40日目 病める森(3)

 四人は、マグダラの体を“ネビュラ・ツリー”――――今で言うところの“追憶の樹”――――の根元に安置することにする。

 現ダナマの賢人でもあるマティエルの知恵を借りて、樹がマグダラに栄養素を送り続ける仕組みを作り、彼女の身体が朽ちないようにしたのだ。


「集落のことは――――――皆凄く迷ったのだけれど、敢えて手を加えることはしないと決めた。つまり、時と自然の摂理に任せることにしたの。村はこの森の奥にあったのだけれど、当然今はもう、原型をとどめてはいないわ。正直、世界に羽ばたいた私達の生活は充実していた。分かたれた後も、マグダラのように故郷に執着する者はいなかった。それに、見捨てるのがマグダラのためだとも思ったの。ぴかぴかの村の中心、瀕死の姿で横たわる彼女を見て、実はちょっとゾッとしたのよ」


 悲しげに語りながら、お師匠様は肩を竦める。


「異常だって。大事な友達をこんなふうにぼろぼろにしてしまうなんて……それが“郷里”だとしても、そんなもの、要らないわ。あってはならないの。目覚めた彼女が傷付くことは簡単に想像がつくけれど――――――、彼女はその痛みを乗り越えて、前に進むべきだわ」


 確かに、今回は運よく他の仲間達が駆け付けていたから最悪の事態は免れたものの、もしお師匠様達がいなかったならマグダラは息絶えてたってことだもんね。

『未来と引き換えに』っていうのは建前で、実質マグダラは自らの命を失ってでも村を守ろうとしたってことなんだろうな。


 誰もいない見捨てられた故郷と自分の命を秤にかけて、前者を選ぶ――――――。……お師匠様が『異常』って言うのも、頷けるな。

 そも仲間そのものよりも仲間のいた故郷に縋り付く彼女の思想も理解しがたいし。それくらい、思い入れのある場所だったんだろうけど。


「……だから私達は眠るマグダラにしばしの別れを告げて、再びそれぞれの生活に戻った。いつしか私達は“賢人”と呼ばれるようになり、国や色々な組織からも助力を請われるようになり……。そして私は図らずもここ――――マグダラの眠る森の近く、レンドルシュカの町に腰を落ち着けるようになった。私達は時折森を訪れ、追憶の樹――――これは私達が後からそう名付けたのだけれど――――に眠る友の様子を見に行ったりしてた。けど、大変災から何百年も経てど、彼女は目を覚まさない。そんな折、森に異変が生じたの」


 そこでまた、場面は過去に移る。

 もっとも、景色は先に私がいたところとよく似ていた。そこは森近くの街道で、けれど森はまだ封印される前で、茂る木々からはどす黒い靄が立ち上っている。

 丁度昨日動画サイトで観たイベント時の森が、こんなかんじだった。つまりこの景色は今より前とはいえ、比較的最近のものってところなのかな?


 森には、テファーナと共にかつての仲間、ギルトア、クリフェウス、アンゼローラが集っている。彼等は禍々しい気配を発する森を見て、困惑しているようだった。


「まさか“旧き森”がこんなことになっているだなんて……」

「森全体が、毒に侵されている……? 追憶の樹は……マグダラは無事だろうか……」

「見てこれ、ミズカゲタイジャの鱗だわ。きっとこいつが棲み付いたのが原因よ。こいつは水源に巣を作って、水を侵すのよ」


 やがて追憶の樹に辿り着いた四人は、一先ず安堵する。

 見たところ大樹は異常をきたしておらず、枯れたり腐ったりもしていなかった。それどころか、輝く青い実を付けた樹は、いつもより生き生きとしてさえ見える。


 がしかし、マグダラの身体が安置されている地下の部屋に着いた途端、彼等は言葉を失った。マグダラに樹の栄養素を送るための生命維持装置が、樹の根に侵食されていたのだ。

 そしてびっしりと根が絡みつく寝台からは、彼女の身体が忽然と消えているではないか。


「樹に、喰われたんだ……」


 膝から崩れ落ちたギルトアが、力なく呻いた。


「毒霧に抵抗すべく、追憶の樹が、マグダラの身体を……」


 四人は友の死を嘆きながら、“病める森”と化した故郷を去ることになる。


 ――――――でもね、樹が吸収していたのは、マグダラの身体ではなかったの。


 お師匠様の声がそう響き、次に場面は緑豊かな石造りの町に移った。私の視点が追いかけているのは、町を歩くお師匠様の姿だ。

 すると不意に彼女の肩に、別の誰かの体が衝突する。


「おっと、悪いね」


 その誰かさんは、嗄れ声でそう詫びた。


「どうも、体がふらついて言うことを聞かんのさ。運動不足ってやつかね、相当長く眠りこけてたらしいもんで」


 飄々と言いのけて去って行こうとする女を、テファーナは咄嗟に引き止める。そして彼女から無理矢理仮面を剥ぎ取った。


「ちょっ、何をするんだ、やめてっ、返してっ……!」


 女の素顔は、呆然と立ち尽くすテファーナの背中に隠れて、こちらからは見ることができない。けれどテファーナの反応からして、どうやらそういうことらしかった。

 そこへ小柄な少女がひょっこり現れ、二人を怪訝そうに見比べる。


「どうしたの? マスケラさん」

「この女が、突然私の仮面を奪おうと……!」

「え、あ、テファーナ様……? ……もしかして、マスケラさんのこと、知ってるの?」


 テファーナが何とか心を落ち着け、二人と対話していくにつれ、段々と状況が明らかになっていく。

 少女は採集師で、ある日病める森で仕事をしていたところ、ふらふらと彷徨うマグダラを見つける。心配になって、仲間はいるのか、どこから来たのか、家はどこか、色々と聞きだそうとするも、彼女はそれらの質問に一切答えられないどころか、自分の名前すら分からないと言う。

 マグダラは記憶を失っていたのだ。


「それで、マスケラさんの知り合いが近くにいないか一緒に捜しつつ、とりあえず私の家で面倒見てたんです。丁度一週間くらいになるかな? あ、マスケラさんっていうのは私が適当に付けた名前。だってマスケラさん、絶対に仮面を外そうとしないんだもの。ほんとは可愛い顔してるのに。……でもとにかく、知り合いが見つかってよかった。それがテファーナ様だっていうなら、何の心配もいらないしね」


 マグダラは若干嫌そうだったが、少女のほうは賢人たるテファーナに絶対の信頼を置いているらしい。結局マグダラはテファーナの家に引き取られることとなった。


 お師匠様はマグダラの記憶を呼び覚まそうと、昔の話を色々してみたようだ。しかしマグダラは、目の前にいる旧友のことも、他の仲間のことも、集落のことも、大変災のことも、ちっとも覚えていないと言う。

 それどころか、幾つかのキーワードに対しては拒絶反応を起こした。

 その一つが『ギルトア』だ。テファーナがその名前や彼との思い出話を持ち出すと、マグダラは決まって強い頭痛を訴えるのだった。


 そんな折、町の冒険者からある報告が寄せられる。


『追憶の樹の様子がおかしい』と。




******




【きまくらゆーとぴあ。トークルーム(公式)・総合】



[名無しさん]

今までのワールドイベで霧ケツ16、星ケツ4、遠征フィールドで星ケツ4出てるから、

現時点では5つハイスキルを所有してるプレイヤーがトップだな


[ねじコ+]

ワールドイベで結晶出るのずるいよ~

古参との距離が埋められないじゃんか


[モシャ]

新規が古参に追いつけなきゃダメっていう感覚がおかしいんやで


[イーフィ]

古参は今となっては微妙なスキルに結晶消費させられてたりするんで、追いつけなくもないと思うけど


[明太マヨネーズ]

ぶっちゃけハイスキルよりジョブスキルなんだぜ


[鶯*]

とりあえず狩猟は欲しいよね

でもって狩猟取ったからには解体欲しいでしょ

で、遠征が充実してきたとなると採集系も気になりだすのよ

するとあら不思議、生産職のはずが生産全くしなくなるっていう


[yuka]

すみません、ちょっとお聞きしたいのですが、このゲームっていわゆるPK行為が可能なんですか?

先程フィールドにて見知らぬプレイヤーから攻撃を受けました


[yuka]

あれ?もしかして凍結してます?


[yuka]

誰もいないかんじですか?


[yuka]

えっと…バグかな

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