズボシッ!!」て顔に、デカデカと書いてしまうことだろう。


 以上の思考を巡らすのに、凡そ数秒。もっともこれは後からこうだったんだろうなって考えてるから言えるわけで、実際はもっと感覚めいたものだっただろう。

 まあ要するに、嫌な予感が閃いちゃったんだよね。


 そうして気付けば私は、ゾエ君に証を渡していた。【偽り・・の友情の証】を。


「ひゃっはあ、そうこなくっちゃ! 間違いなく俺等、運命の赤い糸で結ばれてるってわけだ!」


 あ……。


 するりと彼の手元へ滑り込んだメダル型の証を、私はぼんやりと眺めていた。ゾエ君は全く疑う素振りなど見せず、ただひたすらに子どものように喜んでいる。


「いーや大丈夫。何も言う必要はありませんぜビビアさん。

 俺は信じてます。いえ、分かってます。

 この証が真実であることを。


 なぜって俺のパートナーはシャンタ様。そしてあなたのパートナーはシエル様だ。

 俺等はお二人の代弁者でもあるわけです。


 そんな立場にたったとき、ビビアさんは必ずやこんな想像をするでしょう。シエル様が最愛の片割れであるシャンタ様に、果たして偽りの証なんぞを渡すことがあるだろうか?と。

 答えはノーだ。あなたはそれを分かっている。

 だからこの証は真実に違いないのです。


 あ、因みにシャンタ様の元の役職はクレイジーっすよ。

 俺の証も勿論ビビアさんに捧げましょう。両想いでアンフェア勝利、これでがっつりポイント稼げますね。

 ビビアさん、この試合、絶対勝ちましょう! 他にも聞きたいことあったら何でも……」


 ――――――あ、あ、あああああ……!!


 後悔と罪悪感は遅れてやって来た。それはゾエ君が興奮のままに声を発するごと、重く私にしかかってくる。


 しかも何ですって?

 シエルちゃんだったらシャンタちゃんに偽りの証を渡すはずがないですって? 私だったらその心情を必ず酌めるですって?

 ゾエ君、それは買い被りが過ぎるというものだよ……!


 どうやったらトロールせずこの試合をやり過ごせるのか。どうやったら及第点以上の立ち回りができるのか。

 私はね、そんな最低限のあれこれで頭がいっぱいで、シエルちゃんの思いなんてこれっっっっぽっっちも考える余裕なんてなかったんだから……!


 あとせめてもの言い訳するなら、シエルちゃんだったらシャンタちゃんに偽りの証渡しててもぎりぎり解釈一致だと思います。「敵を騙すにはまず味方から、でしょ?」とか言いそうだもん。

 それに前提として、シエルちゃんは今惑わされてる・・・・・・状態だからね。私は“セーフ”を主張する!


 しかしそういった弁解をここで並べることは許されない。そんなことしたらゲーム性が崩壊するし、一度譲渡してしまった証はもう元には戻せないからだ。

 私は無垢なるゾエ君の笑顔にイマジナリー土下座を繰り返しつつ、この密談を終える他ないのであった。


 ……でもね、ゾエ君が言うように、ここまでが運命なのだとしたら――――――私には、希望を持てる理由が一つだけあった。

 私のこれまでの密談相手は、クドウさんから始まって、ヨシヲ、ゾエ君と続いている。そう、全員[秘密結社1989]の皆さんなのだ。

 って来たら、次のお相手は結社の四人目、リンちゃんに違いないでしょう! 真実の証を渡したのが彼女とあらば、ワンチャンゾエ君も納得できると思うんだ。


 何てったってリンちゃんは私の実の妹であり、彼もそのことを知っている。

 シエルちゃんが双子の妹たるシャンタちゃんに偽りの証を渡すはずがない。そんな論を振りかざしたのはゾエ君自身である。

 だったら、「私が妹のリンちゃんに偽りの証を渡すはずがない」って論もまかり通るよね。


 うん、これでイケる。

 さあ来い! 出でよリンちゃん!


 かくして、召喚の儀に呼びだされたのは――――――。


「………………」

「………………」


 ――――――ササだった。

 運命なんてなかった。



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