11. アンサイズニア

 野外ステージが終わり、撤収作業を進める部員達を招集する。高校教師になってから、今日が一番気持ちが高ぶっている。


「お前ら、ほんとに良くやった!かっこよかった!感動した!」


 楓が背中をポンポンと叩く。楓も感動しているようだった。



 楓が一年生だった年の秋。

 俺は吹奏楽部の副顧問として、吹奏楽部の活動にも参加していた。その頃から楓のパーカッションのセンスはずば抜けていて、チームに必要な人物となっていた。


「橘、今度のコンクールのメイン曲、先輩とダブルにしようと思ってるんだが、頑張ってみるか?」


 そのときの楓の輝くような笑顔が思い返される。楓と渡り廊下を歩いていると、体育館の裏から女子が言い争う声が聞こえた。

 楓が様子を見に行き、俺も様子を覗き込むと、二年生の御村由紀乃が、素行が悪いと噂の女子たちに囲まれていた。

 楓は御村をそこから連れ出し、こんなことをして何が面白いのか、と不良グループに言葉を投げ掛けていた。その場は一旦収まったが、なんだか胸騒ぎがした。


 それから二週間後、楓が暴力事件の当事者になったとの話が舞い込んだ。この前の不良グループが、仲間とけしかけたらしい。

 楓は最初こそされるがままという感じだったそうだが、止めに入った御村が殴られそうになり、相手を殴ってしまったそうだ。

 楓は素行も悪くないし、成績も悪くない。

 ただ、うちの吹奏楽部は全国でも有名な強豪部だったため、楓は迷惑をかけたくないと言って退部届を持ってきた。


「本当にいいのか?ここの吹奏楽部に入るためにこの学校にも入ったんだろ?」


 楓はかなり落ち込んでいた。なんとかしてあげたい気持ちでいっぱいだったが、大人の事情というのも無視できなかった。

 部活のメンバーで、楓と仲良くしていた生徒たちの訴えも虚しく、退部届は受理されてしまった。


「橘くん、本当にごめんなさい。私のせいで、私がうじうじして。なんとか退部しないでいい方法を・・・。」


 職員室の前で楓を待っていた御村は、楓に部活に戻るように説得していた。


「もういいんです。御村先輩のせいじゃありません。だいたいあいつらが暴力を振るうからこんなことになっただけです。」


 そう言って去っていった。それから楓は、何時も空ばかり眺めて過ごしているようだった。成績も落ち始めてきたころ、楓を中庭に呼び出した。


「おまえ、自暴自棄になったら駄目だぞ。人生はまだ長い。でも、今はその長い人生の基礎を作る時期だからな。」


 楓は遠い目をしていた。

「音楽自粛がこんなにも辛いとは思わなかった。先生、中卒でも音楽で食べていけたりしないかな。」


 今の時代なかなか難しいぞ、と回答し、もどかしい気持ちをどうすればいいのか考えていた。



 状況が変わったのは、そんな話をした数日後だ。楓が殴られている場面や、御村が虐めにあっている場面の動画が動画投稿サイトに投稿された。顔は分からないようになっていたが、制服でうちの生徒だということがすぐにわかった。


 教師はすぐに集められ、事実確認と対策会議を開く。マスコミにも対応が求められているらしい。


 投稿された動画には、おそらく吹奏楽部の部員が投稿したと思われる、『こんなに蹴ったり殴られているのに、一発やり返しただけで退部させられるとかありえん。』というコメントが炎上した。

 御村の担任は事実関係を知っていたものの、見て見ない振りをしていたらしい。

 その教師は自主退職した。保護者に向けた説明会、マスコミに向けた記者会見が行われ、暴力事件を起こした生徒たちは謹慎処分となり、自ら中退した生徒もいた。



 謹慎期間が明けた頃。体育館ではなく体育準備室の辺りで言い争う声が聞こえる。


「あんたでしょ、動画をアップしたの!」


 例の不良グループが御村に詰め寄っている場面に遭遇し、割って入ろうと近づくと、形勢が逆転しているのに気付く。


「そうよ。あなたたちが『遊んであげてる』って言っていたから、遊んでいるところの動画を流しただけよ。なにか問題あった?」


 御村が言い返している。ここは出ていくところじゃないと、影から見守る。


「何よ!あんたのせいで私たちは高校卒業も危うくなったんだから!」


「は?そんなの自業自得でしょ?人が黙ってればいい気になって。自分で責任とれない行動を、するんじゃないよ!」


 御村の言葉は、静かだが怒りがこもっていて、その場の空気を凍りつかせた。それ以降、御村は虐めにあうこともなくなり、前から興味があったという美容の道を勉強するにつれて綺麗になっていった。



 楓は例の一件の後、再入部の権利が与えられたが、なかなか戻ろうとしなかった。御村も励ましていたが、吹奏楽部のメンバー内に、実力のある楓の存在を良く思っていない部員もいたらしく、尻が重たくなっているようだった。

 そんなやり取りをしているなかで、楓と御村は付き合い始めたようだった。



 結局春になり、新しい年度が始まった。新一年生を迎えた入学式の次の日。一年生の男女が俺を訪ねてきた。

 カップルかと思ったが、双子らしい。軽音楽部に入りたいということだった。


 大して教師になりたかったわけでもないのに教師をやっていたため、面倒くさいことはやりたくない。一度断ったが食らいついてくるため、ちょっと考えることにした。


 吹奏楽部の副顧問より、軽音楽部の顧問の方が面白いだろう。顧問になれば手当も増える。そんな軽い気持ちで職員会議にかけてみると、あっさり許可が出た。


 次の日、部室となる音楽室に案内し、彼らの実力を見せてもらう。まだまだ粗削りだが、彼らの音楽は楽しかった。

 双子の信頼感、音楽を楽しむ姿勢、歌詞の情景を伝える力。もしかしたら、楓はここに居場所があるかもしれない。


 早速楓を呼び出し、半ば強引に入部させる。ヴァイオリニストなのにベースを弾かされる香月もメンバーに加わり、バンドとしての形ができた。



 あれから約半年。この短期間で、彼らの音楽は磨きがかかったし、なんといってもメンバー同士の信頼感が厚い。音に対しても、人としてもだ。

 活動期間が高校時代限定にしてしまうのをもったいなく思った。


「先生、何泣いてるの?まだまだこれからも活動期間あるんだから、やめてよ!」


 咲樹がティッシュをくれる。


「俺、初めて高校の先生やっててよかったと思った。」


 メンバーはちょっとジーンとしたみたいだった。


「じゃあ、焼き肉奢って。打ち上げ!」


 朔は一番疲れているだろうに、場を盛り上げる。そんなやり取りを優しく見守りながら、黙々と撤収作業を進める香月。楓も生き生きとしていた。


「よし!じゃあ、おまえら、焼き肉行くぞ!六時に校門集合な。それまでに片付けよろしく!」



 自分の高校時代を思い出した。やっぱ、青春時代は煌めいている。

 俺らの時はモテたくてバンドやってたな。久しぶりに元メンバーに連絡してみようかな。


「♪Come On! Come On! You hear me? Everybody Hello Hello! なぁきっと この世に正解もハズレも 本当は無いはずだから・・・」


 当時よく練習した、ONE OK ROCKのアンサイズニアを口ずさみながら、上機嫌で職員室へと向かった。


 

 学校の近くの焼き肉屋さんで打ち上げを行った。


「ではでは、Glitter Youth初の文化祭ならぬ屋外フェス成功を祝して、カンパーイ!」


 朔の音頭で乾杯する。やっぱりムードメーカーだな。初ステージの感想を皆で共有する。


「うちは姉が見に来てました。恥ずかしいので紹介しませんでしたけど。」


 香月はステージ慣れしてるのか、あまり緊張している感じは無かったな。演奏を楽しんでる空気は伝わってきた。


「俺はほんっとに気持ち良かった。何て言うのかな。ビタッと一体になる時があるんだよなー。早く次やりたい。軽音部に入って良かったー。」


 楓は音楽活動を再開してから、また明るい性格を取り戻した。


「朔は?なんか、お客さんの中に気になる人でもいたの?ずっと誰かを見ていた気がする。」


 香月は人の事を気にする余裕まであったのか!


「中学の友達と先輩が来てたから、気になっちゃって。歌ってるところ見せたこと無かったしさ。」


「あ、尚くんと竹下先輩でしょ?二人とも女子に絡まれてたよ。竹下先輩は特にイケメンだしね。」


 その二人は、朔が中学校で活動していたバスケ部の仲間らしく、この前うちの高校のバスケ部に応援で行ったときに対戦したらしい。


「竹下先輩、彼女がいるって聞いてたから、是非一緒に来て下さいねって伝えてあったんだけど、彼女らしき人いないなーって思って見てた。」


 ステージの上って何気に良く見えるもんな。朔は今日のステージで、どの辺に誰がいたのかを覚えていてビックリした。


「それにしても、朔の人気は更に加熱しそうだよな。」


「そお?最近、物が無くなるんだよね。それは本当にやめて欲しい。この前なんか、咲樹の友達の藤原さんに助けて貰っちゃったよ。」


 話を聞くと、最初は消ゴム程度だったけれど、最近はノートが無くなったりして困っているらしい。


「対策とかとってる?」


「うん。ノートは取らずに香月にコピーを貰う。」


「最低だな。自分で取ったノートの写真を撮っておけば良いじゃん。」


「おぉ、そうだね!気付かなかった!そうする!」


 朔は単純なのか?屈託の無い笑顔は皆を笑顔にする力がある。


「でもやっぱ、俺が一番楽しんでたかも。お前ら、ありがとう。そしてこれからもよろしくな!次の課題曲考えてくるから。」


 次は何にしようか。楽しみで仕方がない。あの時、教師になる道を選んで正解だったな。俺は今、人生が楽しいって心から思っている。

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