236日目 小さき騎士達の結束(前編)
ログイン236日目
いやはや、昨日は散々な目に遭ってしまった。
タイジュの入場規制が協力を促すルールなんかじゃないってことに気付いてしまったあの後ね、まあそれならそれでいつも通りに活動すればいいかって、独りで探索してたの。
思えばお役人さんが強調してた「帰るときも全員一緒でないと駄目」っていう発言は、逆に言えば最初と最後さえ人数が揃っていればそれでよいとも取れる。
一瞬で散開してったあの人達が、果たして帰るときに集合するなんてお行儀のよい行動ができるんだろうか? そんな疑念は勿論浮かんだものの、まあ現時点で私がどうこうできる話でもないし。
それでアイテム採集や観光を楽しみつつ、クイーンビーさんとやらをのんびり探すことにしたのだった。
したらば大樹に足を踏み入れた僅か二十分後のことである。
周りを見回すと、先ほど一緒のグループだったプレイヤー達の姿も見受けられる。しかし彼等は私のように驚いた様子はなく、去って行く者もいれば再び関門に並ぶ者もいた。
どうやら突然の事態に混乱しているのは私だけのようだ。ってことは、この流れは普通のことなんだろうか?
広場の隅に寄って、調べてみる。すると、ここヒメカゲタイジュでの遠征には、入場規制設定に伴う特殊なシステムが採用されていることが判明した。
まず、大樹遠征はMO仕様となっており、12~20人のグループのみで参加するゲームらしい。そして「帰るときも全員一緒でないと駄目」っていうのはつまり、“クリア”したら全員一斉に送還されることを示唆した台詞なんだって。
で、ここ【ヒメカゲタイジュ】におけるゲームクリアとは、大樹の頂上に到達し、そこに設置された宝箱を開けることにあるらしい。
だから誰かがそれを開けて中身を入手した瞬間、同グループの遠征は一旦終了、まだ遊びたい人はもう一度最初から挑戦してねって流れになるそうな。
つまり、これは協力ゲームとは程遠い競争ゲームであり、走りだすプレイヤー達を見て私が抱いた感想は全く間違っていなかったことになる。
これはレースだ。一番先にゴールに辿り着いた人が一番得をするルールなのだ。
故に私以外のプレイヤー達は互いの出方を窺いつつ、報酬目がけて一心不乱に駆け出したのだ。
実際きまくら。スラングで、大樹遠征は『障害物レース』と揶揄されているらしい。
ならゲーム内でそうとはっきり言ってよ~! 「入場規制」だとか「不届き者への戒めとなるように」だとか背景事情の説明より、もっと直接的なチュートリアルが欲しかったよ~!
……いやまあ、ルールの裏側にああいう設定があるっていうのは、にやっとできて好きだけどね。でもそれはそれとして、初心者的にはメタくてもいいからもうちょっと親切な説明が欲しかったよ。
きまくら。は世界観重視ってことなのかな。
でも待てよ。そういや以前ミナシゴさんが、「運営会社は『プレイヤーは全員仲間であるがゆえに、プレイヤーから受けたダメージはフレンドリーファイアである』と主張している」って言ってたっけな。
その考え方がヒメカゲタイジュの件にも適用されるとしたら――――――「勝手にレース始めてるのは
だとしたらゲーム側に「これは競走ですよって説明してよ!」と訴えるのはお門違い、なのか?
そう考えると、うーん……そこに納得できたわけではないけど、とにかく“きまくらゆーとぴあ。”が皮肉なゲームであることだけは、どんどん理解が深まってゆくなあ。
余談だが、ゴール地点にある宝箱の現在の目玉報酬は【リリイクラウン】という装着アイテムであるらしい。このアイテムは大樹の宝箱からしか入手できないんだって。
これ、以前シエルちゃん用の女王衣装をコーディネートするとき、私がオプションに選んだアイテムでもあるんだ。懐かしいなあ。
しかしそんな私にとっての思い出補正付き、且つクリア報酬として奉られているアイテムなくせして、プレイヤーには「効果イマイチ」とあまり人気がない模様。
きまくら。慣れしているプレイヤーは寧ろ、宝箱に賑やかし要員としてランダムで入っている【幻蟲の琥珀】という素材を狙っているようだ。
幻蟲の琥珀は加工すると【幻蟲の涙】というアイテムになる。
この幻蟲の涙は色んな素材との親和性が高く、効果の底上げに非常に有能らしい。プレイヤーは勿論のことNPC相手にも高く売れるそうだ。
幻蟲の琥珀は大樹フィールドで【伐採】したり、ハンティングドロップでぽろっと入手できることもあるものの、非常に稀だそう。それで今のところ宝箱を狙うのが一番効率がいいんだって。
閑話休題。
いずれにせよ事情は分かったので、今考えるべくはそういった特殊な状況下で自分がどう立ち回るか、ということである。
まあ、結論は変わらないかな。
何せ私が
なので、必然的に集まったプレイヤーが全員ライバル扱いになろうとも、障害物競走をおっぱじめようとも、勝手にどうぞといったところだ。
予想していたような協力ゲームにならなかったというのは、私にとって都合がよいとも言える。みんながレースに集中してくれるお陰で、私は人目を気にせずマイペースに探索できるもの。
ただ私にとって唯一、“制限時間が存在する”ということだけが、このルールによって生まれる縛りとなる。グループの内の誰か一人が宝箱を開けちゃったら、そこで私の活動も強制終了だからね。
もっとも、そしたらまた列に並んでスタート地点からやり直せばいいだけだ。それを気長に繰り返せば、いずれクイーンビーさんにも会えることだろう。
――――――って、思ってたんですけどね。
この“縛り”、予想以上に厄介だった。
というのも、みんな速いのよ。ゴールに行き着くのが。
いや、早いもの勝ちっていうルールになってる以上そこの精度が上がるのは当然といえば当然なんだけどさ。遅くても三十分、一番早くて十五分で、大樹玄人達は完走してっちゃうのね。
お陰で私のほうの攻略は遅々として進まない。私みたいなゲーム弱者ってプレースキルの足りてない部分を時間で補強してるところが多々あるもので、制限時間ありのルールってそういやなかなかきついんだった。
よって根本辺りの浅層探索が網羅されるばかりで、中層がぼちぼち、頂上周りの深層へは足を踏み入れることすら叶わない。敵対幻獣とかトラップとかに手こずってる間に、案外時間ってどんどん消費されてっちゃうんだよね。
そうして昨日は計五回大樹探索に挑んだものの、結局クイーンビーの手がかりは何も得られなかったのだった。
一応【ナイトビーBIG】っていうそれっぽい幻獣は見つけたんだよ。騎士の格好をした蜂の幻獣なの。
『BIG』って付いてるのは幻蟲の幻獣バージョンって言ったらいいのかな。
捕獲すると小瓶に入った標本アイテムになる幻蟲は、ほんとにただの“虫”ってかんじの小さな生き物なのね。でもビッグ幻蟲は小さい個体でも人の顔くらい、もっと巨大化してるやつもいたりするんだ。
見た目のデザインは変わらないのもいれば変わってるのもいる。ナイトビービッグは後者で、盾と剣を手にした大分ファンタジーな生き物になっていた。
名前や同じ蜂型ってところからして、これ絶対クイーンビーと関係あるでしょ。っていうか絶対身内でしょ。
そう思って、私は早速【
そうしてコミュニケーションを図ろうとしたのだけれど――――――結果は芳しくなかった。扮装によって敵対状態は解除されるものの、それでも素っ気ない応対なんだ。
昨日は三匹ナイトビービッグに出会えたんだけど、みんなそんなかんじなの。
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