第17話:惨劇の足音04
「いますよ」
「います……よ……」
そう答えた俺らに入室の許可をもらい部屋の扉を開けて混乱さんは、俺と無害の抱き合っている光景を見て少し気後れしたように、
「これは失礼しました」
部屋を出ようとした。
「待て待て待て」
俺は混乱さんを呼び止めた。
「何でしょう藤見様?」
「混乱さんの想像しているソレは勘違いだ。これはただの抱擁だ」
「ではナニをいたしているわけではないと?」
「全く違う」
「無害様、本当ですか?」
「ふえ……違う……よ……」
「それで? 何か用だったんじゃないのか?」
混乱さんにそう聞く俺に、
「そうでした」
ハッとなる混乱さん。
「夕餉の用意が整いました。お手数ですがダイニングまでお越しください」
「それはいいがな。蕪木制圧との時間をずらしてくれないか? あいつの顔を見たくないし、あいつの声を聞きたくない」
そんな俺の言葉に「あわわ」と取り乱す無害。
「藤見……制圧様に……怒られるよ……?」
「蕪木殺戮も言っていたろう? 蕪木財閥が力を持っているだけで、蕪木制圧個人はただの人間だ。気後れする理由がない」
「それは……そうかもだけど……」
「では制圧様がお食事を終えましたら改めて無害様と藤見様をお呼びします。それでよろしいでしょうか?」
「お願いします」
俺は頭だけを動かして一礼した。そうして一礼して部屋を出ていく混乱さんを見送った。メイド服のスカートを揺らして混乱さんは俺の部屋から出ていった。
「藤見……」
「なんだ?」
「ありがとう……」
「何がだ」
「だって……制圧様と……ブッキングしないように……してくれたから……」
「別にお前のためだけじゃない。俺はああいう勘違い野郎が嫌いなんだ」
「勘違い……?」
「一匹の霊長類でしかないくせに他の同種より優れていると夢見がちに思い込んでいるところとかな」
「でも……制圧様は……殺戮ちゃんの……次に……偉いよ……」
「だからそれは蕪木財閥が偉いだけだろう? 金を持ってるからって他人を見下していいなんて法はないぞ」
「それは……そうだけど……」
うう、と呻く無害。
「お前は俺だけを気にしてればいいんだよ。他の雑事に捉われるな」
俺はより一層ギュッと無害を抱きしめた。そんな俺に、
「ふえ……藤見……痛いよ……」
訴える無害。俺は言った。
「愛故にな」
「あの……私、もしかしてお邪魔?」
そんな声が聞こえてきた。それは凛としたソプラノの声だった。いきなり俺の部屋に響いたその声の元を辿れば、
「なんか出歯亀みたいだね。失礼しました」
無害や蕪木制圧や蕪木殲滅と同じ琥珀色の双眸に、金髪のロングヘアーを揺らした……俺や無害と同年齢の美人がそこにいた。蕪木殺戮……蕪木財閥のトップがそこにいた。
「ふえ……殺戮ちゃん……これは……違って……」
「うん。わかってるよ。人に見られたら困るよね。じゃあ私は退散するから……」
「違うつってんだろーが蕪木殺戮。これは弱者同士で身を寄せ合っているだけだ。断じてお前が想像しているようなことじゃない」
「そうなの? 無害ちゃん……」
そんな殺戮の問いに、
「うん……そう……」
コクコクと頷く無害。
「ふーん。ならいいけどね」
殺戮は興味無さ気にそんな風に言ったが、殺戮の目が泳いでいるのを俺は目ざとく気付いていた……。
「それで? 何の用だ?」
「えーと……」
と一言おいて用件を伝えようとした殺戮の声を上塗りするようにコンコンと扉が三度ノックされた。
「はーい」
と答える俺。相手はカオス姉妹の姉……混乱さんだ。
「無害様、藤見様、制圧様がダイニングより退室なされました。お手数ですがダイニングまで……」
「今行きます」
俺は抱きしめた無害を開放して立ち上がった。ソッと混乱さんがその場を離れる気配を俺は感じ取った。
「ということだ。話ならダイニングで聞くぞ?」
俺はそう殺戮に言う。
「そうだね。とりあえずは夕食にしよう。話はそこでもできるしね」
琥珀色の瞳に喜色を浮かべて殺戮。それから俺と無害と殺戮は連れだってダイニングへと赴いた。そこには混沌さんがいて一礼した。俺はというと天井の『最後の審判』を見上げて、それから下座に座ろうと足を動かした。
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