289日目 あるかりめんたる(3)
やがて彼女は口を引き結んで顔を歪め、歩調荒く迫ってきた。反射的に私は後じさり、カウンターのほうへ追い詰められる。
「ブティックさん! どー思う!? あれ!」
「ど、どうと言われましても……」
「あいついっつも
「はあ……」
「昔のこと気にしてるんだか何だか知らないけど、別に取って食いやしないっての! 私はただ、私はただ……」
陰キャさんはそこでぐ、と唇を噛み、顔の筋肉に力を込めたようだった。
私は息を呑む。次の瞬間、彼女の金色の双眸から、だぱーっと涙が滝のように流れ出したから。
「……今も友達でいたいだけなのに」
きまくら。のアバターは中の人の感情がやや大袈裟に表れるようになっていると言う。
それにしたってこの量の涙だ。きっとリアルでも多少なりとも泣いてるんじゃないかなって思う。
なんて感想を戸惑いつつもどこか冷静に抱いていると、陰キャさんは聞いてもないのにぽつぽつ語りだした。
何でもくまさんは、昔陰キャさんの運営するクラン[あるかりめんたる]の一員だったんだそうな。それも単なるメンバーっていうんじゃなくて、中心的な存在――――幹部の一人であり、しかもクラン創設にも一緒に携わってきた浅からぬ関係であるらしい。
メンバー内での不和が原因であるかる、そして陰キャさん自身が一時活動休止状態になっている間も、くまさんは陰キャさんの復帰をずっと待っててくれたんだって。
しかし、にも拘わらずくまさんは、あるかるが復活してからひと月後、突然「別のクランに移籍する」と言って出て行ってしまった。その移籍先が[もも太郎金融]。
そして以降くまさんは陰キャさんのことを、徹底的に避けるようになってしまったらしい。
絵に描いたような人間関係の縺れを目の当たりにして、胃が疼いてしまう。
この間のねじコちゃんの話でも思ったけど、やっぱプレイヤーズクランて怖いところなんだなあ。みんなよくやるよ。
でも理由はどうあれくまさん、あるかるを捨ててもも金を取ったわけでしょ? 言い方を悪くすればそーゆーことだよね。
避けたくなるのも頷けるなあ、滅茶苦茶気まずいじゃんそんなの。
と、擁護ともつかない意見をごにょごにょ提出する私に向けて、陰キャさんは堂々胸を張るのだった。
「だとしたって、私は気にしてないのに! 全然まったく、これっぽっちも!」
曇りなき
「だってそんなん、よくある話じゃない。もっと居心地良さそうなクラン見つけたから今いるクラン辞めるとか、フツーよフツー。逆に『ほんとは辞めたいんだけどな』って悶々としながら居続けられるほうが、こっちとしても困りますって。だから本当、私としては全然構わないよ、これからも友達でいてね、何かあったら力になるからねって、彼女がクラン辞めた後もその姿勢を崩す気はなかったんだけど……肝心のくまたんが、ぜんっぜん取り合ってくれなくてえ~~~~……!」
「は、はあ」
わあ、これが真なる光の民ってやつかあ。と、真なる陰の民たる私はつい引きの姿勢になってしまう。
いや、彼女の主張が全く以て正論であることは分かるよ。陰キャさんが根っから良い人なんだなってことも。
でも不思議なもので、あまりにも倫理的に正しい善良が過ぎる人を前にすると、それはそれで宇宙人に見えたりするんだよね。これって心が淀んでる私だけかね。
まあ要するに陰キャさんの気持ちや反応に共感はできなかったと、そういうわけである。私だったら、そこまであからさまに自分を避けてくる人のことなんか、深追いせずそっとしといたほうがお互いのためなんじゃないのって思っちゃうなー。
と同時にやはり、光の民に対する尊敬の念は増すばかりでもある。
そんなつれなくされ続けても涙流すくらい熱くいられるのって、人に関心があることの表れだもんね。その心のキャパとバイタリティは凄いなって思う。
まあ勿論相手との関係値がそれだけ深かったってことなのかもしれないけど。とはいえオンゲ内の友達でしょ。
私だったらどうなんだろ。
例えばきーちゃんが突然素っ気なくなって、避けられるようになっちゃったら……あ、駄目だ。私だったら一撃ノックアウトの自信ある。
すみません、もう二度と近付きません、でもブロックされてないんならせめてショップは利用させてね、視界には決して入りませんので……って、相手に合わせて自分も閉じちゃうだろうなあ。
陰キャさんみたくそんなしつこ、えっと熱心に、相手を追えるほどのエネルギーは持ち合わせてないよなあ。
なんてことを考えていると益々、陰キャさんの名前が変に思えてくる。陰キャさん、陽キャさんに改名しようよ。
しかし陰キャさんは私が引いていることなど露知らず。その語り口調はさらに興奮を帯びてきた。
「だからね、私、思うの。くまたんがあるかるを抜けてもも金に入ったのは、何か私と顔を合わせるのがしんどくなるような、のっぴきならない事情があったんじゃないかなって」
「はあ。そうなんですか」
「あいつ、ももの野郎に脅迫されてるんじゃないのかなって、そう思うようになったんだ」
「えっ」
それまでありふれた揉め事を他人事感覚で聞いていた私は、俄かにきな臭くなってきた雲行きに体を強張らせる。
しかも槍玉に挙がったもも君は親しい……とまでは言えないものの、それなりに付き合いのある人物だ。大人しく相槌を打っている場合ではなくなってしまった。
「さすがにそれは話が飛躍し過ぎでは? 脅迫だなんてそんな……。だって言っちゃ何ですけど、たかがゲーム内のコミュニティですよ。そこまでする理由がありませんよ。もも君みたいな、冷静で合理的な考え方の人なら尚更」
「えー、あいつまともな頭脳派ぶってる割に、やってること結構とち狂ってるよ。まずこんな『たかがゲーム』な世界で、あんな秩序立った商業組織を成立させてる時点で大分オカシイでしょ」
う。それを言われると反論できない。
そうなんだよね。よく“馬鹿と天才は紙一重”って言うけど、確かにあの子、その鋭い観察眼や優れた管理能力の使いどころがもっと他にあるんじゃないの、とは思う。
それだって「ただのお遊びだ」って言われてしまえば、そこまでの話なのだけれど。
あとこの流れになって思い出したけど、そういやもも君て金儲けのために
あれは革命イベントの一環だったわけだから、ゲームの進行に逆らえなかったところも往々にしてあるとは思う。
けどきまくら。は色んな場面でプレイヤーの意思が反映されるよう造られていることを考えると――――――もも君が実ははっちゃけてる天才である線も、否定はできないなあ。
「それに、ただクランを移るってだけにしてはくまたんの態度がおかし過ぎなワケ。まるで私に何か隠し事とか、後ろ暗いことがあるようなかんじで。だから私もも本人に直談判したこともあるんだけど……何も出てこなかったんだよねー。でもあの言い方。絶対何かはあるんだよねー」
「そうなんですか……。あれ? でも確か金融さんとあるかるさんは仲良しだって、どっかで聞いたような? あ、そうそう、生産物の取引したり、合同で遠征イベントやったりもしてるって、鶯さんがちょこっと話してましたよ」
「まあね。でもそれも、私としてはちょっと探りを入れる意味合いもあるんだよね。……あ、これ内緒ね。こっちは完全に私個人の下心というか考えであって、クランのほうは関係ないから。もも金との提携は普通に条件が良かったし、メンバーも賛成してたし、あとはその場のノリとか諸々の事情込みで。だからうちともも金は今普通に関係良好なんだけど、それはそれとして私としてはモヤモヤが残り続けてるんですわ。良い機会だからってくまたんにもももにもアプローチかけ続けてるんだけど、ももはお口にチャックだしくまたんはあの通りすぐ逃げるしで、全然進展してないんだよね」
お陰で疑念は深まるばかりだよ。そう言って陰キャさんは肩を竦めるのだった。
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