42日目 きまくらゆーとぴあ。(3)

「ブティックさんが受けたっていうあのダメージ。あれね、プレイヤーからの妨害とか攻撃とかじゃないのよ。フレンドリーファイアなのよ。つまり事故」


 ミナシゴさんの口からはっきり告げられた言葉に、私はぽかんと呆けた。


「あとね、さっきどこぞのプレイヤーから矢で撃たれそうになったでしょ。あれが当たった場合もフレンドリーファイア。事故なんです」


 次いで付け足された言葉には、さらに目を瞬かせることになる。

 え、だって、事故って無理あるでしょ。明らか故意でしょ。

 フレンドリーファイアってあれでしょ。誤って味方を攻撃してしまうってことでしょ。

 そもそもあの狙撃手とは仲間どうしじゃないし、“誤って”も何も、あの人めちゃめちゃ私に狙い定めてたんですけど。


「――――――と、運営は主張し続けて、気付けば半年以上経ちましたとさ」

「はい?」


 ミナシゴさんもといきまくらゆーとぴあ。運営会社の主張は、つまりこうだった。


 今回のような防衛イベントの際、我々プレイヤーは一つの災禍に立ち向かう一つのグループなんだと。

 つまり、全員味方。全員、仲間どうし。

 プレイヤーは皆が協力し合ってこそイベントを成功へと導くことができるわけで、そこに敵対する意味などまるでない。

 寧ろ妨害行為なんぞしようもんならイベント進行に支障がでる――――延いては、自分自身に損害を被ることになる。


 ダメージ判定がプレイヤーどうしでも生じるこのギミックは、それゆえにPKを助長するシステムではなく、飽くまでフレンドリーファイアなのである。


 う、ん……成る程。そう言われれば、まあ、分からなくもない。

 となると、故意だろうと過失だろうと、私に攻撃したそのプレイヤーにも、それに見合った損失があるってことよね?


「いやまあ、特にないんだけどね」

「は」

「あるとすればさっきも言った、イベント全体の進行に影響があるってことくらい? でもそれって結局攻撃主個人だけでなく被害者含め全体に対するマイナスだから、物事を相対的に見るとするなら実質ペナルティゼロになるんだよね。んで、もっと戦犯してるのが、ランキングの仕様」


 『ランキング』とは、この手のイベントに付き物の“VPランキング”のことだそう。クランと個人ごとの部門があって、イベントにより貢献したプレイヤー――――要はスペシャルギルドポイントを沢山溜めたプレイヤーが上位にいけるっていう、あれだね。

 その仕様が、戦犯?


 ミナシゴさんは難しい顔をして頷いた。


「あれね、まあランキングって銘打ってる時点でしょうがないのかもしれないけど、絶対評価じゃなく、相対評価なのよ」

「『相対評価』……」

「そ。だからイベントそのものが成功ルートに行こうが失敗ルートに行こうが関係ないの。他のプレイヤーより多くポイントを入手した人が勝ちなわけ。……ってなったときに、一部の人達は気付いちゃったんだよね。ランカーになる上での一番効率のよい方法は、真面目に黙々とポイントを集めることでなく、他を妨害しつつポイントを集めることだって」


 多くのプレイヤーがその結論に達してしまったのには他にも理由があって、一つは、元々害悪がのさばっていたということ。

 今よりは圧倒的に少なかったとはいえ、向こうがそうくるんならこっちだって、といった具合に妨害は妨害を、私怨は私怨を生み、負の連鎖はとどまるところを知らず、現在に至るんだとか。


 また、ポイントの総合獲得数の多さで得られるものよりも、ランキング上位で得られる報酬のほうが価値が高い、というのも原因だそう。


 どうせ誰かに邪魔されるんなら……。寧ろ邪魔したほうが自分が得するなら……。

 そんなふうに考えたとき、多くの人間が自身の利益を優先して動くことは免れられない。気付けば真っ当な方法でイベントに取り組むプレイヤーなどほとんどおらず、シナリオを成功ルートに導くことはほぼ不可能になってしまった、という次第であった。


 でも、ルールとかシステムで規制されてない以上そうなっちゃうのは仕方ない気がするな。私から見れば、話を聞けば聞くほどに、それって運営に問題があるような。


「ま、それが普通だよね。勿論そういう突っ込み、要望は、これまでも散々だされてきたよ。明確な妨害行為にはちゃんとしたペナルティを~とか、ランキングの仕様を見直して~とか。でもね、神は動かんのよ。挙句の果てに、メッスルール適用とかいう伝家の宝刀持ち出してきたからね」

「メッスルールって海外ゲームとかで最近聞く、あれ? ゲームワールド内における治外法権とか何とか……」

「そうそう。そんなわけで、もう、常識で考えてはダメなんよ。こんなゆるい作業ゲーで妨害行為ありはオカシイだとか、真面目にこつこつ頑張った者がランキング上位者であるべきだとか、そんなのは所詮我々の世界における常識なの。この世界では通用しないの。つまり運営神はこう仰ってるわけ。『仕様は変えない。おまえら黙れ。以上』」

「ぷ、プレイヤーはそれに納得したんですか……?」

「納得しない常識人はとっくにおさらばしてるね。それでもさ、このゲームいいところもいっぱいあるのよ。私的にグラフィックは世界一だと思ってるし、プレイングの多様性、複雑なシナリオ、可愛いキャラデザ、豊富なコンテンツ。そーゆーのにしがみついて離れられなかったゲーム馬鹿どもは、呑むしかなかったね。神の主張を」


 結果、頭のオカシイ人しかいない頭のオカシイゲームが出来上がりましたとさ。そう締め括ったミナシゴさんは、でも、と続ける。


「そーゆーもんだと受け入れちゃえば、何だかんだで楽しめたりするんだわ。ある人にとっては他プレイヤーを妨害しながらポイントを稼ぐゲーム、ある人にとってはそんな危険要素から身を守りつつ地道に生産を楽しむゲーム、ある人にとってはそんな比較的真面目なプレイヤーを害悪から守るゲーム、ある人にとってはそんな有象無象どもを動画に切り取って晒し上げるゲーム、ってな具合にね」

「それは……訓練され過ぎでは?」

「そうかもしれない。でもこれを受け入れられないんじゃあ、ブティックさんにきまくら。は向いてないかもねえ。あ、言っちゃった、あは」


 私は信じられない思いで周囲を見渡した。

 このミナシゴさんも、さっき助けてくれたあの団長さんも、ここでイベントに参加しているプレイヤーの大半も――――――、竹中さんも、めめこさんも、うちの妹も、陰キャさんも、ゾエさんも、そういうゲームだと受け入れた上で、きまくら。をプレイしていた……?


 それがいいとか悪いとか判断する以前に、ただただ衝撃を受けた。なんか、のどかな牧草地で草を食んでいたつもりが、実は周りの羊が全員狼だったみたいな、そんな気分だよ。


「嘘だと思うんなら東の見張り塔に登ってみ? 多分今なら面白いものが見れるよ」


 ミナシゴさんに引っ張られるがままにそちらへ向かうと、眼下では二つの勢力が一匹の幻獣を巡って対立していた。

 そこには『くたばれええええええええ!!!!』と罵り合いながら攻撃を交わす竹氏と陰キャさんの姿があった。

 私は開いた口が塞がらなかった。




******




【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(公式)・ワールドイベントについて語る部屋】



[Itachi]

限定装着アイテムはいつも効果イマイチだからスルーしてる


[ナルティーク]

とりあえず霧ケツだけ取っときゃ間違いない

ソーダとか生産しない勢が貢いでくれるだろ


[ちょん]

姫プかな?


[3745]

本日の国なしの活動ログ

(動画)


[ゾエベル]

kami


[YTYT]

自分で国なして言うてもうてるやん


[ポワレ]

北で絶賛暴走中のゾエニキが真っ先にレスしてるの恐怖でしかない


[송사리]

変換してる余裕はないみたいだから…(震え声


[コハク]

動画観る余裕とわざわざ文字で打ち込む余裕はあるんだね、へ~…(震え声


[ちょん]

あ、神っつってんのか


[パンタ]

てっきりシエルでも映ってんのかと思ったらBさんがチンピラと変態に絡まれてる動画で草


[ピアノ渋滞]

最近のゾエニキはシエル派じゃなくてシエB派らしい…


[ゾエベル]

seikakuniiutosiebibitousyozokusyanntaha


[ナルティーク]

もう訳分かんねーよいっそボイス繋げろよ


[3745]

別に解読する必要ないから


[Itachi]

今ボイス繋げたら雑音でトークログが激流に呑まれそう

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