第29話:加速する惨劇06
次の日の朝。嵐はまだ首切島の上に停滞していた。ビョウビョウと風が吹き荒れてバタバタと雨音がガラス窓を叩く。まぁそんな外のどうしようもない風景を気にしていると、コンコンとノックの後に、
「無害様、藤見様、いらっしゃるでしょうか?」
俺の部屋に目掛けてそんな声が降りかかった。それはカオス姉妹の姉……混乱さんの声だった。
「いますよ。どうぞ入ってきてください」
「失礼します」
混乱さんに混沌さんに蕪木制圧が入ってきた。俺と無害は読書を止めて、それから俺が代表して言った。
「これから朝ご飯ですか?」
「はい。そのために皆で殺戮様を迎えに行くところです」
「はいはい」
「わかりました……」
俺と無害は立ち上がった。それは食事の際のルールだった。犯人が誰かもわからない以上殺戮の部屋の鍵はパンドラの箱だ。それを盗む……あるいは奪うなりする輩がいないように殺戮が執務室の外に出る時は全員一緒に行動せねばならぬと取り決めてある。俺と無害と混乱さんと混沌さんと蕪木制圧は、一様に歩いて執務室へと辿り着いた。混乱さんがコンコンと扉をノックして、それから、
「殺戮様。朝げの時間にございます」
そう言った。しかし、
「…………」
返事は帰ってこなかった。「まだ寝ているのだろうか」と誰かが呟いた後、
「………………血の臭いがする」
ボソリと混沌さん。
「「「っ!」」」
絶句する無害に混乱さんに蕪木制圧。
「…………」
俺だけが無反応だった。ドンドンと混乱さんが一心不乱に扉をノックしながら叫ぶ。
「殺戮様! 殺戮様! 混乱にございます! 寝ておられるのならどうか御起床なさってください!」
ドンドンとノックする混乱さん。
「………………どいてください姉さん……!」
混乱さんをわきへ押しやって混沌さんはドアノブを捻った。しかして扉が開くことはなかった。
「………………殺戮様! 殺戮様!」
ついには扉に体当たりを始める混沌さん。カオス姉妹ならず、無害と蕪木制圧もまた顔色を青くしている。俺は、
「無害」
と無害の名を呼んだ。
「ふえ……?」
と、とぼけた返事をする無害。
「俺はちょっと席を外すからお前はここにいろ」
「ふえ……どこに……行くの……?」
「俺の部屋」
言い捨てて俺は自分の部屋に戻って、それから目的のモノをとって引きかえした。執務室の扉はついには混沌さんと蕪木制圧の体当たりを受けたがビクともしなかった。
「はいはいはい。ちょっとのきんさい」
俺は混沌さんと蕪木制圧を引かせる。それから折り畳み式のナイフを取り出した。それはナイフというよりアイスピックと言った方が形状の近いナイフだった。
「なんですか? それは……」
そう聞く混乱さんに、
「ピッキングツール」
とだけ答えて俺はそのナイフをドアノブの鍵穴に突き刺した。五人の沈黙の中、カチャカチャと鍵穴を開ける音だけが響いて、そしてカチンと音がした。扉が開いた証拠だ。
「殺戮様!」
「………………殺戮様!」
カオス姉妹が我先にと執務室へ押し入った。そして、
「「っ!」」
絶句した。それは続いた無害と蕪木制圧も同様だった。
――殺戮は死んでいた。
執務室に備えられているテーブルの席につき、突っ伏す形で死んでいた。部屋にある三十もの黄金の斧の一つに首を断たれてテーブルに血を吐き出しながら死んでいた。生首をゴロリとテーブルに転がして死んでいた。
「そ、そんな……!」
「………………殺戮様!」
カオス姉妹は現実を受け止めきれずに殺戮へと歩み寄る。
「殺戮ちゃん……殺戮ちゃん……!」
ヨロリと腰砕けになって無害は絶望する。
「殺戮……!」
蕪木制圧は歯を食いしばって……それだけを呟いた。
「ふむ……」
と俺だけが冷静に部屋の中を観察した。壁に立てかけられた黄金の斧は二十九丁。残りの一丁は執務室のテーブルに突き立っている。それが殺戮を殺した斧であることは明白だ。
「殺戮様! 殺戮様!」
「………………殺戮様……! 殺戮様……!」
カオス姉妹はおいおいと殺戮の生首を持って泣きすがる。俺は自身の足元に落ちているソレを拾い上げると、無害とカオス姉妹が殺戮に注目しているのを確認してから、
「おい、蕪木制圧……」
と名を呼んでソレを投げ渡した。
「っ!」
俺の投げたソレを受け取って、またもや絶句する蕪木制圧。
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