219日目 ハードル(後編)

 鶯さんはお洒落に無関心なわけではないみたい。それは刺繍やドレスに興味を示していたことからも明白だし、私の店も時々チェックしてくれているそうだ。


 でも彼女自身は基本的に、いつも同じような格好なのよね。

 髪型はすとんと下ろしたセミロングのストレートヘア。

 服は長袖膝上のシンプルな黒ワンピ。切り替えのないエーライン型で、これ一枚。

 そして細い足には黒いハイソックスと黒いぺたんこローファー。


 率直に言えばとても似合ってるし、ここまで一方向に突き抜けてると地味とも思えない。これはこれでファッション性がある。

 だからこそ私は、今の自分のスタイルに強い自負がある子なのかとさえ思っていたほどだ。

 でも昨日の様子からするに、そうではないらしい。いや、ある程度は好みがはっきりしてるんだろうけど、どちらかというと他の装いをしたくないというより、他の装いはできないと感じているってところか。

 であれば、それはとても勿体ないことだ。鶯さんにはもっと自由にお洒落を楽しんでほしい。


 しかし自分に変化を持たせない彼女の姿勢は、注目を嫌っているとも読み取れる。余程の切っ掛けがないと、この固定観念は動かせなさそう。

 例えばそう、別の装いをすることが寧ろ普通で、今の格好だと逆に浮いてしまうような環境、状況があれば、自然と彼女の心を奮い立たせそうなもんなんだけど――――――そんな状況、都合よく舞い込んでくるわけないよねー。


 と、そこまで考えたときのことだった。

 トークの通知が入る。相手は今まさに私の頭をいっぱいにしているその人、鶯さんからであった。

 なになに? 来月もも金さんが創立一周年を迎えるためパーティーを開く、そのゲストとして招待したい、とな?


 文面には「所詮身内で行うお楽しみ会のようなものなので気楽にお越しください」だとか「招待客全員に配られるギフトだけ受け取って帰っても構いませんよ」など、ドライと見せかけて細やかな配慮が散りばめられているのが鶯さんらしい。

 私が交流に興味がない人見知り陰キャなこと、バレバレなんだろうなあ。


 とはいえそこまで気を遣ってもらったとしても、やはり足は重い。

 大体私もも金さんとそこまで関わりあるわけじゃないし、多分数合わせとか、枠が余ったからとかでついでに招待されたんじゃないかな。今のところ行く気にはなれないかなあ。


 ただそれはそれとして、このメッセージにより私の脳裏である考えが閃いた。『別の装いをすることが寧ろ普通で、今の格好だと逆に浮いてしまうような環境』……もも太郎金融の創立記念パーティー……実に打ってつけな流れではないか!


 さすがにぱーちーともなれば、いつもより張りきっておめかしするのは“普通”でしょ? ゲーム内でのイベントだから平服じゃいけないとも思わないけど、ちょっとお洒落したところで人目を引くほどのことでもない。

 鶯さんだってそう考えるはず。

 つまりこれはチャンス。鶯さんに私の贈った衣装を着てもらうためのよい口実となるだろう。


 よしよし、それじゃテーマは決まりだね。

 鶯さんが自然にステップアップできるようなパーティー用の服。これでいこう。


 方針が定まれば、イメージもさくっと固まった。私はそれをメモ帳に描きだし、早速製作を開始する。


 メインに使うクロスはこちら、真っ黒な【スパイダーエステル|•ω•)】。ポリエステルを模したと思われる、光沢があって丈夫な薄地のクロスだ。

 何なら今鶯さんが着てるワンピの素材と大体同じなんじゃないかな。


 そんな、寄せに寄せた生地で作る服はこちら、【キャミソールドレス】。肩周りを覆うのは二本の肩紐だけという、開放的にして華奢見え間違いなしのドレスである。


 ガリガリと言っても差し支えないくらいほっそい手足に、不健康と言っても差し支えないくらい白い肌を持つ鶯さんのアバター。ここはぜひそのアイデンティティを存分に活かしたいところ。


 敢えてこんなキャラクリにしたのか、或いはリアル本人をモデルにしてこうなったのかは不明だが、コンプレックスともなりかねない強烈な個性は研げば研ぐほどに鋭く輝くことだってある。

 こときまくら。みたいなゲームの世界じゃ、大抵のものは可愛く綺麗に見えるよう造られてるものだからね。リアルだったら悩ましいような個性だったとしても、研ぎ澄ませてなんぼなところはある。


 ウエスト切り替えは同色の【ナイトレーヨン】でリボンを結ぶことにしよう。

 そしてスカート部分はアコーディオンプリーツ仕様にする。丈は膝上で、上品に艶っぽく、少女らしさを残しつつ。


 うん、こんなところかな。他にもレースを付けたりとか肩紐を蝶々結びにしたりとか盛りたい気持ちはあったんだけど、ここまでで抑えておく。

 パーティーなのでドレッシーに、でもシンプルに。

 鶯さんに「無理」と思われないよう、なるべく普段の彼女からはかけ離れないように。けれど“挑戦”の要素も含めて。

 そんな絶妙なバランスを意識した結果、心の中の自制担当私が「そこまでっ」と警笛を鳴らしたのだった。


 ヘッドドレスくらいは付けてもいいかしら? ……いや、やめておこう。

 キャミソールドレスを一枚さらっとという大胆な装いの時点で、鶯さんのキャパは大分せり上がってきていることだろう。これ以上のデコレーションは危険と判断し、私はアクセサリーなどは加えないことにした。

 その代わり、黒いシンプルなハーフグローブ――――指先から手の甲の途中までを覆う短い手袋――――と黒タイツ、黒いブーティを衣装セットに含めておく。せめてブーティはヒールの高いものにさせておくれよ。


 さあこれで完成。作業を終了、っと。



【黒のパーティードレス】

品質:★★★★★

スパイダーエステルで作られた服。

主な使用法:装着

効果:[毒]無効 地属性ダメージ無効

消耗:670/670

習得可能スキル:フリーズアイズ

(フリーズアイズ:任意発動スキル 消費30~ 対象を[凍傷]状態にする)



 うん、オーソドックスだけどちゃんと攻撃力のあるファッションに纏まったんじゃないかな。

 アイテム名は普段だったらノリでちょっとポエミーなネーミングをしちゃったりもするんだけど、今日はぐっとこらえる。これは飽くまで何てことない普通のドレスなんだよってことを強調するために、敢えて平凡な名前を付けておいた。

 そして一緒に送るメッセージにも駄目押し。



[ビビア]

一周年おめでとうございます!

まだ予定が決まっていないので分からないのですが、行けたらちょこっとお邪魔させてもらうかもしれません


[ビビア]

折角なので普段お世話になっている気持ちもこめて、鶯さん用にドレスをお仕立てしました

創立記念パーティーで着ていただけると嬉しいです^^


[ビビア]

ただ鶯さんの好みにあまり詳しくなかったため、

このドレスは誰にでも似合うスタンダードファッションを意識して作らせていただきました

地味に見えたらすみません



 こんな文章を含めておいた。お分かりいただけただろうか、この計算し尽くされた私の先回りテクニック。


 まず、私がパーティーに出席するかもしれないことを匂わせておくことにより、「このドレス着てね。ちゃんと見てるからね」っていう圧をかけておく。

 そしてこのドレスを『誰にでも似合うスタンダードファッション』、『地味』などと評価することにより、鶯さんに「なら別に目立つものじゃないよね」と思わせるよう誘導する。

 いわばそっと背中を押し、ちょっぴりハードルを下げたわけだ。ふふふ、我ながら秀逸なアシストである。


 まあ勝手に作ってる以上、着てくれなかったとしても文句は言えない。

 でもこれは鶯さんに投げかける挑戦であるのと同時に、私の挑戦でもある。鶯さんがちょっと背伸びしてでも着たくなるような衣装を作るっていう、私の挑戦。

 結果を覗きたくなるのは当然だよね。


 そんなわけで私自身の心も自然と、パーティーに出席するほうへと傾いていたのだった。



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