第31話:加速する惨劇08
朝食を終えて、俺と無害は俺にあてがわれた部屋に戻っていた。外は相変わらずの嵐。本気でクローズドサークルだな……こりゃ。
「うう……殺戮ちゃん……殺戮ちゃん……」
吐き気こそ無くなったものの無害は殺戮の死を受け止めきれないでいた。そんな悲しみに暮れる無害を抱きしめて俺は諭した。
「いい加減諦めろ。死者は死者だ。お前が泣いたって生き返るわけでもあるめえ」
「だって……殺戮ちゃんは……殺戮ちゃんだけが……蕪木家で無害に優しくあった人……なんだよ……?」
「とは言っても死んだら人はそれまでだしなぁ……」
無害を抱きしめながら事実を並べる俺。
「なんで……藤見は……そんなに冷静なの……?」
「いや、俺にとっちゃ蕪木殺戮は他人だし。悲しむ余地が無い」
「でも……人が死んだんだよ……?」
「そりゃ無害が死んだなら悲しみに暮れるだろうが……。二日三日一緒に行動しただけの蕪木殺戮の死を悲しめなんて言われてもな……」
「ふえ……でも……それでも……無害にとって……殺戮ちゃんは……とても大事な人だった……!」
「それは否定しない。蕪木制圧や蕪木殲滅と違って蕪木殺戮はお前にとって大事な親友だったんだろう」
「うん……。誰が……殺戮ちゃんを……殺したの……かな……? 無害は……犯人が……許せない……」
「犯人っつってもな……。もうここにいるのは俺と無害と混乱さんに混沌さんに蕪木制圧だけだろう?」
「つまり……この五人の……中に……犯人がいると……?」
「まぁ自殺の可能性を考えなけりゃそういうことになるだろうな」
「でも……混乱さんと……混沌さんは……違うと……思う……」
「どうしてそう言える?」
「だって……二人とも……殺戮ちゃんの……死を……悲しんでた……」
「カモフラージュかもしれんぞ?」
そんな俺の言葉に、
「…………」
沈黙する無害。
「先に質問しとくが無害……お前が殺したんじゃないんだろうな?」
「違う……よ……? 無害が……殺戮ちゃんを……殺すわけない……」
「なら無害を除いた四人が容疑者だな」
「藤見は……容疑者であることを……否定しない……の……?」
「否定していいなら否定するが? その言葉を聞いてお前は信じるのか?」
「う……」
と言葉につまる無害。そんな無害をギュッと抱きしめて、
「安心しろ。無害は俺が守ってやるから。だから無害が恐れる心配は何もないんだ」
俺はそう諭した。
「うう……藤見……ありがとう……」
「お礼を言われるこっちゃないさ。ただ無害を害しようとするものが許せないってだけだ。この首切島でも……そして学校でもな」
「藤見……藤見……。辛いよ……悲しいよ……」
「唯一の心の平穏が殺されたんだ。そう思うのも無理はないさ。でもな……そう蕪木殺戮を想うお前の気持ちこそが蕪木殺戮に対する慰みなんじゃないか?」
「うん……うん……」
俺の腕に抱かれながら無害は何度も頷いた。
*
キッチンを漁って食料を確保し食事をとる。それ以外の時間は自身の部屋で読書に明け暮れる。そんなこんなをしている内に俺と無害は夕方を迎えた。外の嵐は心なしか薄らいでいるような気もしないでもない。明日くらいに晴れればいいのだが。このままでは水も食料も尽きてしまう。補充しようにも船の運航が難しい現段階ではままならない。その上連絡手段もないと来る。ないないづくしだな……。
「くあ……」
俺はあくびを一つした。同時にコンコンとノックがなされて、
「無害様、藤見様、いらっしゃるでしょうか?」
そんな言葉が聞こえてきた。混乱さんの声だ。
「はーい。いますよ?」
そう答える俺に、
「ダイニングへとお越しください」
「もう夕餉ですか? ということは混沌さんも立ち直ったんですか?」
「いえ、食事ではありません。殺戮様の遺言書の公開を行ないます……」
「ほう」
そう言えば死ぬ前に殺戮は遺言書がどうのと言っていた。ということは死ぬ前に遺言書を書いていたんだろう。それが一か月前のことなのか一週間前のことなのか……それとも昨夜だったのかはわからないが。
「わかりました。準備を終えたらダイニングに行きます」
「では、お待ちしております」
混乱さんの気配が遠ざかっていく。
「殺戮ちゃんの……遺言書の……公開……」
ゴクリと唾を飲む無害。
「まぁ案じてもしょうがあるめえよ。もらえるモノはもらっとけ」
「うん……。それが……殺戮ちゃんの……遺志なら……」
本を片付けて俺と無害はダイニングへと向かった。そこにはカオス姉妹と蕪木制圧がいて、蕪木制圧は上座の最たる……昨日までなら殺戮が座っていた席についていた。すっかり蕪木財閥の頭目気取りらしい。
「来たな雌犬の子。そして馬の骨」
「…………」
ことここにいたっては突っ込む気すら失せてしまう。蕪木制圧マジックだ。俺と無害はここ数日と変わりなく下座に座った。そして混沌さんが淹れてくれたハーブティーを味わいながら成り行きを見守った。
「これで役者はそろった。混乱よ。どうせ内容はわかっているが遺言書の内容を訳せ」
偉そうに……実際偉いのだろうが……蕪木制圧が混乱さんに命令する。混乱さんは躊躇いを含みながら遺言書の内容を読み上げた。それは蕪木制圧を憤怒させるに十分すぎる内容だった。
『蕪木殺戮の管理する財産は蕪木制圧、蕪木殲滅、蕪木無害に均等に分配するものとする』
ここまではよかった。しかして次の項目に蕪木制圧は度肝をぬいた。
『なお、何かしらの理由で遺産を受け継げなくなった者が出た場合、その遺産は全て蕪木無害に分配される』
そして、
『蕪木無害を蕪木財閥の頭目とする。なお、蕪木無害の後見人は有田混乱に一任するものとする』
そう遺言書は文章を閉じた。
「…………」
俺は沈黙を、
「ふえ……」
無害は混乱を起こした。
「馬鹿な! 雌犬の子が蕪木財閥のトップだと! 蕪木殲滅に分配されるはずの遺産が全て雌犬の子に与えられるだと! ありえん! ありえんだろう!」
当然、蕪木制圧がそう激昂した。
「混乱、貴様……我が身可愛さのために遺言書を改ざんしたのではないのか!」
「そんなことしません。する必要がありません。一昨日、私は殺戮様からこの遺言書を託されて、それに忠実に読んだだけです……!」
「ではなんだ……そのエゴイズムに満ちた遺言書は! まるで雌犬の子と混乱の二人に都合のいい遺言書ではないか!」
立ち上がると、蕪木制圧は混乱さんが持っている遺言書をひったくった。そして目を通した後、
「なんだ……この内容は! 我が妹はこんな愚かな思考の持ち主だったのか!」
そう愚図った。そんな怒りに震える蕪木制圧に、
「ま、そう決まったものはしょうがねえ。諦めろ蕪木制圧」
冷静に俺。
「それより腹が減った。混沌さん……動けるかい?」
「………………はい。できています。今すぐお持ちします……」
混沌さんはキッチンに去っていった。その間にも蕪木制圧は遺言書に異を唱えていた。
「どういうことだ混乱! これが本当に殺戮の遺言書なのか!」
「間違いありません」
「ありえんだろう! 何故殺戮はこんな遺言書を……!」
「それは使用人風情にはわかりえぬことです故……」
あたふたと混乱さんは言葉を紡ぐ。
「つまり無害が蕪木殺戮の遺産の三分の二を受け継ぐってことでいいの?」
問う俺に、
「はい。そういうことになります」
答える混乱さん。
「こんなことはありえない……! ありえるはずがない……!」
どこまでも現実を見ようとしない蕪木制圧がそう呟いていた。
「ま、気持ちはわからんでもないがね」
俺は蕪木制圧目掛けて皮肉る。
「どういうことだ……馬の骨!」
「権威に脳みそを縛られた蕪木制圧に何かを託そうとは俺も思えないってことだよ」
「我は蕪木制圧だぞ! 本来ならば蕪木財閥のトップに君臨すべき存在なのだぞ!」
「だからそう言う視界の狭いことを言うところが……な」
ハッと笑う俺。
「………………今日の夕餉はキャビアを添えたボンゴレになります」
相も変わらず……殺戮の死から立ち直ったらしい……混沌さんは自身の職務を全うしていた。あるいはそれは空気の読めない行動だとしても、それ故にありがたい話だった。これ以上蕪木制圧の憤慨に付き合うのもうんざりとすることだったしな。
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