218日目 鶯*(後編)

「鶯さんのところも健闘してましたね。序盤で二拠点取られたとはいえ、よく耐えてました」

「そうですね。あなたとまことさんのところががっちり手を組んでいたお陰でとても動き辛かったんですけど、皆頑張ってました」

「はい……。その節は、どうも……」


 すいっと冷えた視線を投げかけられ、私はもごもごと口ごもった。クールそうな鶯さんであれど、やっぱり悔しいという気持ちはあるらしい。

 何と言って誤魔化したらいいものかと考えている内に、けれど鶯さんは肩を竦めて歩きだす。彼女のお帰りを見送るため、私も慌ててその後を追った。


 するとアトリエを横切る際、鶯さんの目がまた、作りかけのドレスと作業台に放り出された刺繍に向けられた。

 彼女はぴたと足を止め、囁くように声を発する。


「羨ましいなとは、思うんです」

「え?」

「ブティックさんは素晴らしいファッションセンスと技術に加え、ああいうイベントでも輝ける独特の才能を持っていて」

「い、いやいや、そんな! 少なくとも私、この前のイベントの攻略フェーズでは間違いなくチームのお荷物でしたよ」

「そんなことないでしょう。でなければ“ザコガリーズ”なんてあだ名付きませんよ」

「う」


 さっきから称賛の言葉に混じるさりげない棘がちくちくと痛いんですけど……。お陰で鶯さんの発言に対して訂正も謙遜もできず、変な空気が流れる。


 確かにまあ、後半“雑魚狩り”を狙うことによりチームに幾らか貢献していたのは事実だからね……。そして鶯さんはその被害者の一人であったりもする。

 受け入れれば鶯さんの過剰な評価を肯定しているようで気持ち悪いし、跳ね除ければ鶯さん並びに彼女属すチームと戦った事実を否定しているようで気持ち悪い。

 くっ、成す術のない完璧な嫌味攻撃だ。めちゃくちゃ高等なことやってくるじゃない。


 そんな私の葛藤などはお構いなしに、鶯さんは感情のない顔で話を続ける。


「お荷物っていうのは寧ろ、私のような人間のことを言うんですよ」

「そんな……」

「先のイベントももも様の勧めがあったので出ましたが、やっぱりやめておけばよかった。元々誰かと協力して何かを成し遂げるっていうの苦手だし、役に立つスキルなんかも持ってないし、ムードメーカーでもないし。私が断ってればもっとましなチームになっていたかも。多分、お宅に奪られた名無しが代わりに入っていただろうから」

「あ、はあ」


 そうか、名無し君、もも金さんとこのメンバーでもあるんだっけな。

 いやでも、鶯さんの代わりに名無し君が入ったとしてもっと良いチームができたかっていうと、私はそこに異議を唱えたい。あの子なかなかクセあるよ。


「でも、もも君は鶯さんに試合の参加を勧めたんでしょう? きっともも君、顔馴染みの鶯さんがいて心強かったんじゃないかな」

「そんなことないですよ。顔馴染みならくまさんと陰キャさんがいましたし、もも様私みたく人見知りするタイプでもないですし。寧ろ彼はあの何とも言えないぎこちない空気を楽しんでいましたね。もも様、後ろめたいところのある人をちくちく虐めるの好きなんです」


 ……気が合うんですね。とは勿論言えず。


「私なんて、ただの付き合いの長さで入れてもらってるに過ぎませんよ。もも太郎金融の幹部の座にいるのだって、それだけの理由です」

「え! 幹部!?」

「そう、幹部。私が。おかしな話ですよね」


 私としてはまずゲーム内のプレイヤーによる組織で“幹部”なんていう役職が存在していることに驚いたのだけど、鶯さんはそうは捉えなかったようだ。彼女は自嘲気味に笑う。


「名無しのような遠征能力や行動力もない、くまさんのような情報処理能力もない、単なる営業の私が。本当、なんで私があの場にいるんだろうって、自分で不思議に思うくらいです」

「でも、選んだのはもも君、なんですよね?」

「だから、付き合いが長いからなんですよ。私、金融が今の形態になる前のもっと初期、[もも太郎金融]なんて名前が付く前の四、五人でやってたクランのときからメンバーだったんです」


 んー、そうは言われても、あの徹底した効率主義者のもも君が、ただ『付き合いが長いから』ってだけで鶯さんを重要役職に就かせるとは思えないけど。

 彼に情がないとまでは言えないから、能力を理由に即解雇ってことはないかもしれない。けど、クラン内のそれなりの地位に就けるからには、絶対彼にとって有益な何かがあると考えるのは自然なことだろう。

 それに――――――。


「――――――私は鶯さんのこと、役立たずだなんて全然思いませんけどね。寧ろいてほしい、必要な人だと思います」

「またまた」

「本当ですよ。鶯さんが私の担当でよかったって思ってます」


 これは本当に本当。

 最近は少し慣れてきたけど、もも金さんと取引をすることとなったあの頃の私にとっては、プレイヤーズクランと関わりを持つだなんてまだまだ敷居の高いことだった。

 でも鶯さんはもも君と同じで事務的で率直なやり取りを好む人だったから、安心できたし信頼できた。圧のない控えめな性格にも好感を持てた。


「もし私の担当が名無し君だったら、私、早々にもも金さんとの取引やめてたかも」


 そう言うと、鶯さんの顔色は少しだけ明るくなった。口元には小さな笑みが浮かぶ。

 けれど、「でも……」と言いかけアトリエの奥――――仮縫いのドレスを見つめる黒い瞳には、変わらず憂いが潜んでいた。


「やっぱり羨ましいです。ブティックさんや名無しやくまさんのような、輝く才能を持つ人が」


 そこから続く言葉はなかった。にも拘わらず、私の頭の中では、彼女の小さな声がこだました気がした。


 ――――――「あのドレスが似合う人が……」、って。




******




【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(非公式)(鍵付)・クラン[ツイストファミリー]の部屋】



[せっちゃん]

いやほんと凄いよ

あのヨシヲや無職をやり込めて堂々たる一位だもん

しかも狂々が最下位とか、クッソ番狂わせでわろたわw


[水銀]

ゾエもいたし支援も多かったようだが、それでも優勝までは期待してなかったわ

ナイファイ


[ピアノ渋滞]

きまくら。民はイロモノ好き多いよねー


[スペード]

バレッタもよかったじゃん

最後にはBさんとユニット組めてw


[ピアノ渋滞]

ザコガリーズねw


[水銀]

和解エンドですか


[ピアノ渋滞]

バレッタ、何だかんだでブティックのこと気に入ってるもんねw

お友達になれてよかったねw


[バレッタ]

別に


[バレッタ]

友達じゃないし


[バレッタ]

あんな奴


[せっちゃん]

あれ?w照れてる?w


[バレッタ]

違う


[バレッタ]

あんな奴友達と思ってないし、向こうだって私のこと友達だなんて思ってない


[スペード]

意地っ張りいくないぞ

だからフラれんだぞ


[水銀]

おいやめろ


[せっちゃん]

ブティックさんあんな甲斐甲斐しくおまえの犬やってたのに、そんなん言われたら泣いちまうぞw


[バレッタ]

だって最後まで「ちゃん」付けしてくれなかった…!


[ピアノ渋滞]

は?


[水銀]

はい?


[バレッタ]

Bの奴、同じチームの別の女子のねじコには最初っから「ねじコちゃん」なんて呼んでんのに、

私には最後まで「バレッタさん」呼びだった!


[スペード]

お…おう…


[ピアノ渋滞]

そ、そうなんだあ

ふうーん


[バレッタ]

あんな奴友達じゃない!!



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