157日目 老師戦(3)

「そ、それじゃ皆さん、作戦会議しましょ! 試合開始まで時間がないですからね。私はあまりマッチクエストの経験がないので、是非皆さんの意見を伺いたいです。ほらもも君もこっち来て!」


 遠巻きにこちらを眺めているもも君も、無理矢理巻き込ませていただく。こうやってユカさんの意識を分散させ、私にかかる負担とリスクを減らすのだ。


「作戦といってもね」


 もも君は不承不承といったかんじで寄ってきてくれたけど、あまりやる気はなさそうだ。


「僕、負けると思ってるよ、このチーム。勝率は1割くらい?」


 ばっさり身も蓋もないことを言って、彼は動画を共有して見せてくれた。これは……観戦モード?


「丁度今やってる老師戦」


 観戦モードは俯瞰とそれぞれの視点、色んな角度から試合を見られるようになっている。もも君が視点を次々切り替えるごとに、参加しているプレイヤーの姿が明らかになっていった。

 あ、見覚えあると思ったらこの子あれだ、以前マッチクエスト一緒にやってくれた人だ。確か[名無しさん]、だっけ?

 それに[あきため]さん! 私がよく視てる配信の人!

 わー、知ってる人が出てくるのはやっぱり楽しいねえ。


 そしてそして、最後にもも君が映した背中が――――――。


「――――――ラーユさん!」

「そう。彼女が、次の僕達の試合でも鬼側を務める」

「えっ」


 私は言葉を失う。


 というのも私もここに来るまでの空き時間、予習として一、二戦目の老師マッチは観戦してたんだ。

 で、ラーユさんが参加していることは知っていた。めっちゃ強くて、反女王派側の追跡者としてブイブイ言わせていたことも知っている。

 第一試合、軍配は大差で彼女に上がっていた。見ているかんじ、本日三戦目のこのマッチもラーユさん側が優勢だ。

 だからこそ驚いている。彼女、今日だけで既に二回も試合に出ているのに、さらにもう一回出場するの?


「みたいだよ。だいあり。で本人がそう言っていたそうだ。まあ実際こう偏るのも有り得ない話ではないと思う。反女王派は出場できる老師が四人しかいないらしいから。都合で一日しか出られない人もいるかもしれないしね」


 そ、そっかあ。確かにラーユさんが相手となると、もも君がネガティブになるのも分かるなあ。


 特に彼女が放つ【ヒートヘイズサーキュラー】は凶悪だ。

 一応気を付けてれば避けることは可能なんだけど、当たるとダメージのみならず吸収のエフェクトが発されるの。それが被弾者から発動者へ光の筋が伸びてく形だもんだから、どこら辺に逃走者がいるのかばれちゃうんだよね。

 まったくラーユさんたら、厄介なスキルを手に入れたもんだよ。

 しかも今ルールで追跡者は[持久]が無限だから、クールタイムさえ上がれば気にせずばんばん打てちゃうっていう。


 それでなくともラーユさんが一流プレイヤーであることは、私の目から見ても明らかだ。


 今やってるマッチの逃走者メンバーね、決して弱いわけじゃないと思う。

 作戦にも工夫が見られる。基本の動きは三人で追跡者の動きを封じて、残りの一人に集中してスキップドアを開放してってもらうっていう構成みたい。

 機を見て、四人でラーユさんのダウンを狙いに行くこともある。鬼のダウンはリスポーンに三十秒かかるから、成功すれば大チャンスなのだ。


 各人の役割がはっきりしてて、連携も取れている。即席のチームにしてはよくやっている。

 三、四人で奇襲を仕掛ければ、さすがのラーユさんも体勢を崩すときがある。

 でもね、崩しきれないの。


 ピンチ慣れしているというか、一対多数の戦いに慣れているというか、そんな印象を受ける。味方が誰もいなくて周りは敵だらけな危機的状況でも、彼女は容易に諦めない。

 自分が頑張るしかないことが分かっているゆえの不屈の闘志、図太さ、覚悟。そんなものさえ感じられて、敵ながら応援したくなっちゃうような天晴れなプレーイングを魅せてるんだ。


 扱う護身具は投擲具ナイフと曲剣。身のこなしは軽やかで柔軟、狙った獲物は素早く追い詰める。

 にも拘わらず劣勢になったときには弁慶のような防御力を見せつけ、隙を突いて形勢を覆す。


 間違いなく、特級レベルの冒険者だ。

 もも君の言い分はもっとも過ぎる。ここで頑張って作戦考えたところで、勝てる試合とは思えない。

 それでも私だって諦めるわけにはいかない。

 女王派の勝利のため? ……それもあるけど何より、ユカさんの気を逸らすために――――――!


「何を言っているのですもも太郎さん! あなた、よくそんな腑抜けた物腰で悪魔の大商人を名乗れましたね。拍子抜けしてしまいましたよ。諦めたら試合はそこで即終了。始まってもいないのに終わらせるだなんて冗談はヨシコちゃんですよ!」


 ――――――かかった!

 内心ほくそ笑む私に、げんなりな表情を隠しもしないもも君、ぽかーんとしているきーちゃん。

 悪いけど二人にはどこまでも付き合ってもらいますから。ユカさんに。ところで『ヨシコちゃん』て何。


「そうですね。私も勝率は低いと思ってますが、できることはやり尽くした上で気持ちよく負けたいところです。ということで皆さん、何かいい案ありますか?」

「ん、と、そしたらとりあえず、みんなのスキルとか護身具とかステータスとか、共有しませんか? 勿論、公開して問題ない範囲で……」

「いいね、きーちゃん! 現状把握大事!」


 そうして私は無理矢理話を纏め上げ、ユカさんの意識をこれから挑む老師戦に集中させることに成功した。


 さて、みんなから集まった情報はこんなかんじ。


 まず護身具と基本的なプレースタイル。

 もも君は長銃で潜伏狙撃タイプ。

 きーちゃんは杖、ユカさんは細剣レイピア。二人とも近接でちょっかいだしてくタイプだそうだ。

 私は言わずもがな傘。役割としては上述した二者の中間辺りで援護するタイプ。


 もも君曰く。


「決定的な攻撃手段がないね。なんかぱっとしないパーティ」


 うん。分かる。

 ただしこの中で唯一の遠征主体プレイヤー、ユカさんのステータスはやっぱり段違いなんだけどね。だから追跡者の足止めを狙うとしたら彼女に率先してもらうことになるんだけど、んー、この子にラーユさんの相手が務まるのかなあ……。

 心配する私だったが、ユカさんはなぜか自信に満ち満ちている。


「任せてください! 私を誰だと思ってるんですか。【砂塵嵐の新参者】、史上最速でレベルカンストまで上り詰めた期待のルーキーとは私のことなんですからね! ラーユさんのお相手も華麗にこなしてみせましょう!」

「まあ実際彼女は強いと思うよ。いいんじゃない、それで」

「あら、悪魔の大商人、私の実力を認めざるを得ませんでしたか。ふふふ、あなた意外と見所があるじゃないですか。いかがです、陰湿な商売に手を染めるのはもうやめにして、これからは私のもとで、」

「時間がない、話を進めよう」


 もも君、大分めんどくさくなってるね。正直な考えを述べてくれてはいるっぽいけど、投げやり感がひしひしと伝わってくるよ……。

 まあそれだけ敗色濃厚ってことなんだろうな。彼、結果に繋がらないことに労力を割くのが億劫なんだと思う。

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