第32話:加速する惨劇09


 食事中。混乱さんと蕪木制圧はあーだこーだと言い争い、遂には蕪木制圧が遺言書を燃やそうという段階になって混沌さんがそれを阻止した。


「………………遺言書を害せば相続権を失いますよ?」


 メイド服のまま蕪木制圧に飛びつき腕挫十字固をしながらの混沌さんは中々にアグレッシブというべきだった。しぶしぶと納得する蕪木制圧。そんな莫大な遺産の相続について何の興味も示さない無害な俺と無害は混沌さんの夕餉に舌鼓をうち、それから水の節約のためにシャワーだけを浴びて自身の部屋に戻った。外の雨はだいぶ威力を弱くしていた。


「こりゃ明日には晴れるな」


 窓の外を見ながら俺に、


「ふえ……いい……こと……」


 と無害は呟いた。


「しかしなぁ。警察に介入されたら面倒なことになるぞ……実際」


「でも……犯人は……罰せられる……べき……」


「そりゃそうだ」


 納得すると俺達はそれ以上何も言わずに読書に没頭した。それから時間になって俺と無害はベッドに寝転がって電気を消して寝た。明日の朝日が上る頃には決着がつく。一抹の確信を持って俺はそう思った。




    *




 夜中。星々は厚い雲に遮られて、その光は見えない。そして俺はキィと蝶番が弱々しく鳴く音とともに目覚めた。俺の部屋の扉の開く音が聞こえてきたのだ。俺はベッドを降りて立ち上がる。決めるのは覚悟。断固たる意志。俺のベッドですやすやと眠る無害には気付かせないように俺の部屋に入ってきた人物に俺は声をかけた。


「よう。夜更けに何か用か?」


 俺は俺の部屋に侵入してきた人物……蕪木制圧にそう問うた。


「…………」


 しかして蕪木制圧は何も答えなかった。そしてその手には黄金の斧が握られていた。


「そうか。そういえば執務室の鍵を持っているのは蕪木制圧……お前だったな」


「…………」


 やはり蕪木制圧は何も答えない。


「それで無害を殺そうってか。手袋までして……指紋を残さないためか?」


「…………」


 何も答えない。


「混沌さん!」


 俺はそう叫んだ。同時に蕪木制圧が黄金の斧を振りかぶった。ここで死ぬわけにはいかないし無害を危険にさらすわけにもいかない。勝負は刹那でつく。黄金の斧を振りかぶった蕪木制圧は唐竹割りに直上から俺の頭部目掛けて振り下ろした。しかして俺は姿勢を低く蕪木制圧との間合いを零距離まで詰めて斧を無力化した。同時に振り下ろされる腕を肩で受けながら俺は蕪木制圧の鳩尾に肘を埋め込んだ。


「……っ!」


 蕪木制圧が苦悶の表情を浮かべる。勝負は刹那でつく。故に俺の勝利だ。隣の……無害の部屋であらかじめ待機させておいた混沌さんが俺の部屋に飛び込んでくる。そして混沌さんは蕪木制圧の落とした黄金の斧を拾って、俺のエルボーに悶絶している蕪木制圧目掛けて斧を振る。それは蕪木制圧の首を両断し、蕪木制圧の頭部と身体を乖離せしめた。まるで首切島の呪いのように。ブシュッと血が溢れ出て血臭が充満し血だまりができる。


「………………無事ですか?」


 ボソボソと混沌さんに、


「ええ。一応は。助かりました……」


「………………いえ、新たな主である無害様とその想い人である藤見様に何もなくて安心しました……」


 蕪木制圧を……人を殺したというのに殺した相手ではなく俺と無害の心配をするあたり混沌さんはある種狂っているとも言える。ま、他人のことは言えないが。


「………………こんな場所ではなんですね」


 そう呟いて侮蔑のこもった視線で蕪木制圧だったものを見下す混沌さん。それから混沌さんは言った。


「………………では部屋を移して寝ましょうか。無害様の部屋でよろしいでしょうか?」


「いいと思いますよ」


 俺は頷いた。

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