289日目 あるかりめんたる(2)

「よかった! コピーじゃなくて本物に会えるだなんて嬉しいです! あの、ブティックさん、どっちが私に似合うと思います? きまくら。界のファッショニスタたるブティックさんに、是非アドバイスをいただきたくって!」

「あ、はあ……」


 このいかにもなキラキラ陽キャ感にちょっと気圧されはしたものの、こんなふうに言われて悪い気はしない。

 それに意見を言おうとしない彼氏のことをほっぽって私のもとに来たというのも、店主の私としてはちょっぴり好感度上がっていたり。

 なんだ、この人ほんとに私の作ったアイテムを買うために来てくれたんだなって。ただ体の良いデート場所に選ばれたわけじゃなかったんだね。


 よって私はまともに彼女と向き合うことを決め、彼女の持ってきた服に改めて目を向ける。その二着は、色柄違いで形の同じアウターだった。


 裏起毛のもこもこした冬用の上着で、前はボタンで留める様式。フードが付いてるから、パーカーとカーディガンを足して二で割ったようなデザインになっている。

 片方は紺色で、裾や袖口にボタニカルな白い模様が刺繍がしてある。もう片方は爽やかなサックスブルーで、刺繍はないけれど白い花柄プリントが散った布を使っている。


 因みに彼女の髪はオレンジ色、中心から横にずらした位置で纏めたサイドアップスタイル、瞳の色は水色、健康的な肌色に標準的な女子体型。こんなかんじのアバターだ。

 今の雰囲気からざっくり感じたことを言うとするならば――――――。


「――――――個人的には水色のほう、ですかね。その白いワンピースとも相性が良さそうですし」

「ふんふん、なるほどお」


 素直に感心したふうな彼女は再び鏡の前へ行き、水色のアウターを自分の体に当てる。


「だってえ。テト君」


 彼女さんが振り返って彼氏さんに笑いかけると、彼氏さんは肩を竦めるのだった。

 そんなやり取りののち、彼女さんは水色のアウターを購入することを決めたようだ。他にも数点のアイテムと一緒に、お会計に持ってきた。

 お金を払うのは当然のように彼氏さんのほうだった。


「ブティックさん、選んでくれてありがとうございます。私にとって思い出深い一着になりました。大切にしますね。もしまたお暇なときがあったら、お洋服選んでほしいなあ」


 会計作業の間も、彼女は私へのリップサービスに余念がない。偏見100%だけれど、この手のリア充女子にしてはひたすら人当たりが良いもので、私は感心すら覚えていた。

 仲良くなれそうなタイプには見えないものの、人間として尊敬はするわってやつ。


 あと可愛い。きまくら。キャラクターが可愛いのはデフォで当たり前なんだけど、そうじゃなくてもちょっとした仕草とか話し方が可愛いんだよね。

 女子の私から見てもそう思うんだから、男子なんかイチコロなんだろうなあ。こんなふうにVRデートする相手を探すのなんか造作もないくらいに。


 はーっ、可愛くてお洒落で社交的で性格も良くて彼ピもいるのかあ。っていうかまあ、可愛くてお洒落で社交的で性格が良いからこそ彼氏がいるんだろうけども。

 いずれにせよ、世の中は不公平だわい。そんな虚無感に浸りつつ店を出て行く二人の背中を見送っていると、彼等が出口に辿り着く寸前で、扉が勢いよく放たれた。


「あっ、やっふーい、こんちゃーブティックさあーん! えー、ショップのほうで会えるなんて奇遇ですね~。ブティックさんに会う前にお店寄ろーって思ってこっち来たとこだったんで、す……」


 陽気に現れたのは、ピンクブロンドのショートカットにクマ耳が特徴的な女の子アバター、[くまたん]さんだ。

 今日は金融さんとの定期取引の日なんだけど、鶯さんが来れないから代わりに来るって、さっき連絡が入ったんだ。確かに金融の人はいつも裏口から招き入れて客間でやり取りしてるから、ショップエリアで会うのは新鮮だ。


 しかしそんなささやかな珍事に盛り上がるくまたんさんの視線が、ふと自分の横をすり抜けるカップルに注がれた瞬間――――――彼女の顔から、表情が抜け落ちた。

 カップル客のほうは気に留めた様子もなく、さっきと同じきゃいきゃいしたテンションで店を出て行く。鈴の音と共に閉まった扉を、くまさんはしばらくの間見つめていた。


「くまさん……? お知り合いですか?」

「えっ!? ……あ、どうなんだろう、声が似てて……ブティックさんはあちらさんと知り合いなの?」

「いえ。記憶の限りでは、初めて会う人でしたけど……」


 不思議に思って尋ねると、なぜか逆に聞き返されてしまった。

 覚えはあるけど誰かは思い出せない、そんなかんじなのかな。あるよねたまに、そーゆーこと。


 くまさんは依然喉の奥に物がつっかえたような難しい顔をしていたけれど、やがて気を取り直すように頭を振る。


「ま、いいや。じゃあ改めて裏口からお訪ねするのも何だし、ここで良ければ早速取引といきましょ~」


 そう言って彼女は、何事もなかったかのようにいつも通りの営業を始めるのだった。




 商いの時間が終わると、くまさんから「折角だから接客してください!」と頼まれた。店員さんとお話しながらのお買い物ごっこがしたいんだそうな。

 私は服屋で店員さんに話しかけられるの苦手なんだけど、さっきのあの子といい、やっぱ陽キャは何かとコミュニケーションが好きなんだなあと尊敬の念を抱く。


 尤もくまさんとは最早顔馴染みだし、断る理由もない。リアルじゃ責任感じちゃうようなこともきまくら。だったら気楽なわけで、たまにはこうやってお客さんに服を見繕ってあげるのも嫌いじゃない、とは思えてきている。

「試しにお任せで全身コーディネートしてくださいよ~」なんて言われたとあらば、張りきり具合も一入ひとしおだ。無条件で着せ替え人形になってくれる人、大好きです。


 そんなわけであーでもないこーでもないと、二人でわいわいコーディネートを考えているときのことだった。カランコロン、と再びベルが鳴り、お客の来訪が告げられた。


 因みにさっきのカップル客に対応しているときも、今のくまさんとの着せ替え遊びの最中も、他のお客さんの出入りは普通にある。だから私は今回の来店音も特段気に留めなかったのだけれど、くまさんのほうは違った。

 彼女は入口のほうから上がった「あ」という声に反応して顔を上げたかと思えば、「げ」とあからさまに消極的な声を漏らした。

 私もつられてそちらを見遣れば、なんとそこに立っていたのは虎耳の女の子――――[陰キャ中です]さんであった。


 くまさんと陰キャさんの二人は、しばし呆然として見つめ合う。

 先に硬直から解かれたのは陰キャさんのほうだった。

 彼女は白い顔に表情を取り戻したかと思うと、今度は逆に百面相になって、あわあわと唇を震わせている。何か言いたいのだけれど何を言うべきか迷っているような、そんな様子だ。

 しかし――――――。


「く、」

「あー! ごっめんブティックさん、私用事思い出しちゃった! お買い物はまた今度出直すね! ブティックさんの意見、凄い参考になった、ありがとー!」


 ――――――やっとこさ陰キャさんが言葉を絞り出そうとしたその直後、くまさんはぎゅんっと私のほうを向いたかと思えば、早口でいとまの言葉を捲し立てた。

 そして風でも巻き起こりそうな勢いで立ち尽くす陰キャさんの横をすり抜け、あっと言う間もなく店を出て行ってしまった。

 残された私と陰キャさんの視線が、交差する。



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