400日目 返済ごっこ(前編)

ログイン400日目


 キンコーン、とベルが鳴り、私は「来たか……」と胸中で独りちた。

 ショップのベルなら兎も角として、この学校の時報のような音――――裏口から来訪者が現れた合図は、そうそう聞くものではない。しかしここ三日間は頻繁に耳にしている。

 扉を開けると案の定そこには、ピエロの衣装を纏った可愛らしいお嬢さんが立っていた。彼女はむすっと強張った顔で、挨拶もなしに告げる。


「お使い、完了しました」



【まよいごのネイル】、【あかつきのネイル】、【サザンクロスのネイル】を手に入れた!



「あ、ありがと~。助かるよ~」

「お駄賃は30万でしたね。これで現在の借金は630万キマになります」

「う、うん」

「次は何をしましょう」

「えーっと……」


 うずみさんはてきぱきと品物の受け渡しやら取引の記録やらを済ませ、話を進めようとする。

 私は苦笑いを浮かべた。別にそんなに頼むこと、ないんだけど……。


 実はうずみさんにキマを貸してからというもの、彼女はしょっちゅう訪ねてきては“お使い”を強請るもので、ちょっと困っている。返済に真面目に取り組んでいるのは偉いなと思うんだけど、焦らなくてもいいのにな。

 勿論彼女には何度となくそう伝えてある。けれどうずみさんはそのたび、「いえ! なるべく貸しは作っておきたくないんです! それにいつ無利子の約束を反故にされないとも限らないので!」などと言って、頑なに立ちはだかるのだ。


「だから命は! 命だけはご勘弁……!」


 一旦はこちらの厚意に心を開いてくれたものと思ってたんだけど、この様子を見るに、誰かに何か吹き込まれたんじゃないかなって勘繰っている。きまくら。ってそーゆーとこあるよね。

 まあ本気で命が奪られるなどとは考えていないだろうが、借金を早くチャラにしたいとの願いは切実なもののようだ。

 あと多分、普通にクエストとかこなすより、私の手伝いをしたほうが早く稼げるっていうのもあるっぽい。


 いやあ、最初の頃約束すっぽかさないでちゃんと返済しようとしてる姿勢に感動したもので――――まあ本来人として当たり前のことではあるんだけど――――、お駄賃にかなり甘めに色付けちゃったんだよね。したらば味を占められた模様。

 今更「最初のは実はサービスで~」とか説明するのもめんどいしかっこ悪いしで、ずるずるこの甘やかし価格を継続することになってしまった。


 まあ、あくまで“初心者にとっては”という前提での話なので、私個人としては痛くも痒くもないんだけどさ。でもちょっぴりもんにょり感を覚える今日この頃である。


 だから「ぶっちゃけこのやり取り自体がめんどいから、もう全部チャラでいいよ」って言いたい気持ちは、何とか我慢している。教育上よろしくないものね。

 しかしそうするとこの“借金返済ごっこ”に長らく付き合っていかねばならないというジレンマ。

 うーむ、まあ仕方がない。お姉さんは君達きまくら。一年生に、健全にゲームを楽しんでほしいのだ。


 というわけで私は何とかアイディアを絞り出しつつ、然して必要でもないお使いを日々彼女に頼んでいるのだった。さて次はどんな任務を与えたら良いものか。

 私は買ってきてもらったものを確認するふりをして、考えるための時間を稼ぐことにする。あら可愛い。


 今回頼んだのは、クラン[あるかりめんたる]の主催しているユーザーイベント“あるかる文化祭”にて、付け爪ネイルアイテムを幾つか購入してくるというミッションだ。

 [ポワレ]さんっていう【工芸家】プレイヤーが、めちゃ可愛いオリデザネイルチップを出品してたんだ。陰キャさんがトークからフライヤー画像を送ってくれて、そこで知ったの。


 このあるかる文化祭はフリーマーケットのような催し事らしい。出店はあるかるメンバーに限っているが、お客としての参加は誰でも自由みたい。

 でも“ユーザーイベント”などという陽キャの営みには、未だワタクシ抵抗感がありまして。

 もも金さん主催の創立記念パーティーを思い出してみても、やっぱりああいう空気は慣れないなって感じる。どうも、アウェーにとことん弱い人間ビビアです。


 そこでネイル購入は見送るかあと諦めかけた矢先に、うずみさんに頼むという方法を閃いたのだ。お陰で文化祭限定のデザインネイルを三つ、無事ゲットできたよ。

 グリーンとブラウンの森っぽいやつと、ピンクベースにきらきらお星さまが描かれてるやつと、アイボリーベースに不規則にシルバーのラインが入ったやつ。どれもくすみカラーとマットな質感が大人可愛くて、乙女心くすぐりまくりなんだ~。


 付き合い半分の返済ごっことはいえ、やっぱこんなふうに、ある程度は意義あることにお使いを頼みたいところ。なんか他にあったかなあ。

 と、考えているところで視線を感じた。顔を上げるとうずみさんが、ネイルの試し付けをしている私の指先をじっと見つめている。

 ……私はついぞ我慢できず、【暁のネイル】を彼女に差し出した。


「……はい、おまけ」

「えっ!」


 だってすっごい物欲しげな顔してるんだもん。


「いやいやいや! そんなの受け取れません! あっ、分かった、これで借金増やそうとしてるんでしょう! 受け取った後で、タダであげたわけじゃないとか言いだすんでしょう!」

「別にそんなつもりないよう。いいよ、要らないなら」

「要らないとは言ってません!」

「え? 言ってなかった?」

「言ってないです。分かりました、不要だと言うならこちらで引き取ります」

「いや私は別に不要だなんて……」

「全く仕様がないですね。これが金持ちの道楽というやつですか。仮想世界でそんな遊びに耽っても、現実に立ち返ったとき虚しくなるだけじゃありません? そもそもこんなの、ゲームを進める上ではほとんど役に立たないのに」


 ぶつぶつ可愛くないことを呟きながら、ほくほくネイルを早速付けているうずみちゃん。

 なんかこういうところね、憎めない愛嬌みたいなのがあるんだよね。猫っぽいというか何というか。

 だからついこうやって、甘やかしちゃうんだよねー……。


 それにしてもうずみちゃんは、態度ではこんなふうに遊びきまくら。を楽しみたそうなのに、なんで口ではこんなつれないことを言うんだろうね。顔を合わせるようになって数日経つし、その辺かるーくつついてみてもいいかしら。


「うずみちゃん前さ、自分にはきまくら。で目標があるみたいなこと言ってたけど、あれって何なの」

「それは勿論、レベルを上げて強くなることですよ。上位勢にも負けないくらいに。ゲームで目指すところなんて、本来皆同じでしょう」

「え? そうかな。私が聞きたいのは……これは純粋な好奇心からなんだけど、なんでそんなに急いで、一直線に強くなることにこだわりがあるのかなって不思議で。プレイヤーとして強くなることに楽しさや達成感があるのは分かるよ。でも急ぐ必要ある?」

「それは……それは、簡単なことです。私には時間がないからです」


 うずみちゃんは自身のおニューネイルから視線を上げると、鋭い光を目に灯した。


「私は、兄の目を覚まさなければならないのです。早急に」



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