第30話:加速する惨劇07


「それが執務室の鍵か?」


 そう俺は問うた。


「そうだ……!」


 蕪木制圧はそう答えた。


「やっぱりそうか」


「貴様……これをどこで」


「さっきそこで拾った」


「そこで拾っただと……? 馬鹿な……! それでは……!」


 そこで言葉を止める蕪木制圧。切りとられた部分は言わずもがな。









 ――つまり、殺戮の事件現場は密室殺人ということになる。







「どういうことだ!」


 狼狽えるように蕪木制圧。


「さてな。俺に聞かれても……」


 俺はガシガシと後頭部を掻きながらそう答える。


「よりによって密室殺人だと……! そんなこと……信じられるものか……!」


「何がしかのトリックであるのは明白だぁな。八十キロもある黄金の斧で自殺したとも思えない……」


「だがしかしどうやって……! まさか……貴様か馬の骨!」


「どうやって……そして何の意味があって俺が蕪木殺戮を殺すんだよ?」


「それはわからぬ。しかして殺戮の鍵なくして執務室の扉を開けられるのは貴様しかおるまい」


 俺は、


「はぁ……」


 と溜め息をついた。


「あのな。開けるの簡単だが、このピッキングツールで施錠するのは不可能なんだよ。どうやって扉を閉めたってんだ?」


「それは……!」


 反論が思い浮かばなかったらしい。


「ぐ……!」


 と呻く蕪木制圧。


「殺戮様ぁ……殺戮様ぁ……」


「………………殺戮様……」


 カオス姉妹は主の死に絶望して滂沱していた。


「う……おぇ……」


 無害は無害で逆流してくる胃液と戦っていた。……まったく、どいつもこいつも。俺はパンと一拍する。俺が打ち鳴らした手の音はジワリと空間を侵食し、無害とカオス姉妹と蕪木制圧の意識をこちらに向けさせた。そして言う。


「とりあえず朝食にしようぜ。俺は腹が減った」


 そんな俺の言葉に、


「貴様っ! 状況がわかっているのか!」


 蕪木制圧がそう激昂した。


「殺戮が……! 我の妹が死んだのだぞ! 弟の殲滅に続き妹の殺戮までもが!」


「んなことシラナの岩礁渡り。とってもどうでもよし子ちゃん。混沌さん……朝飯の準備してくれ」


「………………主が不在なのに誰のための料理を作れと……?」


 絶望しきった声で混沌さん。


「遅かれ早かれ殺戮は死ぬ運命だったんだろうが。だから蕪木家の直系を集めてここで遺産分配の話をしていたんだろう? そして蕪木殺戮の死後、混乱さんと混沌さんは無害に仕えるようになってるんだろ? ならその忠誠は無害に引き継ぐべきだろう。だいたい人間の一人や二人死んだくらいでガタガタぬかすなよ」


「殺戮様は飢えて身寄りのない私と混沌ちゃんを救ってくれた命の恩人です……! どうしようもない私たち姉妹を拾ってくれた恩人なんです……! なのにどれだけ感謝しようと、どれだけ尽くそうと『私はバサラ者だからあなた達を救ったのは気まぐれだよ。気にしなくていいのに』なんて仰って気負わせなかった優しい方だったんです! そんな御方の死を前にして藤見様は気にするなと仰るんですか……!」


「死んだ者は死んだ者だろうが。過去より未来に目をむけろ」


「………………そう割り切れるなら苦労はない……」


 ボソリと呟く混沌さん。漆黒の瞳は怒気を以て俺を貫いていた。どうやら癇に障ったらしい。俺は肩をすくめた。


「別にいいけどな。無害、行くぞ」


「行くって……どこに……?」


「キッチン。探せば食えるものくらいあるだろ」


「食欲……無い……」


「無理矢理でもいいから口に押し込め。嚥下しろ。食べることは生きることだってどっかの七武海も言ってた」


 俺は無害を立たせて肩を貸してやり、そのまま殺戮の執務室を出た。


「待て……馬の骨……! どこに行く気だ!」


「だからキッチンだと言ってるだろうが。混沌さんが料理を作ってくれないなら自分で作るしかないだろう?」


「誰が殲滅と殺戮を殺したのかもしれんのだぞ! 安易な行動は避けるべきだろう!」


「だからってこんな血臭の充満した部屋にいるのは耐えられん」


 俺は俺によっかかる無害を支えてダイニングへと向かった。最後に少し振り向くと、殺戮の生首を持って滂沱の涙を流すカオス姉妹と、無念故にか握り拳をギュッと握りつぶす蕪木制圧が見えた。

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