92日目 송사리(表編)
ログイン92日目
剥きだしの鉄骨。
壁に向かって取り付けられた、広い広い作業台。
ひんやり冷たそうな磨き上げられた石の床。
天井に吊るされた、色も大きさも模様もとりどりの沢山の
本人の可愛らしい外見や雰囲気とは裏腹に、彼女の
そういえば私ショップや陰キャさんとこのクランホームは別として、
会合の場所を私自身のホームに誘わなくて本当によかった。なんかこの実用的ながらもレトロモダンにおしゃんなアトリエ見てたら、自分の部屋が恥ずかしくなってきちゃった。
そう、結局私のほうの家は広げるだけ広げて、まだほとんど内装とかに手を付けてないんだよね。普段使ってる作業部屋なんていつも素材で散らかってるし、他はがらんどうか倉庫だしで、とても人を招くような場所ではない。
今日帰ったら、取り急ぎ客間だけでも作ろうかしら。
店舗以外の場所に客人が来る予定とか全然視野になかったけど、今は
なんてことをぽやぽや考えてる私の前に座っているのは、なんとあの制服少女――――キムチさん。……じゃ、なかった、きーちゃん。
彼女の実際のユーザーネーム[송사리]に付いてるふりがなは『めだか』なんだけど、私としては“キムチショップの店主さん”イコール“キムチさん”で定着しちゃってるのよね。
で、つい『キムチさん』って呼ぼうもんなら、ちらっとあの般若の形相が垣間見えてさあ……。
なるほど、よくよく思い出してみれば、そもそもショップネームは“キムチって呼ぶ奴絶許(ʘ言ʘ#)”だった。本気で悪気はなかったんだけど、向こうにしてみれば煽ってるようにしか思えないか。
でもこのネーミング絶対逆効果だよね。キムチのインパクトが強過ぎて、もうキムチショップとして覚えちゃったもん。
あとそれを言うなら彼女は彼女で私のこと『ブティックさん』で覚えてて、いや私のユーザーネーム、ビビアなんですけどっていう。
で、最終的に“きーちゃん”、“びーちゃん”て呼び合うってんで落ち着いた。
「じゃあ“びーさん”でどうでしょう!」
「……うーんなんかAさんBさんみたいな数学の教科書感が……あ、せめてびーちゃんにしてもらえる?」
「了解です。そしたら私のことはめーちゃん……それだとめめこさんぽいな、めだちゃんと呼んでください!」
「うん分かった、きむ、……めだ、ちゃ、ん……? ……ごめん、せめてきーちゃんとか、駄目?」
「………………譲歩します」
みたいなかんじで。
……いや~、なんかこの流れとかこのホームの内装とかで察したよ。彼女見かけはふわふわおどおどした弱気そうなかんじあるけど、変なところにがっちがちのコダワリあるタイプだなって。
まあでもねえ、ゲームの仮想空間内であれだけ素敵な生地作る人だもんねえ。そりゃ変わってるよねえ。
同類?
そんなそんな。私は別に大したこだわりないし、全然そんな域じゃないっすよ。
それにしてもまさか、あの制服ガールがきむ、きーちゃんだったとは! しかもしかも、あのいつぞやかフレンド申請を投げてきたハングルネームの人がきむ、きーちゃんだったとは!
……冷静に考えれば考えるほど、私ってば酷いことしてきてるよね。
「お話したいです!」って言いだしてるのはこっちなのに、相手の名前忘れて申請無視しちゃうとか……。しかもその状態で彼女のお店はずっと利用し続けてるっていう。
でもきーちゃんはそのことに関しては、すぐに笑って許してくれた。
「私も悪かったんです。最初ちょっと怖がっちゃって、すぐに反応できなかったから。その後もなかなか、行動する勇気がでなくて」
うむ。ちょっと変わったかんじはあるけど、とても良い子ではある。
それが分かったから、私は私で人見知りなとこあるけど、結構早く打ち解けられた。
同類? なるほど、一理あるのかも。
で、今は本題を話し終えて、きーちゃんの返事を待ってるところ。本題っていうのはあれ、あなたの織物、マスクデータとしてミラクリ付いてますよ、価格を見直したほうがいいですよっていう、あれ。
視線を落とし考え込んでいたきーちゃんは、ややあって顔を上げる。
「ぶてぃ、びーちゃんの気持ちは嬉しいんですが、私としては売値も含め、今までのスタンス、変える気はないかもです」
あ、やっぱり? 何となく、彼女ならそう言うかなって薄々予想付いてたんだよね。
「ウラクリ? の件? 疑ってるわけじゃないですよ。他ならぬきまくら。国宝その人が言ってるんですもん。私も手間かけて織ってる自覚は少なからずあるわけで、それが本当なら嬉しいし納得です。やっぱり、他の生産職に存在するシステムが織り師だけないのって不公平だなって、ちょっと思ってましたもん。でもマスクデータである以上、それを理由に値上げしたところで、世間は理解できないんじゃないかなって」
「うん、それは私もそう思ってて、悩みどころ。そもそも最初のソーダと手間って二段階をクリアできない人にとっては、ウラクリが付いてようがいまいがアイテムの価値は同じだから」
「ですよね。“手間”っていうのが数字で見えるとかなってれば話は別なんですけど。その人にとって手間と思える作業でもシステム的に手間と認識されなければ、いくらウラクリクロス使ってようがソーダ飲んでようが、スキル付与という結果には繋がらないわけですもんね。そういうあやふやなものを値上げの根拠にするのって、とかくトラブルの素になりやすいかなーって。上手くやれる人もいるんでしょうけど、私としてはそこまでするのって、ちょっとめんどくさいかんじ、です。びーちゃんには申し訳ないけど」
まあそうだよね。私が彼女の立場だったとしても、そう考えたと思う。
であるならば、交渉というか、応援の第二段階。そのウラクリアイテム、私が高値で買い取らせていただきますよ。
けれどもそんな提案に対しても、きーちゃんは困ったように笑って首を横に振る。
「そんなことできないよ。びーちゃんは大事なお得意様で、素材買取でもお世話になってて、今回も貴重な情報を教えてくれて。それだけでもう十分。っていうか私の作った生地であんな素敵な服を仕立ててくれて、それがどれだけ私の力になってるか。そんな人に他の皆より高い値段でアイテムを売るなんて、変でしょう」
「でもきーちゃんの布にはそれだけの価値が……」
「それはびーちゃんが使ってこその価値、なんだよ。あ、勿論これから、ウラクリ品――――最初に作ったオリジナルは、びーちゃんに優先的に買ってもらうことにするよ。どうしようかな。とりあえず新作ができたらびーちゃんに連絡して、買う買わないを選んでもらえばいいかな」
「い、いやいや、とても嬉しい申し出なんだけど、だったらその優先購入権と引き換えに値段の上乗せをですね?」
「私がそうしたいと思っただけだもの。びーちゃんが気にすることないってば。はい、この話はこれでお終い」
こんなかんじで、彼女は一向に私の提案を受け入れようとしない。結局私はウラクリクロス優先購入権という私だけ得する権利を手に、
う~ん、いつもお世話になっているきーちゃんにちょっとでも還元したいという思いで訪ねたはずが、逆にお土産沢山持たされて追い返された気分。心苦しいとまでは言わないけど、努力が空回りしてるかんじでちょっとフクザツである。
けどまあ、彼女の気持ちも分からなくはない。
結局、「ウラクリがあるよ!」って騒いでるのは私だけだからね。である以上どうしたって、私主観の話、という感覚を払拭することはできないだろう。
――――――もっとちゃんとした、明確なソースがあればいいのかなあ。
それをきまくら。ユーザー全体に理解してもらえれば、自然きーちゃんのアイテムの価値も上がって、きーちゃんの凄さがきまくら。界に知れ渡る。そしたらきーちゃんも、堂々と自信を持って値上げができる。
頭に、ひとつの案が思いつく。よし、ちょっと頑張ってみるか。
……ってあら、妹から通話申請がきてるわ。はいはい~っと。
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