226日目 創立記念パーティー(前編)

ログイン226日目


 華の金曜日の21時40分。私はダナマスのギルドまでやって来ていた。

 今夜はこちらの一室にて、[もも太郎金融]の創立記念パーティーが開催されている。


 クランの創立記念パーティーっていうのはプレイヤー主体ですべて行っているわけではなく、ゲームのほうでそういうコンテンツが組み込まれてるそうな。

 パーティーは一年ごとに開くことができて、ビンゴゲームができたりNPC楽団を呼べたりと、その日限定で遊べるミニイベントみたいなかんじらしい。


 因みに招待状では、プログラムの開始時間は21時からとなっている。そこから順次挨拶やら出し物やらが進行していって、予定されている式次は一旦22時で終了となる。

 ギルドに借りている会場自体は23時まで使用可能ということで、後は各々自由に交流などを楽しんでくださいという流れであった。

 つまり私が足を運んだこの時分、メインイベントのほうはそろそろ終了しようという頃合いなわけだ。


 なんでこんな中途半端な時間にやって来たかというと、のっぴきならない理由があって遅刻してしまった――――――というていを装って、鶯さんの様子だけ見てさっと帰ろうという魂胆だからである。あ、一応ギフトも欲しい。


 ……いや~、だってさ、ほとんどが知らない人達のパーティーに参加してのうのうと楽しむとか、やっぱ相当の胆力が求められるでしょ。チキンな私じゃ無理よ。


 それでも自分の挑戦・・が成功したかどうかだけは確認したかったもので、間を取ってプログラム終了近くのこの時間に潜り込むことにしたわけ。

 これなら「すみません~遅くなっちゃいました~」という顔で入ってって、メインイベントが終わって区切りが付けばすぐ帰れるでしょ。面倒事を最小限に抑えることのできるグッドアイディアなのだ。

 鶯さんも途中入場途中退場全然オッケーって言ってたしね。


 一応私自身もパーティー仕様の格好にしてきたよ。ミステリーデートツアーのときのロイヤルブルーのドレスを纏って、すぐお暇するとはいえ形だけは整えてきている。


 案内に従ってギルド職員に【クラン[もも太郎金融]創立記念パーティーへの招待状】を見せると、職員さんは別フロアにある会場まで連れて行ってくれた。

 扉は開放されていて廊下で喋ってる人達もいるから、私が入ってってもそんなには目立たなそう。っていうか何ならこの入口から鶯さん見れないかな。

 私は怪しまれないよう自然な佇まいを意識しつつ、会場内を窺う。


 創立パーティーイベントは、クランのギルド貢献度によりグレードが変わるそうだ。もも金さんはやはり大手らしく、最高ランクのパーティーだという。


 広い室内には観葉植物やフラワーアレンジメント、電飾や風船などがフォトジェニックに飾り付けられており、確かにお金がかかっていそうな雰囲気だ。

 凄いなあ、こんなお洒落なかんじなんだ。

 綺麗に盛り付けられた料理やデザートも美味しそう。きまくら。の食べ物って結構飯テロなんだよね。


 ビジネスライクなもも金さんのパーティーってことで、正直もっと素っ気ない、あるいは堅苦しいかんじの式を想像していた。でも蓋を開けてみれば和やかで、パーティーの品位を保ちつつもリラックスした空間となっている。

 今はビンゴゲームで盛り上がっているようで、当選したらしき女の子が「きゃーっ」とはしゃいでいた。


 会場内を隅々まで観察する私は、やがて鶯さんの姿も見つける。【黒のパーティードレス】……――――――着てくれてるーーーーっ!

 思わずにやけてしまう口元を、どうにか引き締める。


 鶯さんは解釈通りというか何というか、ビンゴに夢中な陽キャ集団からは距離を取って壁に背を預けていた。冷ややかな横顔に、シンプルなドレスはとてもよく似合っている。

 薄淡い照明のもとさらけ出した肩や細長い手足との調和も絶妙で、その美しさはどこか人間ならざるものを連想させた。「綺麗な人」とか「可愛い人」っていうよりかは、獣や無機物としての優美さに近いものがある。

 冷たく孤高で虚無的――――――鋭い瞳の狼や、深海を浮遊するクラゲを私は思い浮かべた。


 こう見ると、装飾品を極力削ぎ落としたのは芸術点においてもグッジョブだったなあ。

 案の定アクセサリーを自分で足すわけでもなく、髪型も下ろしっぱなしの鶯さん。でもその味気無さが、彼女自身のキャラクターや身に着けているアイテム一つ一つのパンチを強調していて非常にイイ!

 もしかして私、天才か?


 などと悦に浸っていたらば、そこで鶯さんと目が合った。しまった、気付かれた。

 でもそこは陰の者同士の鶯さん。小さく会釈すると、何を言うでもなくふいっと視線を逸らした。

 その横顔が僅かに紅潮しているように見えたのは気のせいか。


 大丈夫よウグイスちゃん、あなたとっても素敵だから。親指を立ててエールを送るのは心の中だけにとどめ、私は踵を返そうとした。

 仕事は果たした。この場にもう用はない。


 が、しかしそこで、陽気な声がかかる。 


「あ、ブティックさんじゃないですか~。来てくれたんだ、嬉しい~」


 背後に立っていたのは、ピンクブロンドの髪をショートカットにした快活そうな女の人だった。

 見覚えがある。確か鶯さんが都合で訪問取引に来れないとき、代わりに来てくれていた人だ。

 名前は[くまたん]さん……だったかな?


「やっぱブティックさんへのお誘い鶯ちゃんに頼んで正解だったわー。ブティックさんが来てくれたとあらばうちの名前にも箔がつくし、社員の意識も引き締まるってもんよ~」


 何のこっちゃ?

 なんか激しく誤解されている感はあるものの、しかし彼女の発言からは鶯さんを正しく評価している様子が読み取れて、少し嬉しくなる。

 ほらね。鶯さんみたいな人って、組織には絶対必要なタイプなんだから。


 それにしてもくまたんさん、普段よりもぽやっとしてて暢気なかんじがある。

 ……あ、もしかしてリアルに飲んでる? パーティーだっていうんだし、有り得るなあ。

 しかし、私が警戒態勢に入るのは少し遅かったようだ。


「さーさブティックさん、そんなとこで突っ立ってないで一緒に楽しみましょーお。つってもそろそろ終わるんだけど~にゃははは~」


 上機嫌なくまたんさんは有無を言わさぬ力で私の腕を引っ張り、私は会場内に無理矢理連れ込まれてしまう。ひ~、酔っ払いに捕まってしまった!

 一瞬鶯さんが気の毒そうな顔を向けてくるも、彼女はふいっと目を逸らした。

 ……うん、その気持ちも重々分かりますよ、同士よ。厄介事には巻き込まれたくありませんもんね。


 とはいえ会場のほとんどの人は催し事に夢中で、我々のことなど気にする素振りもない。照明が薄暗くて離れた場所のことは把握しにくいっていうのもあるんだろうな。


 まあ自然な形で潜り込めたんだから、これはこれでよかったかもしれない。くまたんさんの言う通り、どうせあとちょっとでお開きとなるのだ。

 それに部屋に足を踏み入れた瞬間、記念パーティーのギフトを取得した通知が入ったんだよね。入場すると自動的に貰える仕組みだったみたい。

 ちょっと得した気分だったので、くまたんさんの強引な振る舞いには目を瞑ることとしよう。


 丁度そこでビンゴゲームは終わったようだった。あとは閉会の挨拶かな?

 と思いきや、司会役の青年が中央に躍り出、「ここでサプラーイズ!」と声を張った。



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