400日目 返済ごっこ(後編)

 お兄さん……?

 あれ、もしかしてこれって、私が予想してたよりもずっとずっと重ーい話だったり? 「目を覚ます」ってことはつまり、お兄さんは眠り続けてるってこと?

 まさか、お兄さんはきまくら。にのめり込むあまりこの仮想世界に囚われてしまって、現実では植物状態になっているとか、まさかそんな、SFみたいなことが――――――。


「兄は、きまくら。にのめり込むあまりこの仮想世界に囚われてしまって……」

「ひえっ」

「大学で留年してしまったのです」

「あ、うん」


 ――――――ないよねーーーーっ。あるわけないよねえー、そんなSFみたいなことさあー。

 ずこおーってやつである。


 ……や、でも冷静に考えてみれば、これはこれで十分重い話だな。お兄ちゃん、しっかりしてよ。

 それで『目を覚まさなければならない』ってなると、うずみちゃん、お兄さんを改心させるためにきまくら。やってるってこと?


「簡単に言えばそんなところです」

「えと、何もきまくら。通じて訴えなくても良くない……? リアルで直接話すほうが……」

「ダメです。兄はドのつくゲーム実力主義者なんです。ゲームが弱い人間、ゲームに負けた人間に発言権はありません。昔からそうでした。同じ土俵に立たないと、話も聞いてもらえやしない」

「な、なるほど。それで強くならなきゃいけないんだ」

「そうです」


 わ、わあ~。それは随分アレなお兄さんだなあ~。


 うーん、でも、分からないな。

 言ってしまえばそれってお兄さんの問題だよね。話を聞いてるとなかなかマイペースな人みたいだし、うずみちゃんがそこまでする必要性とか価値とかってあるんだろうかって、思ってしまう。

 まあ、さすがにそこまで踏み込むほど野暮じゃないけど。家族って色々あるもんね。


 でもなんか、ちょっと勿体ないなーとは感じる。

 だってきまくら。って、“寄り道”が楽しいゲームなのに。寧ろ私みたいな人間にとっては、そこがメインまであると思う。


 ゲームなんて全く興味がない、きまくら。なんて何が面白いのか分からない――――そうはっきり言える人なら兎も角として、うずみちゃんはそういうわけじゃなさそうだもの。

 なのに、折角きまくら。を楽しめる素質を持っていそうなのに、状況ゆえにこのゲームを“手段”として捉えるしかないっていうのは、いちきまくら。ファンとして寂しいものがあるなって。


「ですから、さっさと次のバイト内容を教えてください。私はこんなところでちんたら油を売ってる暇はないんです。早く借金を返して、本来の目的を遂行しないと」

「あ、ああ、そうだったそうだった。でもね、そう言われてもねえ……。別に頼みたいことなんて、そんないっぱいあるわけじゃないんだよ。だからずっと言ってるようになんかあったらまた声かけるから、うずみちゃんはそれまで普通に自分のことやってくれれば……」

「じゃあこうしません? このバイト、時給制にしません?」

「じ……」


 時給制!?


「って、いやいやいや。給与形態の問題がどうとかなじゃなくてね。だからそもそも今は手伝いを必要としてないから~、」

「ええ。だから手伝いを必要としないときは私、ブティックさんのそばで待機してます。必要になったら声かけてください」


 それって……あ、要するにタダ働きしようとしてる? ダメダメ、さすがにお姉さん、そんなのは許しませんからね。

 時給制にするとしたら、そうだな……1時間1,000キマだったらいいよ。

 と、ほぼ断り文句も同然の破格の安時給を提案したらば、予想通りうずみさんの表情は曇る。しかしその後の彼女の反応は、私の予想から外れていた。


「分かりました。それでいいですよ」

「え! ……暇なの?」

「とんでもない。さっきから何を聞いてたんですか。私には重大で緊急な使命があるんですよ」

「じゃあなんで? うずみちゃんきまくら。始めて2か月くらいだっけ? その頃の金銭感覚とかあんまり正確には覚えてないけど、1時間あれば少なくとも1,000キマ以上は稼げるよね」

「四の五のうるさいですね。ブティックさんが条件を出して、私が呑みました。これ以上もこれ以下もないでしょう。どこにケチを付ける必要があるっていうんです?」


 ええええ~~。いやまあ、それはそうなんだけどさあ、普通に断られることを期待しての提案だったからさあ。

 だって私のプレースタイルって、独りで淡々黙々とっていうのが基本なんだもの。遠征とかなら兎も角として、常時誰かがそばにいるのは落ち着かない。

 どうにか上手く躱す方法はないものか。


 そう考えているところで、ふとうずみちゃんの挙動に目が留まる。

 むっつり唇を引き結んで無関心な態度を装いつつも、そわそわ視点の定まらない桃色の瞳には抑えきれない好奇心が宿り、終いにはひょこっひょこっと私の体を避けて家の中を覗こうとする、彼女の不審な挙動に。


「うずみちゃんてもしかして、【仕立屋】に興味あるの?」

「へ!? いや、……そ、そうですね。興味がないと言えなくもないかもしれません。何のアクション性、爽快感もない地味な作業をわざわざゲームでまでやる人間の気が知れませんから。そういう人の思考を理解するという意味では、きっと良い社会勉強になるでしょう」

「……んじゃ、とりあえず今日だけね」


 まあ確かに、「1時間1,000キマならいいよ」って言っちゃったのは事実だもんな。今回ばかりは私に責任がある。

 そう思って家に入るよう促すと、うずみちゃんはぱっと顔を明るくした。


「いいんですか!? わあ~……」


 御上おのぼりさんかいと突っ込みたくなるようなやけに浮ついた表情で、彼女はきょろきょろと屋内を見回している。そんなふうに素直な感情を表に出したほうが、世の中よっぽど生きやすいだろうにね。

 なんてことを考えながら観察していると、彼女は私の視線に気付いたらしい。思い出したようにむっつり顔を繕うのだった。


 妹然りシエルちゃん然りユキちゃん然り。どうも私はツンデレというものに弱いみたいです。



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