219日目 ハードル(前編)


【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(非公式)(鍵付・招待制20:00-00:00)・[もも太郎]の部屋】



[鶯*]

創立記念パーティー?


[もも太郎]

そう

もも太郎金融は来月で記念すべき一周年なのでね


[鶯*]

それは分かってるけど

パーティーなんて開くんだ


[もも太郎]

聞いてなかった?

連絡含め、そっちの計画はくまさんに一任してあったはず


[くまたん]

あ、ごめーん、言うの忘れてた


[鶯*]

…別にいいけど

パーティーなんて出ないし


[くまたん]

ごめんて、拗ねないでよ鶯ちゃん

鶯ちゃん対応早いししっかり者だからさあ、つい他のバカどもの尻拭い優先してる間に、

こうぽろっと頭から抜けてっちゃうんだよねー


[鶯*]

つまり私のことなんて後回しで構わないってことですね、分かります


[くまたん]

だからそうじゃなくてえ

忙しかったの!

私のキャパが足りないのが悪いの!


[もも太郎]

揉めてるところ悪いけど、遮るよ

うぐさん、パーティーには参加してほしいんだけど


[鶯*]

イヤです

人の多いところ嫌いって、もも様も知ってるでしょう


[鶯*]

大体、記念パーティーなんて開く必要あるの?

もも太郎金融のモットーは「ビジネスごっこ」

馴れ合いを目的とした非効率的な集まりに時間を取られるなんてご免だわ


[くまたん]

また鶯ちゃんはそうやって可愛くないこと言う~~


[もも太郎]

うぐさん、それは違うよ

このパーティーは馴れ合いを目的としたイベントではない

増大した組織の全容を把握し、クランメンバーの士気と忠誠心を高めるのに役立つと思ったから、ぼくは開催を決定したんだ

幹部の一人である君の出席如何によっても、クランの結束には影響が生じる


[くまたん]

うっひぇー、めんどくさあ

社長君そんなこと考えてんの?

素直にみんなでわいわい遊ぶでいいじゃんねえ


[鶯*]

…幹部って言ったって…私なんかいようといまいと、誰も気にしないでしょ

行っても気付かれないし、行かなくても気付かれないわ


[名無しさん]

なら行けばいいじゃねーか


[ee]

そうそう、楽しんできてくださいよ

僕なんて行きたくても行けないんですから


[くまたん]

eeは公式にはメンバーじゃないから招待状も送れんのよ


[ee]

えっ、そういう時のための来賓枠じゃないですか


[くまたん]

実はあんたが金融の幹部の一人だったとか、知れたらパーティーどころじゃないだわさ


[名無しさん]

繋がりがあるのはほぼばれてるようなもんだけどな


[くまたん]

だとしても、ヤクザとの繋がりを認める政治家がどこにいるよって話


[ee]

無法者扱いだなんて酷いですねえ


[ee]

まあそんなわけでもも君達もこう言ってるわけですし、鶯さんには僕の分まで楽しんできてもらえればと

クランの一周年イベントはただユーザー側で主催してるだけでなく、ゲームの公式イベントでもありますからね

きまくら。プレイヤーとしても貴重な体験ができるんじゃないですか


[くまたん]

そうそう

うちは貢献度が高いから、ギルドのほうでかなりいい会場貸してもらえるっぽいよ

ビンゴゲームができたり~、プレゼントが配られたり~、あと楽団が呼べるって!

フォトコーナーも充実してるんだよ


[鶯*]

………………


[もも太郎]

ま、無理にとは言わないけどね

気が向いたら出席してくれたまえよ




******




ログイン219日目


 純白の【ロイヤルシルク】が紡ぐ、少女らしいプリンセスラインのシルエット。

 広めに開けた襟ぐりの内側には繊細なレースが張り巡らされ、肌を透かす。

 袖は五分くらいのふんわりとしたパフスリーブだ。


 そしてこの衣装の何よりも特徴的な部分は、【クラシックチュチュ】――――クラシックバレエに用いられる衣装――――のレシピをもとにデザインした、180度に近いくらい大袈裟に広がったスカートである。

 すっかり開ききった花のようなスカートの裾からは、形を維持するためのチュールと共に、文字通りの花が咲き出ていた。

 人の顔面くらいありそうな大振りなベージュの薔薇をメインに、シロタエギクに似た白っぽい草【ウィンターマリー】や黄色い蔓性植物【イエローアイビー】などをわさわさと。


 これらの草花にはすべて、防腐効果のある【プリザーブスプレー】を吹きかけた上で、【コーティングスプレー】で強度を高めている。事前に行った実験によるとこの工夫により植物が長持ちするらしく、消耗値の最大が上がることが分かっている。

 それでも生花を生産物に組み込むと普段のものより大分消耗値は落ちるんだけど、加工することによりまだ使えるものになるっていったところかな。

 リアルで挑戦するには勿体なくて難しい素材の使い方も、バーチャルではちょっとの手間で簡単に実現できて、大変満足である。


 そしてそれら派手な“裾飾り”を白いシルクに馴染ませる上で、金の刺繍が重要な役割を果たしている。襟もとや袖、スカートの裾付近で、金色のアラベスク模様は控えめに煌めく。

 おとぎ話に出てくるような、華やかで少女趣味なドレスの出来上がりだ。間違いなく主役級の一着。


 そんな、仮縫いのものよりさらに数段派手になった完成品を眺めて、私は鶯さんのことを思い出していた。


『自分がこういうの着てるの想像するだけで、ぞぞってきちゃうんです。……私なんかがって思うと』

『やっぱり羨ましいです。ブティックさんや名無しやくまさんのような、輝く才能を持つ人が』


 そんなことないのにな、と私は思う。


 私に私の良さがあるのと同じように、鶯さんには鶯さんの良さがある。

 私が持っていないもので彼女が持っているものだって沢山ある。きっと私が把握している以上に、沢山沢山ある。

 その能力が目立ちやすいものだったり分かりにくいものだったりっていう違いはあると思うけれど、鶯さんの力を必要としている人が絶対いて、その必要は私じゃ絶対満たせないって状況もいっぱい存在するだろう。

 だからもっと胸を張っていいのに。主役級のドレスだって着たらいいのに。


 なんて、私みたいな大して深い仲でもない人間が説教じみたこと言うのが、一番しょうもないことである。だから難しく考えなくていい。

 きっと鶯さんは、今ちょっと気持ちが落ち込んでるだけ。大して深い仲ではないけれど、私は彼女にお世話になってて、彼女に元気をだしてほしいって思っている。

 よし、それじゃあ、明快にはっきりと気遣いを伝えられる手法、プレゼント作戦といこうじゃないか。


 そんな名目のもと、私は鶯さんに贈る衣装を仕立てることにしたのだった。

 面白がっていやしないかって? 勿論面白がっている。

 でも私が面白い上にお世話になってる人に気遣いも伝えられるっていうんだから、一石二鳥で尚更いいじゃないか!


 さてさて、どんな服を作ろうかな。


 鶯さんは昨日このドレスの仮縫いバージョンを羨望の眼差しで見ていたわけだけど、さすがにこれをこのまま贈るっていうのはナンセンスだろう。

 似合わないとは思わないよ。一着纏うだけだと確かにキャラにそぐわないかもしれないけど、服なんてコーディネートによって如何様にも変わるものだからね。


 けどそうは言っても、きっと今の鶯さんじゃあこのドレスは敷居が高く感じることだろう。鶯さんは目立ちたがり屋なわけじゃないし、多分変身願望があるとかじゃないと思うんだ。

 自己評価と挑戦できるファッションが比例するとするならば、彼女にとってこのドレスはハードルが高過ぎる。私が跳べると思って用意しても、彼女が怖気づいてしまっては逆効果だ。


 だからもうちょっと低めに、今の鶯さんの気持ちに合わせて服を作ってあげたい。

 ちょっと背筋を伸ばして、「これなら私も着れるかも」って思えるくらいが丁度いい。そしてそのハードルを越えたとき、「なんだ、私も跳べるんだ」って明るく拍子抜けできたらベストである。

 ……ただな~、鶯さん、自己評価のなさとシニカルな性格が相まって、新しいものを取り入れることにとことん抵抗ありそうなのがな~。



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