211日目 賢人達の遊戯会(2)

 20時が来て、いよいよ試合開始の時間となった。

 控え室には新たにスキップドアが現れる。

 ここを潜ると、私達の体は別の仮想空間へ飛ばされるらしい。

 そこは【メタモルランド】と言って、メインワールドを模しつつもメインワールドとは全く別の空間となっている。発明家のマティエルが作った疑似世界とかいう設定なんだと。


 皆に続いて扉の敷居を跨ぐと、周囲の景色は鬱蒼とした森に様変わりした。見覚えのあるフィールドなのは当然で、ここは【病める森】をモデルとしたエリアとなっている。

 そしてそんな薄暗い木立の中、ぽつねんと佇む人影が。蝶の翅を持つポニーテールの女の子――――テファーナ様だ。


「みんな、今日は集まってくれてありがとう! ゲームとはいえ、やるからには本気でいくわよ。賢人達の中では地味かもしれないけど、私、人を見る目には自信あるんだから。みんなで協力して世界征服してやりましょう。分からないことがあったら何でも私に聞いてね。マルチタブレットからいつでも連絡が取れるようにしておくわ」


 話しかけると、お師匠様はそう語った。要はチュートリアルやヘルプセンター的役割を果たしてくれる存在っぽいね。

 お師匠様の説明も交えつつ、まずは現状確認。


 私達に最初に与えられた陣地は、ここ病める森と、病める森の東にあるレンドルシュカの町である。病める森は四つ、レンドルシュカは二つの区画に分けられており、合計六つの陣地がテファーナ領ってことになる。

 同じようにして他のチームも、メタモルランドのどこかに六つの地域を与えられているはずだ。ざっくり言えば、この各チームが所有する六つの陣地を守ったり奪ったりして、最終的に土地を多く持つチームが勝ちっていう、そんなルールになっている。


 じゃあ何を以てして拠点攻略を果たしたと言えるのかってことなんだけど、そのキーアイテムがこれ、ゲーム開始時にリーダーのインベントリに入れられた【チェスピース】である。

 このチェスピース、一応形はちゃんとキングやクイーン、ルーク等と六種類あるものの、果たす役割としては特に変わらないっぽい。各ピースは各エリアと結び付いていて、ピースを奪われたらそのエリアは征服された扱いになるようだ。


 チェスピースには、台座となるアイテム【チェスボード】に正しく安置することにより周囲の建築資材の強度を上げる、という効果もあるらしい。

 加えて攻略フェーズの時間になるとピースは幻波げんぱを発するんだって。それで幻波を遮るとされる一定のレベル以上の建造物に収められていないと、どこにピースがあるのかマップ上からモロバレしてしまうそうだ。

 一応チェスピースをプレイヤーが持ち歩いたり、外に放置することも可能ではある。しかし以上の理由から、基本的には建築物を作ってそこにピースを隠すという方針が推奨されている。


 因みに今回のルールでは、プレイヤーが行動不能になって強制送還される際には所持アイテムがその場にドロップする仕様となっている。プレイヤーがチェスピースを抱えたまま心中しないようにってことだね。


 それで我々はまず、このチェスピースを安置するためのなるたけ頑丈な建造物を作らねばならない。本日の試合時間はその準備フェーズに丸々取り分けられている。

 以降三日間のスケジュールとしては、準備フェーズに二時間、残りの一時間が攻略フェーズ――――つまり本戦となる。因みにリーダーのみ参加できる密談フェーズは、明日以降の準備フェーズ中に三十分間用意される予定だ。


 よって今日はまず、建築資材を集めるところから始めなければならない。

 こういった作業に必要となる【建築】、【採集】スキルは、このメタモルランドにおいては皆が使える仕様になっている。

 六つも砦を建てなければならないなんて大変に聞こえるかもしれないけど、そこはテンプレートやレシピが予め開放されていて、短時間でスムーズに行えるようになってるっぽいね。


 勿論建築が肝となっているこのイベント、【大工】さんがいるに越したことはない。

 それでどのチームにも必ず一人以上、大工職業のプレイヤーが配属されるようにはなっている模様。うちのチームだとミラン君とねじコちゃんがその立ち位置だ。


 あともう一つ、準備作業に役立つ要素があってね。


「私達のチームのサポーターから沢山の応援が届いてるわ。支援ポイントをアイテムと交換する?」


 そう、ユーザーすべてが好きなチームに自由に贈れるという、“支援ポイント”。お師匠様に話しかけるとこんなふうにして、集まったポイントを物資に引き換えることができるんだ。

 ポイントで交換できるアイテムには建築資材などは勿論のこと、【ショベルタンク】、【コメットランチャー】、【エレトミックボム】といった若干物騒な響きのあるものもある。作るためのアイテムもあれば、壊すためのアイテムも使用可能ってことだ。

 もっとも建築資材はフィールドでも調達できるのに対し、こうした破壊アイテムは支援ポイントでしか得られないみたい。


「……となるとポイントは本戦用になるべく取っておいたほうがいいのかな」

「ですねー。今後も順当にポイントが入ってくるかどうかにもよりますけど、このかんじでいくと資材に遠慮なく注ぎ込む余裕はないかなー」

「じゃあやっぱ一にも二にも資材集め、だね」

「です!」


 と、テファーナを前にして話し合う私とねじコさん。

 因みにポイント交換の権限はリーダーにしかないようで、他のメンバーは交換アイテムの一覧表なども見ることができないようだ。

 それでどんなアイテムがあるのか伝えつつ作戦を練っていたんだけど――――――……えー、そうこうしている内に他のメンバーがさくっとこの場からいなくなっててですね。「んじゃ資材調達に行くかー」って四人ともさっさと森の奥へ向かった模様。


 いや、行動が早くて素晴らしい心構えだと思いますよ。チーム内ではボイスチャットが繋がってるので、離れててもコミュニケーションは取れるしね。

 ……ただ、ただですね。


『おいおいクリフェウスさんちのマユさんじゃねーか、何しに来てんだ、あ? ここはうちらのシマだぜごら』

『あ~お宅んとこ見渡す限り水ばっかで資材カツカツぽいですもんね~。ビンボーで草あ』

『にしてもこっち来るう? 来ちゃいますう? タイジュとか密林のほう攻めたほうが絶対よかったっしょ』

『喧嘩売る相手間違えてるねえ。おうちに帰りたいねえ』


『………………』


 スピーカーから聞こえくるチンピラどもの煽りの嵐に、顔を見合わせ沈黙する私とねじコさん。

 声の主は勿論我等が仲間達チームメイトのものである。認めたくはないが。


 もーね、さっきから耳元で響いてるのはこんなノイズばっかなのよね。

 まあ百歩譲って、わざわざこちらの陣地に侵入してきて資材横取りを目論む敵チームを迎え撃つっていうのは、分かるよ。分かるんだけどさ。


『は? 協力? どの口がほざいてるんですのん?』

『ほーん、回復薬と引き換えに木材切らせろ、ですかあ』

『生憎そんな交渉事受け入れんでも、あんたらしばいて奪えば万事解決なんですわ』

『乙』


 何やら平和的に交換条件持ちかけてきたチームに対して、問答無用で喧嘩売ったり……。


『おわ、こいつらもうボム手に入れてやがる』

『なんでここまで持ってきた、バカじゃん』

『運搬係乙でーす』

『うんめー。スタミナドリンクとライフジュースただで貰えるのうんめー』

『え待って向こうで穴掘る音聞こえてこない?』

『侵入者侵入者!』

『わざわざこんなとこまでご足労いただくなんて忍びないねえ。直で帰してやんよ』

『裸でなあ』


 もはや資材調達の仕事などそっちのけで、侵入者絶対許さないマンに成り果てていたり……。


『つかこれちまちま採集仕事するよか敵から奪いまくったほうが早いまでない?』

『いや分かるそれな』

『ギルトアさんち行ってくるか』

『いやギルトアさんちよりアンゼローラさんちかな。鉄貰いに行きましょ』


 挙句の果てにこれに味を占め、やって来た相手を迎え撃つどころじゃ飽き足らず、そこかしこ積極的に喧嘩を売りまくる蛮族集団に……。

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