第12話:蕪木さん家の事情06


 三人で大貧民をし、それから夕食の時間になってカオス姉妹の片割れこと有田混沌さんの料理に舌鼓をうった後、俺と無害は俺の部屋でまた読書を再開した。パラパラと本を読んでいるところにコンコンとノックの音が響いて、


「もしもし? 無害ちゃん……いる?」


 そんな声が聞こえた。この声は……蕪木殲滅?


「無害ちゃん……いるかい?」


「はい……います……けど……」


 そんなか細い無害の言葉に反応して、蕪木殲滅は部屋の扉を無遠慮に開けた。殺戮の執務室以外の部屋には鍵が存在しないので蕪木殲滅はズカズカと俺にあてがわれた部屋に入ってきた。そして言う。


「無害ちゃんの部屋に声をかけてみたけど返事なかったからね。どこにいるかと思えばボーイフレンドの部屋にいたってわけだ。何? そんな関係?」


「ふえ……」


 と無害は戸惑った。代わりに俺が言う。


「そういう関係ですよ。それで? 用は何です?」


「僕は無害ちゃんに話しているんだ。横やりは御免こうむりたいな」


「それは失礼を……」


 一礼する俺。


「それで無害ちゃん……」


「ふえ……なんでしょう……?」


「僕が無害ちゃんの後見人になってあげるよ」


 自身の髭を撫ぜながら蕪木殲滅。


「ふえ……?」


 無害はついていけてないようだった。再度蕪木殲滅が言う。


「だから、僕がバックアップしてあげるって言ってるの」


「ふえ……」


 戸惑う無害。


「僕が蕪木無害の後見人になってあげる。もちろん施設生活なんてしなくて済むし、何より贅沢な生活ができるよ?」


「ふえ……」


 やっぱり戸惑う無害。俺は嘆息すると言った。


「つまり無害を抱きこんで蕪木殺戮の資産の三分の二を掌握しようってことか?」


「横やりは御免こうむりたいな」


「つまり図星なわけだ」


「このままじゃ制圧の兄貴に蕪木財閥は掌握させられるよ? 僕と無害ちゃんとで手を合わせなきゃ……ね?」


 ニコニコと軽薄な笑顔を無害に向けながら蕪木殲滅。


「それは無理ですね」


 俺は言う。


「既に無害には有田混乱さんが後見人になることが決まっています。蕪木殲滅が手を出す余地は残っていませんよ」


「蕪木家の人間でもない奴が口を挟むな」


「とは言われても損得勘定を持って無害に近づく者に対して俺は防波堤になることを誓っていますから」


「ふえ……藤見……ありがと……」


「これくらいなんでもないよ」


 俺は無害を抱きしめる。そして蕪木殲滅に言う。


「そういうわけですから。無害の財産を狙っているのなら諦めることですね。無害には俺がいる。そして混乱さんがいる。けっして無害をお前の手中には収めない」


「あっそ。それじゃ無害ちゃんは施設生活を続けることになるけどボーイフレンドとしてはそれでいいの?」


「無害がどんな人間だろうと俺は気にしない」


 そんな俺の言葉に、


「ふえ……藤見……」


 無害が紅潮する。可愛い可愛い。


「ふうん? それじゃ無害が最底辺の生活を送っても文句はないわけだ」


「そんなことは俺がさせない」


「でも君は蕪木家じゃない。そんな平凡な君が無害ちゃんを支えてやれるとでも?」


「やれることはする。できなければ混乱さんに任せるさ」


「無害ちゃんはそれでいいの? 僕に任せてくれれば裕福な生活ができるよ? それが無害ちゃんにとっても幸福なんじゃない?」


「無害の……幸福は……藤見と一緒にいること……だから……」


「そ。じゃあ今回は諦めるよ。邪魔したね」


 蕪木殲滅は部屋を出ていった。バタンと扉が閉じて、カツカツと蕪木殲滅の足音が遠ざかるのを聞いた後、俺は抱きしめた無害を開放する。


「ふえ……」


 と無害は脱力した。


「殲滅様は……無害なんかを抱きこもうとしていたの……?」


「そういうことだな。蕪木制圧、蕪木殲滅、それから無害に等分に遺産を分配されれば一番力を持つのは蕪木制圧だろう。だから無害を手中に収めときたかったんだろうよ。ま、それも失敗に終わったわけだが」


「無害には……藤見がいれば……それでいい……。お金のことはわかんない……」


「男を惚れさす男でなけりゃ粋な女は惚れやせぬ……ってな。お前が蕪木殲滅になびかないのは粋な女の証明だ」


 俺は無害の頭を撫でた。


「えへへぇ……」


 と無害は儚く笑った。

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