91日目 イカヅチヘイヤ(後編)
あ、と鼓動が揺れる。
ショートカットで、高校の制服みたいな格好の女の子。遠征に行くとちょくちょく見る子。
そうだ、私ずっとこの子に、次会えたらお礼言いたいって思ってたんだ。
前回のパラディスラッシュのとき、セミアクティブの私に向けて、手振り身振りで必死に何かを訴えていた。あれってきっと、危険を知らせてくれてたんだよね。
「あの!」
何やら泣きそうな顔で挙動不審に陥っている彼女に、思いきって声をかける。でも相手は聞こえているのかいないのか、固まって目を右往左往させてばかり。
って、そうだった、だから私セミアクティブなんだってば。
急いで解除したときには、制服少女のほうもやや落ち着きを取り戻していた模様。ためらいがちに、でも決意のこもった瞳でこちらを見ていた。
口を開いたのは、二人同時。
『あの、』
「あのーすいませーん! ブティックさんですよね?」
突然、狐目の青年が割り込んできて視界を遮る。勇気を振り絞ってからの
「初めまして、俺モシャって言います! 実はブティックさんの服のファンなんです! この前出た大正麗人シリーズ、あれめっちゃよかったっすよ~! 俺リル超好きなんですけど、早速リルにプレゼントしてみたらすぐ着てくれて、マジめっちゃかわいくって~」
「え、あ、はあ、どうも。それは、それは……」
「これ作ったプレイヤーマジ超すげーなって思って、一度話してみたかったんすわ~! ここで会ったのも何かの縁ですし、よければブティックさん、フレになりません? 申請送りますね。んで今や有名な近衛騎士シリーズ? あれもブティックさん作だって聞いてえ、激ヤバこの人何者~、みたいな」
「へえ……はあ……」
ぺらぺーら、ぺらぺーら。超絶マシンガントークに圧されて、言葉を差し挟む隙がない。
どうしよう、この人の話、テンションマックス時のゾエ君並に頭に入ってこない。あとなんか、それでも話の薄さというか気持ちの薄さみたいなものはどこか伝わってきて、ゾエ君の話以上に聞く意欲が湧かない。
いやそもそも今は制服の子のことが気になって気になって、多分誰の発言だろうとそれどころじゃないんだよね。
ちょっと体を傾けて、尚もぺらっぺら喋り続ける狐目おにーさんの脇から顔を覗かせる。すると、再び泣きそうな顔になっている女の子の姿が見えた。
やがて彼女は唐突に身を翻し、草むらの向こうへ消えて行く。あ、あ、待って、行かないでって、思うんだけど、目の前のおにーさんの得もいえぬ圧が凄くって、彼を振りほどくことができない。
せめてまた会うための手がかりだけでも――――――、そう思った私は、咄嗟に普段非表示にしているネームタグを視界に映した。
去り行くJKの頭に浮かんだ文字は、なんとハングル。えええこれじゃあ読めないよう。
あと最後にちらとこちらを振り返ったその顔が、さっきの泣きそうな表情とは打って変わって
何気なく頭に浮かんだのは二つの顔文字。そうそう、こんなやつ。
いわば『(´;ω;`)』から『(ʘ言ʘ#)』に一気に早変わりしたかんじで、ちょっと心臓がどきどき――――――、……って、あれ?
「……ってなもんで仲間内でも超評判よくてえ。で、そうそう、今日ブティックさんに声かけさしてもらったんはもう一個用事があって。紹介したい人がいるんすよ。ずーっと話したかったみたいなんだけど、あいつ超シャイで人見知りだからさ。俺が一肌脱いでやったってワケで~。ほら、あっちにいるキムチっていう……おろ?」
「ハングル……ぶわっ……くわっ……きむ……ち……?」
――――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!?
******
【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(個人用)】
[송사리]
ブティックさんが何を伝えたかったのか未だに分かんないけど、時間が経つ内に興味がなくなったのかも
或いは、忘れちゃったか、めんどくさくなっちゃったか、ちょっと怒ってるか
[송사리]
それもしょうがないと思ったの(´;ω;`)
ずっと勇気がでなくて連絡取れなかったのはこっちのほうだから
悪いのは私
[송사리]
でもショップのほうは変わらず利用してくれてるし、時々応援メッセージとかもくれるんだよ
それに最近は私が買取希望出してる素材を、ちょこちょこ納品してくれてたりするの
遠征、絶対苦手な人なのにね
[송사리]
前回のラッシュのときもさ、
めめこさんの配信視てたけど色々大変だったろうに、集めたニトロフライを沢山売ってくれてね
[송사리]
ああこの人絶対いい人だな~、ちょっとでも誤解しちゃってほんとに申し訳なかったな~って、思ったの(´;ω;`)
[송사리]
だから勇気ださなきゃって
最悪ほんとに私に興味なくなっただけかもだけど、もしそこに何か行き違いがあった可能性が少しでもあるんなら、
私がもうちょっと頑張らなきゃって
決意したんだよ
[송사리]
したらさあ
[송사리]
モシャの野郎がさあ(ʘ言ʘ#)
[송사리]
割り込んできやがってさあ(ʘ言ʘ#)(ʘ言ʘ#)(ʘ言ʘ#)
[송사리]
あいつほんっとに空気読めないわあ
いや読めないっていうか、読む気ないんだよね
出しゃばりのチャラ
[송사리]
なんか後から「折角ブティックさんに紹介してやろうと思ったのに~」みたいなメッセージ来たけど
絶対ウソ(ʘ言ʘ#)
でなきゃなーんで私が話しかけようと頑張ってるのに気付かないで、
ブティックさんがセミアク解除したのだけは目ざとく気付けるワケっていう
[송사리]
そう、そうなの!
ブティックさんセミアク解除してくれたんだよ!
あのとき目が合ってたから、多分私が何か言おうとしてるの、分かってくれたんだよ
[송사리]
なのになのになのに
[송사리]
なんでモシャだけフレになってるの(ʘ言ʘ#)
[송사리]
ねえ聞いてる?カズノリ
[송사리]
って、あ
[송사리]
Σ( ºωº )あ、あ、あ
[송사리]
いいい今、ブティックさんからフレンドの承認が!
[송사리]
このタイミングってことはもしかして、ブティックさん気付いてくれたのかな!
私が織り師のメダカだってこと、分かったのかな!
[송사리]
トークに挨拶も来てる!
えっとえっとえっと、返信しなきゃ(´;ω;`)
[송사리]
あ、そーだ、来週の土日、そっち帰るから
お母さんに言っといて
[송사리]
じゃね
[滅べクレクレ]
ん
[滅べクレクレ]
行ってら
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