236日目 小さき騎士達の結束(後編)

「びーーーー……」

「『ここは女王の君臨せし崇高なる領域。人間どもよ、去れ』だって!」

「びびびび……」

「『欲に塗れた人間どもめ。我等の気高き毒に侵されたくなければ、早々にここを立ち去るのだ』って言ってるよ」

「びー……びー……」

「『そんな小細工で我等の仲間を騙るとはなんと傲慢な。目障りだ、去ね』だってさ」


 とまあ、こういった具合である。

 一匹目の台詞からしてやはりクイーンビーさんとは関係ありそうなんだけど、それ以上の情報が得られないんだよね~。勿論【おねだり】も通用しなかった。

 参ったなあ。私的には、彼等が女王様のもとに案内してくれることを期待していたんだけど。


 そんなこんなで、大樹遠征の最大の目的は果たせず終いなのだった。どうやらモグマキングのイベントを進めるには、アプローチを変える必要がありそうだ。


 私にとって一番のネックとなっているのは、やはりタイムリミットの短さだろう。となると大樹内を闇雲に調査するより、先にもっと情報を集めて、クイーンビーの居場所について当たりを付けた上で挑んだほうがよいのかもしれない。


 よって本日私は、大樹から一番近い村落【ハクラン】にて聞き込み調査をすることにした。

 因みにここハクランは、いわゆる“補給都市”と呼ばれるセーフティエリアである。NPC経営のギルドやら宿屋やらお店やらは揃っているんだけど、プレイヤーが拠点を持つことはできないっていう場所だ。

 勿論一番手っ取り早いのはネットでクイーンビー検索ぽちーな流れだろうけど、まあやっぱり、まずはゲーム内で自分で謎解きしたいじゃん?


 というわけで村の人達に話しかけたり、家屋にある書物を【調べる】コマンドで漁ったりしてみる。すると、クイーンビー並びにナイトビー、そしてヒメカゲタイジュに纏わる興味深い歴史が浮かび上がってきた。


 まずヒメカゲタイジュの主クイーンビーは、村の人々にもよく知られた存在であるようだ。

 勿論気軽に会えるような相手ではないみたいだけど、気高く美しいその姿を目撃した人は少なからずいるみたい。クイーンビーは現実にいる幻獣として扱われており、畏敬の対象でもあるっぽい。

 がしかし、最近になってその目撃者はぱったり途絶えてしまったんだとか。且つクイーンビーの眷属であるナイトビーが、以前は人間に対して友好的だったのが、今は誰に対しても敵意を剥きだしにしてくるとのこと。


 この急激な変化については原因も明らかになっている。ここでダナマに本部を構える商人クランのマスター、オセという人物にスポットライトが当たることになる。


「ダナマからやって来たあの胡散臭い商人。あいつが全部悪いんだ」

「奴は大樹の根本、その地中に宝の部屋を見つけたのさ。そう、【幻蟲の琥珀】だ。琥珀がわんさか採掘できる場所を掘り当てたのさ」

「当然オセはこう思ったようです。この琥珀を独り占めしたい、と。加えてもう一つ問題がありました」

「琥珀の採掘エリアは大樹の中心部分に近かったんだ。そこはどうやら当時の女王様クイーンビーが住まう部屋の真下だったようでな」

「作業してると不審がった騎士ナイトビー達が邪魔しにやって来るの。まあそれも当然よね。だって女王様の部屋の真下を掘るだなんて、主に危険が迫っていると考えるのが普通でしょう?」

「そうすると採掘は上手く進まないし、他の冒険者の目からしても奇妙に映るわけだ。琥珀をこっそり独占したいのに、目立っちまうんじゃ仕様がねえ」


 そこでオセが仲間と共に編み出した奇策――――――それが何と、クイーンビーのコロニーに農薬を撒くというトンデモ作戦だったそうな。

 一応育児の休止期間中に作戦は決行されている。また幻蟲は普通の虫より強靭な体を持つため実害は少ないと、そう見越した上での計画だったようだけど……いや……ヤバいでしょその発想……。

 そうして、クイーンビー達は農薬の臭気を嫌ってコロニーを捨てざるを得なくなってしまった。オセ達の目論見通りとなったわけだ。


 しかし、オセは蜂達を少し遠ざけるくらいでは満足しなかった。

 彼等は蜂勢力と明確に敵対しないよう周期を空けつつも、農薬を撒く範囲を少しずつ増やしていった。それは大樹の中心部から始まり、外側へと徐々に徐々に、用心深くも執拗に工作されていく。

 すると蜂達は少しずつ、巣や行動範囲が大樹の外側に押し出されていく。いつの間にか蜂の巣は、大樹に続く街道傍の至るところに造られていたそうな。


 そして頭のよいビッグナイトやクイーンビー達は、その過程で勘付くようになる。これが人間による仕業であることに。

 怒った彼等は狂暴化し、街道を通る人間達を誰彼構わず襲うようになってしまった。蜂の毒により、ハクランは一時伝染病被害にも見舞われていたらしい。


 こうした経緯のもとヒメカゲタイジュへの道は、政府によって通行禁止となるのだった。それこそがオセ達の狙いであった。

 最早蜂も人も、邪魔者は一切いなくなった。

 心置きなく琥珀の採掘ができて、利益は自分達だけものとなる。それどころかこの間、大樹で採れる高級木材や他の素材も独り占めだ。   

 こっそり造っておいた地下通路を使えば、道中の蜂など何の煩いにもならない。


 かくしてオセと仲間達は琥珀含む大樹の恵みを秘密裏に運び出すことにより、ぼろ儲け計画を成功させたのだった。


 因みに蜂事件の裏に誰がいるのか、シラハエの当局は一応情報を掴んでいたらしい。しかしオセ氏が有力者を懐柔していたため、表立っては取り沙汰できなかったんだって。

 大人の世界が怖いのはきまくら。でも同じようだ。


 琥珀を粗方掘り尽くすと、彼等は農薬の浄化作業を行った。

 それはせめてもの罪滅ぼし……も、あったと思いたいけど、どちらかというと証拠隠滅の意味合いが大きいんだろうなあ。このタイミングで引き揚げたのだって、そろそろ国への誤魔化しが利かなくなってきたっていうのが主な理由みたいだし。

 そうして、一応はこの事件も収束へ向かうことになる。クイーンビー一族は農薬の気配がなくなったことを察して、大樹へ帰って行ったそうな。


 とはいえ災厄が生じた事実は消えるわけもなく、この出来事はきまくら。ワールドに爪痕を残すのだった。


 その一つが大樹遠征のルール特殊化に表れてるみたいね。

 ってことは、以前はヒメカゲタイジュも他の一般的なフィールドと同じ仕様だったのか。この一件でMOシステムになっちゃったんだ。

 そういえば検問のお役人さんも、昔大樹で意図的に幻獣の混乱を引き起こした不届き者がいて、そのせいで通行を厳しく管理することになったって言ってたもんな。彼の言う『不届き者』ってオセ一味のことだったんだね……。


 で、さらにもう一つの大きな変化が、ナイトビーの敵対化とクイーンビーが行方を晦ましたことである。

 彼の一族は農薬事件により、すっかり人間嫌いになってしまったようだ。ま、当然だよね。

 以前は【扮装ファンデーション】持ちのプレイヤーなら会うことのできたクイーンビーさんも、この一件以降消息不明らしい。ナイトビービッグが相変わらず出現していることからして恐らく大樹にはいるのだろうが、巣も見つかっていないとのことだった。


 ところで聞き込み調査を続けていると、村人Aさんはこんなことを仰った。


「この世界のどこかに、きまくらゆーとぴあの歴史データをすべて集めたアーカイブ保管所があるという。大樹に纏わる一連の事件についても、きっとそこに記録されているのじゃろう」


 これって恐らく公式動画サイト“きまくらひすとりあ。”のことだよね。

 そう思ってページを開いてみると、【小さき騎士達の結束】というダイジェストムービーが見つかった。へー、予想はしてたけど、やっぱりこれって革命イベントだったんだ。

 実行者はオセの相棒として立ち回るポジションのようだ。普通に悪役サイドで草あ……。

 で、その動画のコメント欄をちらと見ると、案の定ブーイングの嵐だったんだけれども――――――。


『もも太郎とかいう鬼畜生』

『は?一人のプレイヤーの手により一つのフィールドが潰されるとかマジは?くたばれ金融』

『↑この時代はまだ金融発足してないから…(震え声)』

『そうそう、ここで儲けた金で一気に伸し上がって金融とかいうクソクラン発足したんだよね^^』

『悪魔の大商人もも太郎 爆☆誕! の、決定的瞬間がこちらです』


 ――――――実行者、君かーーーーーーーーい!



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