152日目 ツェツィーリア(前編)
ログイン152日目
シルヴェスト女王にお使いを頼まれたその翌日から、私はサインを集める活動を開始した。
ダナマの賢人は、シルヴェストを除くと全部で四人。大工のエリンと、発明家のマティエル、鍛冶師のルイーセ、そして獣使いのライリー。
ダナマの国中をあっちこっち行き巡って、無事全員の署名をゲットすることができたよ。できたんだけど……――――――、例によってね、まだ謎が残ってるんだ。
田舎町ダロディの宿屋にてまったりしながら、現在はそのことについて思案中。私が引っかかっているのは、サインを書いてもらった際賢人達が残した、こんな台詞だ。
「ふーん、レスティーナの次はシラハエかあ。シルヴェストは頑張り屋さんだね。ま、みんなが仲良くなるのはいいことなんじゃない? ただあの子は嫌がるだろうけど……」と、苦笑混じりのエリン君。
「国交を開く? 興味がないな、好きにすればいい。……しかし、このことを知ったらツィーは間違いなく動くだろうね」と、陰鬱そうなマティエル君。
「あら、シーちゃんたら相変わらず女王様ごっこに熱心なんですね。国のためみんなのためって、ご苦労様なことです。これからシーちゃんツィーちゃんの姉妹喧嘩が始まると思うと、ぞくぞくしちゃいますねー!」と、挑発的な笑みを浮かべるルイーセちゃん。
「つまりシラハエとの行き来が盛んになるってこと? へーっ、いいんじゃない? これを機にうちらのファンがもっともっと増えたら、きっともっともっと楽しくなって、もっともっと毎日ハッピーだよねっ。でもツェツィーリアは何て言うかな? あの子はうちらのことが好きで好きで堪らないから、他の子達のことが嫌いで嫌いで仕方ない子なんだよ。みんなが奪られちゃうって思って、また星を降らせちゃうかも?」と、おどけた調子のライリーちゃん。
――――――そう、賢人達皆が、最後に共通するある人物に対するコメントを残していくのだ。そのキャラクターの名は、“ツェツィーリア”。
覚えてる? うん、まさしくラーユさんが最近やっと仲良くなれたって言ってる、あの手錠を付けた女の子と同じ名前なのだ。
聞いているかんじ、彼女は公に賢人として認められてはいないけれど、始祖の一人である模様。
こんなにしつこく彼女の存在が強調されるということは、多分このツェツィーリアという人物からもサインを得る必要がある、若しくはサインを求めると何かが起こるんじゃないのかなって、私は考えている。
その結論に至った理由は他にも幾つかある。シルヴェストがお使いを頼んできたときの口ぶりに、少し引っかかりを感じたのだ。
『これを持って、ダナマに住む
まずこの台詞。
シルヴェストは署名の当てを「賢人」とは絞らず、『友』と表現した。そうしたのは、賢人ではないものの始祖世代たるツェツィーリアも含まれると、暗に示唆しているのではなかろうか。
そして『できるだけ多くの署名を貰ってきてほしい』という、この表現。ここからは、「友人達全員からサインを貰えるとは期待していない」というシルヴェストの考えが読み取れるようにも思える。
そんな予感をさらに強めるのが、こちらの発言だ。
『友たちの中には私のことを好まない者もいるからです』
使いに私を選んだ理由として、シルヴェストはそう語った。だから端から自分と関わりのある人間だと分かるようでは、取り合ってすらくれないだろうと。
けど私は四人の賢人を訪ねたときのことを思い返してみて、首を傾げる。彼等の中に、そんなふうにシルヴェストを忌み嫌っている子がいただろうか、と。
まあ正直シルヴェストが『友』とか言ってる割には、みんな互いに他人事扱いしてるようには見えた。レスティーナの賢人達とかと比べると関係性が希薄だなー、とは思う。
でも基本的には皆、消極的な反応ではなかった。
となると、取りこぼしがあるんじゃないか? 他に、シルヴェストのことを本当に嫌っている『友』とやらがいるんじゃないか?って。
四賢人の発言を考えると、それが“ツェツィーリア”という一人の女の子に結び付くのは、自然な思考だよね。
なので、次の私の目標。ツェツィーリアに会う!
うん、これでいくとしよう。
けど、この目標がなかなか一筋縄じゃいかないっぽくてね~。サインを集めがてらダナマの色んな場所を回ってきてはいるんだけど、ツェツィーリアの居場所については分かってないんだよね。
もっとも賢人達や町の人の話を聞くことによって、このキャラクターの人物像について幾らか明確にはなってきている。
まずこの子は一般の人からすると伝説上の存在みたいなかんじで、遥か昔の大変災の後、姿を消したと言われているそうだ。少なくとも現在も存命とは考えられておらず、本当にいたのかどうかも怪しい、そんなふうに言う人もいた。
しかしその名が人々の記憶に刻まれているからにはそれなりの理由があるわけで、その理由が何でも“大罪人”として名を馳せていたから、なんだって。
町の人曰く。
「言い伝えによると、その娘は大変災を引き起こしたそうだぞ」
「賢人様達がまだお若かった遥か昔の時代、人々は各地で小さな集落を作ってそれぞれの文化を形成し、それぞれの生活が営まれていた。しかしある時集落を統合しよう、別の集落の者とも交流し、協力し合って生きようという、そんな動きが盛んになったのだな」
「シルヴェスト様の姉君ツェツィーリアは自らの一族を愛したがゆえに、自らの一族こそが至上と信じて疑わなかったそうです。だから余所者が自分達の生活に踏み込んでくることをよしとしなかった。そうして、悲劇が生まれたのです」
「ツェツィーリアは一族以外の人間を根絶やしにしようと、何と空から星の雨を降らせたんですって! それが大変災。まったく、いくら家族想いといっても、程度があるわよねえ?」
「彼女の恋人だったマティエル様は、罰として彼女の腕に決して外れない手枷を嵌めたそうだ。そして二度と彼女と会おうとはしなかった。それからツェツィーリア様は里から追放された。何よりも愛していた家族、そして恋人から見放されたツェツィーリア様は、悲しみに暮れるあまり霧に溶けていなくなってしまったという」
これが、ツェツィーリア伝説の一連の流れのようだ。
……重い……、話が重たいなあ……。大変災についてはレスティーナでマグダラに纏わる昔話を知っているだけに余計、ね。
っていうか二つの集落で起こった事件を合わせて考えると、ツェツィーリアってまさにマグダラの対とも、反対とも言えるような存在だね。どちらも仲間を深く愛していて、しかし片や大変災の引き金、片や大変災の被害者という……。
あ、でもね、一応ツェツィーリアもそこまで大悪人じゃなかったっていう説もあって、それがマティエルとのこんな会話だ。
「擁護するわけではないけれど、ツィーは自分の力で大変災を引き起こしたわけじゃない。それは誰かが話を引き継いでいくうち、誤解だか誇張だかで尾ひれ背びれが付いてっただけ。あれは幻素バランスの乱れがもたらした自然災害。けどツィーは、知ってはいた。近く大変災がこの世界を襲うことを。夜空に現れた星の異常を見て取って、それを確信したんだ。そうして彼女はエリンに指示をだし、里を流星から守る幻素式の防壁を秘密裏に築いた。そう、誰にも、エリンにも、防壁を造る理由を明かさなかった」
分かるかい? そう言って、少年の姿をしたマティエルは、どろりとした眼差しを私に向けたものだ。
「彼女はその知識を、力を、自分の一族を守るためだけに行使したんだ。即ち、他の集落の者など滅ぼうと構うものかと、切って捨てたんだ。大変災は彼女の仕業ではないけれど……、不作為の罪を、彼女は背負わねばならない」
マティエルは実際にその時代を生き、ツェツィーリアとも近しい関係にあったことは事実のようだ。だから多分、町の人の言うことよりもこっちが本当なんだろうなって思う。
それにしても、『不作為の罪』かあ。なんかこう、ツェツィーリアの仲間であったダナマ賢人達にとってはすっごく複雑な感情なんだろうなってことは、容易に窺える。
だって彼女が他所の人達を見捨てたのは事実としても、自分達のことは守ってくれたわけでしょ? けど道義的な理由で彼女を罰さないわけにもいかなかったって、うーん、悲劇としか言いようがないなあ。
とまあ、“星読みの大罪人”ことツェツィーリアに纏わる話はこんなところだ。
ところで情報収集をした際のこと、気になる話題がもう一個ありまして。
それが、“マルモアレジスタンス”という裏組織についての噂だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます