149日目 塔の国ダナマ

ログイン149日目


 本日の私は【塔の国ダナマ】の【王都ダナマス】に出張中。


 一昨日昨日で【流星の荒野】、【黄昏の沼】という二つの遠征フィールドを攻略もとい足早に通り過ぎ、ここまで辿り着いたよ。

 きまくら。を始めてから五か月近くにしてやっと三国踏破、いやはや感慨深いものがあるね。まあ勿論、五か月努力してやっと到達できたというわけではなく、単に私がのんびりしてただけなんだけど。


 というわけでまず私は、街をぶらぶら歩いて観光していく。


 “西洋”をテーマにしているレスティーナと“アジア”をテーマにしているシラハエに対し、ダナマは“現代”をメインモチーフにしているみたい。

 特にここダナマスはとても都会的で、高層ビルが無数に立ち並ぶ迫力のある市街となっている。プレイヤーモブ共に、人の往来も多い。

 しかしどこかうら寂しい雰囲気があるのは、この国のサブテーマと思しき廃墟・・感のためだ。


 何でもダナマの町々は、過去滅びた古代都市を他所からやって来た移民達が修復しながら使っている、という設定があるらしい。

 それでモダンで近代的な建築物にはしかし、びっしり蔦が蔓延っていたり、上階のほうをよく見ると窓ガラスが割れていたり、壁を突き破って木が生えていたり、内部で浸水が生じていたり、なんて状況がよく見受けられる。

 廃墟厨垂涎――――即ちワタクシ垂涎のノスタルジックな街並みなのだ。さっきからスクショが捗る捗る。


 ゾエ君がシャンタちゃんとデートしていた寂れた遊園地――――“アプリコットランド”を見つけたり、最近新しくできたという雀荘を覗いてみたり。

 街の一角に凄い雰囲気のあるロマネスク風味の建物と庭園があって素敵だなって眺めてたら、なんとプレイヤーズホームだったり。


 庭は誰でも入れるよう開放しているみたい。

 プレイヤーが手を加えた場所って大体どこかしらに個性が浮き出てくるものだけど、ここは完全に元々の市街と同化してるかんじがして、全然気付かなかった。

 街から自然な形で続いていく石畳の道といい、緑に侵食され崩れかけている拱門きょうもんといい、匠の技とセンスを感じる。この前のマッチクエストでも思ったけど、きまくら。って色んな界隈に色んな凄い人がいるもんだなあ!


 そんなかんじでめぼしいところを一通り回ったら、最後の取って置き。ダナマス城へと私は向かう。

 ダナマの女王様シルヴェストに会いに行くんだ。

 聞けばダナマにも、シラハエと同じように賢人達を巡るストーリーイベントがあるらしい。何を隠そうシルヴェスト女王陛下は賢人でもあり、そして巡回イベントのスタート地点でもあるので、まずは一度お目通り願おうと思った次第である。


 幸い謁見までの段取りはとてもスムーズだった。

 【テファーナの弟子】の称号がよかったみたいね。女王様はお師匠様と関わりがあるようで、謁見の間への入室はすぐに許された。


「ようこそ、旧き友のいとし子よ。テファーナ殿は健勝ですか」


 壮麗なる玉座に収まっていたのはしかし、幼女と言っても差し支えない小さな女の子であった。足なんて床についておらず、ぷらぷらしている。

 柔らかそうな銀色の髪の上には、黒い金属でできたティアラが載る。コートのようなかっちりとした黒いドレスに、黒いブーツ。

 グレーの瞳は無機質で光がなく、喋っている間も表情はほとんど動かない。


 色んな意味で、アンバランスなかんじの女王様だった。


 とはいえ話している言葉そのものは友好的な雰囲気だ。試しに称号を色々付け替えて話しかけてみると、お師匠様のみならず賢人達全員のことを知っている様子だった。


 因みにこの子は織り師の賢人。伝授してくれるハイスキルは一つだけのようだけど、こんな内容となっている。



以心伝心シンクロ:跪ケ、支配コソガ安寧ヲモタラシ、意志ナキ瞳ガ秩序ヲ生ミダス



 なんかあまり穏やかでないワードが並んでいるが、機械っぽさを感じるこの子らしいと言えばらしい。

 実際のスキル内容はネットで調べたところ、パーティメンバーと非公開かぎつきトークができる能力だそうな。

 きまくら。のトークアプリってフレンドになってない人相手だと有料アイテムが必要になってくるようで、野良が主体の人にとってはそこそこありがたいスキルらしい。


 それはさておき、あれ? 賢人巡回イベントってどうやって始まるんだろうね。

 色々話しかけてみてもそれっぽい会話はでてこないもので、困惑する私。

 もっともこのイベントのこと、詳しく知ってるわけじゃないんだよね。実況動画流してるときに、そういうものがあるらしいって聞きかじったくらいなんだ。

 もしかして単に謁見するだけじゃなく、他に何か発生条件でもあったんだろうか。


 じゃあお城の中を探索してみようかな。玉座の間を後にすると――――――うん、城内も自由に行動できるみたいだ。

 というわけで色々見て回ったり、モブな人達に話しかけたりして歩いていると、美しい中庭に差しかかった。そこで変化が訪れる。


「ビビア」


 抑揚のない少女の声に呼びかけられ、振り返る。見事に咲いた薄桃の薔薇を背に、シルヴェスト様が佇んでいた。

 彼女は手招きして、人目に触れない庭園の隅に私を誘う。


「旧き友たちが信頼を寄せているあなたに、私も一つ、頼み事があるのです」


 お、きたきた。これが賢人巡回イベとやらかな。

 わくわくしながら待ってると、シルヴェストは書類らしきものを私に手渡してきた。



【シラハエに対する国交開放についての同意書】を手に入れた!



 ……むむむ? えっと……なんか、政治のむつかしい話? 私もしかしてここにサイン求められてる?

 だ、大丈夫、それ? 責任重大じゃない?


 ――――――しかし幸い、彼女が求めているのは私の名前ではないようだった。


「これを持って、ダナマに住む友たちのもとを訪ねてほしいのです。そしてできるだけ多くの署名を貰ってきてほしいのです」


 あ、ああ、そういうこと。なるほど、こういうきっかけで賢人達を巡っていくわけか。

 けどサインするのが私じゃないにせよ、やっぱり今回のこのイベント、随分重たい話だなあ。『国交開放』ってそもそもやってなかったことすら知らなかったけど、きまくら。ワールド全体に影響が及びそうな事案だよね。

 自然脳裏に、革命イベントや開拓イベントがちらつく。まあでもこのイベント自体は普通に知られてて攻略も既になされてるわけだから、別に何かが起こるっていうんでもないのかな。


 そんなことをぽわぽわ考えている私を他所に、シルヴェストは説明を続ける。


「ええ、その通りです。私はレスティーナに続き、シラハエとの間でも交友を結びたいと思っています。しかしこの決定が一部勢力から大きな反感を買うであろうことは、想像に容易いことです。十年前、レスティーナとの間で交易が始まった際有力者達との間で生じた軋轢を、私は忘れたわけではありません」


 彼等は、些か自分達のこと、この国のことを、特別視し過ぎるきらいがあるのです……。呟き、彼女は光のない目を遠くに向けた。


「それで私は、旧き友たちの協力を求めることにいたしました。彼等はまつりごととは関わりがありませんが、その発言には力があります。私一人では声が届かなかったとしても、彼等の口添えがあるならば、反発を幾らか宥めることも可能やもしれません。それで、この同意書を……」


 ほえー。こんなちっさくてキュートな――――愛想はないけど――――女王様なのに、考えてることは随分しっかりしてるんだね。

 やっぱり賢人として、何千年も生きてる人なんだなあ。

 それにしてもそんな重要そうな案件を、今日初めて会った私なんかに託していいのだろうか。そう思っていると、シルヴェストは私の疑問に淡々と答えてくれる。


「使いとしてあなたを選んだのは、私の息のかかった人間では駄目だと思ったからです。というのも、友たちの中には私のことを好まない者もいるからです。私に近しい者を遣わしたとして、きっと取り合ってくれないでしょう。それで、今日初めて会ったあなたに、私との関係が何ら知られていないあなたにこそ、この仕事をと。異国の友たちから、あなたは信頼の置ける人間だと聞いておりますしね」


 なるほどね、そういうかんじの事情なんだ。


 分かりました。それでは不肖このビビアちゃんが、お手紙のお届け、承らせていただきます。

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