10. Easy to Ignore

 ついに咲樹と思いを通じ合わせた夜。

 朔のベッドの横に敷いてもらった布団の中で、屋上での出来事を思い返していた。

 まさか咲樹の方から好きだって言ってくれるなんて、思ってもみなかった。月明かりの下で抱き締めた咲樹の温もり、体の形、柔らかさ。

 本当はもっと抱き締めていたかったし、できればキスもしたかったし、その次も・・・。


 そこで、ふと気づく。あれ、次? そういえば『付き合う』というワードは一言も出ていない。それに、『好き』というワードも咲樹の口から直接聞いていない。

 ロマンチックな雰囲気と、あの曲のメロディーに流されて舞い上がってしまっていた。それからネガティブ思考が渦巻き、なかなか寝付けなかった。


 翌朝。差し込む光に目を覚ますと、朔が起きていた。時計を見ると、八時を回っている。俺にとっては遅めの土曜日だ。


 朔に寝るのが早すぎると文句を言いながらリビングに下りると、咲樹がパンを焼いていた。


「おはよー。目玉焼き焼くけど、固さはどれくらいがいい?あ、その前に卵アレルギーとか無い?」


 あれ、至って普通だ。恥ずかしがったりとかするのかと思っていた。アレルギーは無いことと、半熟が好きなことを伝え、フライパンを温める咲樹を見つめる。

 視線に気づいた咲樹は「ん?どうしたの?」と本当に普通の反応をするので、混乱したままダイニングに座った。

 あれはもしかして、夢だった?


「あ、笹蔵くんだったね。おはよう。いつも朔と咲樹が仲良くさせてもらっているみたいで、ありがとう。ゆっくりしていってね。」


 横から急に話しかけられて驚いたが、朔と咲樹のお父さんだということを脳が高速回転で判断し、何とか挨拶を済ます。

 お父さんはダイニングテーブルの、俺の対面に座った。すると、咲樹がすぐにパンと目玉焼きとコーヒーをお父さんの前に出した。


「いつもありがとう。」


 しっかりと感謝の言葉を言える人なんだな、と思いながらぼんやりその光景を眺めていると、俺の目の前にも朝食が用意された。


「あ、ありがとう。後片付けは手伝わせてね。」


 咲樹は笑顔でキッチンに戻る。昨日の出来事が現実なのかどうかは置いといて、やっぱり咲樹の笑顔にはキュンとしてしまった。


 そのあと朝食を食べながら、お父さんから学校での二人の様子などを聞かれ、会話が弾んだ。見た目は、さすが二人のお父さんなだけあってイケオジという感じで、気さくで話しやすい印象を受けた。


 病院に出勤するお父さんを見送り、咲樹と一緒に片付けをする。朔が洗濯物を干しに行ったので、咲樹に昨日のことを確認する。


「あのさ、昨日の夜のことなんだけど。俺たちの関係って・・・?」


 何て質問すれば良いか分からず、何言ってるのかよく分からなくなる。咲樹は平然と答える。


「香月と私の関係?そりゃ、『香月と私』っていう関係だよ。昨日はただ、私は香月に恋をしてすごく素敵な気持ちになれたから、ありがとうを伝えたかっただけ。

 一般的には、男女が両想いになればお付き合いするって流れになるけど、付き合うっていう定義がしっくり来なくてよくわからないし。大事なのは、気持ちだと思うから、私たちなりの関係を作っていきたいと思ってるんだけど。

 なんか、偏屈でごめん。嫌だ?」


 確かに、付き合ってるからと言って何が変わるわけではない。今の関係でも二人の合意があればデートに誘うことも出来るし、抱き締めることも、キスだってできる。

 反対に、付き合っているという形に縛られると、義務的な意識が働いてしまう場面もある。


「ううん。嫌じゃない。咲樹の気持ち、理解できた。俺たちの関係は、『俺たちの関係』ってところ、いいと思う。俺も気持ちを大事にしていきたいし。あと、俺からもありがとう。こんな気持ちにさせてくれて。」


 咲樹と微笑みあっていると、朔が洗濯を終えて戻ってきた。俺たちの顔を見て、にやりとする。


「なんか、二人の雰囲気あやしい。昨日俺が寝てから何かあったの?ついに付き合い始めた??」


 笑顔で「付き合ってない。」と言うと、朔はポカンとした表情をする。ソファに座り、「幸せオーラを感じたのにな。まぁ、良いけど。」と独り言を言っていた。



 そしてあっという間に文化祭がやって来た。


「どうも皆さん、お集まりいただきましてありがとうございます。私たちは軽音楽部でバンド活動をしている『Glitter Youth』といいます。え?はじめて聞いた?はい。初めてバンド名を言いましたー。」


 朔の軽快なトークで観客を惹き付ける。


「今日は、顧問の甲斐先生が選曲した二十曲を演奏させていただきます。曲目とか、先生のこだわりが詰まってますのでその辺も注目していただけると嬉しいです。

 では、メンバーの紹介をしていきます。まず、わたくしです。ボーカル&ピアノの佐倉朔です。受験シーズンはよく握手を求められます。よろしくお願いします。」


 女子から『朔くーん!』と声をかけられ、手を振っていた。あんなに女性不信なのに、プロだと思った。


「ギターと今日はちょっとボーカルも務めます。俺の双子の妹、佐倉咲樹でーす。ちなみに、ギターを始めたきっかけは、俺が最初は弾けなくて、弾いてくれとクドクドと誘ったからです。」


 咲樹はマイクを向けられ、「よろしく。」とクールに挨拶し、少し笑うと女子から『キャー!』と声援が送られた。


「ドラムは漢の中の漢、橘楓です。腕とか太ももの筋肉に胸キュンです。」


 楓くんは挨拶のドラムを叩いて、「よろしく!」と力強く挨拶した。男子から『かえでー』と声がかかり、「なんで女子の声援じゃないんだよ」と笑いをとっていた。


 あー、次は俺の番だ。こういうのが一番苦手だ。


「ベース&ヴァイオリンは笹蔵香月です。ベースを始めたのは、俺が前の席からクドクドと誘ったからです。」


 マイクを向けられ、「よろしくお願いします。」と言うと、女子から『香月くーん!』と声が送られてきた。

 どうしていいか分からずとりあえず笑顔を作ると、『キャー!』という声援が聞こえて驚いた。


「最後に、スペシャルプロデューサーの甲斐誠先生!この日のためにあらゆる手段を使い、機材と場所を調達しました!

 最初はやる気ゼロでしたが、今では熱血スパルタ指導です。」


 朔はステージを下り、先生にマイクを向ける。


「ほんとにね、彼等らの音楽は私が保証します。オリジナル曲は無いですけど、パフォーマンスには自信があります!曲順には特に脈絡はありません!楽しんでいってください!」


 見学に来ていた保護者の人からも大きな拍手があった。


「それでは曲に入りましょうか。佐倉兄妹が中学生の時から、バンドで演奏したいと願っていた曲です。聴いてください。『完全感覚Dreamer』」


 晴れてよかった。初めての野外演奏は、バンドのみんなの音が一体となり、遠くまで届く。

 曲が始まった途端、観客が増え出した。朔の歌声は、最初の頃に比べるとかなり磨かれた。思い入れのある曲のため、朔と咲樹がたまに見つめあって微笑む。ちょっと羨ましかった。

 曲が終わると、男子たちも前列に陣取っていた。朔は水分補給をするとまたトークに入る。


「ありがとー。男子たちも盛り上げてくれてありがとー。やばい、一曲しかやってないのに、既に時間が押してきていますね。次は二曲続けて行きます。

 それでは聴いてください。『ミュージックアワー』続けて『リライト』」


 ポルノグラフィティからアジカンという流れにはどうなのかとは思ったが、男子受けするナンバーのためかなり盛り上がった。


 今日は日差しが強く、朔は少しバテぎみだった。先生と相談して、予備で練習していた咲樹が歌う曲を増やすことになった。


「朔が少しバテてますので、ボーカル変わります。咲樹です。トークが苦手なので、早速曲に入ります。『群青日和』」


 朔はキーボードを演奏しながら喉を休める。咲樹の椎名林檎は俺だけのものにしたかったのにな、と思いながら観客を見ると、咲樹のファンが増えていた。

「佐倉さんの歌う声って、なんかエロくていいね。」という会話が聞こえてきて、イラッとしてしまった。


 回復した朔はトークも曲も飛ばす。

 天体観測(BUMP OF CHICKEN)、StaRt(Mrs.GREEN APPLE)を演奏したあと、洋楽ゾーンに入る。

 SundayMorning(Maroon5)を演奏すると、女子がうっとりしていた。後ろから見ていると、朔は観客の中のただ一人を見つめて歌っているように見える。

 その人が誰なのかは分からなかった。


 教頭先生のリクエスト曲だというBeatlesのCamTogetherに移る。楓くんのドラムが冴える。最高にかっこいい。俺のベースも聴かせ所だ。咲樹のエレキギターも雰囲気出ている。

 JamiroquaiのVirtual Insanityは朔がお気に入りの曲だ。ちょっと躍りながら歌っていた。


 やっと十曲目に差し掛かり、朔の喉休憩タイムになった。先生にベースを代わってもらい、俺はヴァイオリンを構え、朔と咲樹はアコースティックギターを構える。

 Sixpence None the RicherのEasy to Ignoreを演奏する。咲樹の清涼感のある歌声が気持ちいい。歌っている姿を見つめていると視線が絡む。

 ヴァイオリンパートに入ると咲樹が微笑んでくれた。咲樹の可憐さを音で表現したいと思いながら弾いていると、すごく楽しくて幸せな気持ちになった。


 曲が終わり、朔のトークに入る。


「えー、やっと十曲終わりましたが、前半を終えていかがでしょうか。最初よりお客さんが増えている気もしますね。ほんとに曲目に脈絡はありませんが、とにかく皆さんに楽しんでいただければと思っていろんなアーティストの楽曲に挑戦しています。

 時間が押してる?はい。だからさ、尺と曲数がおかしいんだって。」


 朔はステージ上から先生と言い合いしている。


「よし。じゃあ、次は三曲続けていきましょう!ちょっとゆっくりな曲調になります。聴いてください。

『FamilySong(星野源)、レイン(SEKAI NO OWARI)、ロビンソン(スピッツ)』」


 FamilySongは、咲樹の近くで歌っていた。朔にとって思い入れがあるらしい。

 レインはファンタジーの世界に入ってしまったような雰囲気で、朔が優しい声で歌い上げる。

 ロビンソンは咲樹のエレキギターが切ないメロディラインをしっかり表現していた。この曲は特に保護者世代のお客さんからの拍手が多かった。


「特にFamily Songは、俺にとってけっこう思い入れのある曲です。この高校に入るきっかけにもなりました。

 音楽は、生活に彩りを添えたり、背中を押してくれたり、慰めてくれたりします。」


 朔が水分補給をしながら、真面目なトークをする。


「次の曲は超ロングヒットしていたので、皆さんご存じかもしれませんが、とても切ないラブソングです。それでは聴いてください、『Pretender』」


 official髭男dismの切ないバラード曲。朔の気持ちがかなり乗っているような気がして、咲樹と目が合う。


「好きだとか、無責任に言えたら良いですよね。この曲、感傷的になる。ねー。」


 お客さんともトークの掛け合いができるほど一体感が出てきた。


「次は、咲樹が今日歌うのは最後になります。『カタオモイ』」


 Aimerのこの曲は聴いてるとキュンとする。

 咲樹は自分がボーカルの曲を演奏するときも、場所を移動しないため、だいたい俺の反対側にいて、歌っている姿がよく見える。

 一生懸命歌っている姿が愛しい。客席に目を向けると、女子に紛れてキュンとしている魚屋の徳さんが見えた。

 朔も咲樹も、たくさんの人に愛されている。

 咲樹は徳さんに手を振ると、徳さんとその回りにいるスーパーの関係者らしき人たちが手を振り返していた。

 曲が終わると朔のトークに入る。


「いい曲ですよね。俺も愛してるよ、って感じですよ。え?楓くん何?言い方が軽い?ごめん、ちょっと言い直します。『アイシテル』。」


 客席から黄色い声援が届く。


「今日はほんとに晴れてくれて嬉しいんですが、暑いので皆さんしっかり水分とったり休みながら楽しんでくださいね。ちょっと俺も飲むね。

 はい、あと五曲?次は、校長先生からのリクエストということで、甲斐先生とデュエットです。『夏の終わりのハーモニー(井上陽水&安全地帯)』」


 先生と咲樹のアコースティックギター、朔のキーボードのみの演奏となるため、楓くんと俺は一度舞台袖にはけて休憩する。汗を拭いて水分をとっていると楓くんに声をかけられた。


「香月。お前とはあんまり話をする機会がないけど、今日も演奏、最高だよ。去年は色々あって高校も辞めようかとか思ったこともあったけど、お前らとバンド出来て、ほんとにこの高校に入ってよかったって思ってる。」


 改まって言われると照れる。


「俺も楓くんのこと、実は憧れてます。ドラムも、人間性も。彼女とも幸せそうだし。」


「お前、咲樹のこと好きなんだろ?さっきのヴァイオリンとか、想いが溢れてた。」


 肩を叩いて「こっちも見ていて、キュンキュンするわ。応援してる。」と言ってドラムセットの中に入っていった。

 別にもう片想いって訳ではないんだけど、と思いながら、咲樹の演奏を見る。ギターの腕前も上達している。ギターも勉強もとことん突き詰める彼女の姿は眩しい。

 こうして近くにいれることだけでも幸せだと思った。


 甲斐先生の歌はプロ顔負けで、校長先生をはじめ、多くの大人のお客さんから拍手をもらっていた。先生的には、これは政治活動の一環なのだそうだ。


「甲斐先生、たまに音楽の先生だってこと忘れるけど、今ので再認識しました。」


 朔が大人からも笑いを誘う。


「では、次からは高校生らしい曲を続けて行きます。時間が押してますので、三曲続けていきます。『LOSER(米津玄師)』、『ガラナ(スキマスイッチ)』、『キセキ(GReeeeN)』」


 残りわずかとなり、生徒たちのテンションが上がる。『キセキ』では、「Ah」のところで客席にマイクを向け、さらにお客さんと一体感が出ていた。


「早いもので、次でラストの曲になります。」


『えー!やだー!』と声が入る。


「ありがとうございます。実は軽音楽部は長い間活動がなく、今年から再始動しました。

 今こうやって皆さんと音楽を楽しむことができているのも、甲斐先生をはじめとした先生方のご尽力、騒音を寛容してくださる近隣住民の方々、こうして一緒に盛り上げてくれるみんなのお陰です。本当にありがとうございます。

 次の曲は、俺たちGlitter Youthが初めてバンドとして演奏した曲で、バンド名の由来にもなっています。まだ一年満たないですが、バンドを始めてから音楽を通して、いろんなことを学びました。

 みんなも、高校生という多感でキラキラしている時代を、全力で楽しみましょう!

『Teenager Forever』」


 最後は先生のたっての希望でKing Gnuで締める。曲の間、今までのいろんなことが思い出されて感動した。

 バンドのライブ演奏がこんなにも気持ちいいなんて知らなかった。ギターパートで曲が終わる。メンバー全員でほっとした顔を見合せる。


「ありがとうございましたー!Glitter Youthでしたー!」


 カメラを持った教頭先生がステージの上に登ってきて、観客のみんなと記念撮影を行い、ステージは終了した。高校時代の煌めいている思い出になった。

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