第13話:蕪木さん家の事情07


 蕪木殲滅を退けてから、俺は混乱さんに入浴を勧められたので着替えを持って部屋を出て、それから混乱さんに相談した。内容は蕪木殲滅についてだ。かくかくしかじかと話した後、


「というわけですから混乱さん。無害のことを見張っておいてくれませんか?」


 そうお願いした。


「はあ……そういうことでしたら私より混沌ちゃんの方が得手ですね。少々お待ちを。今混沌ちゃんを呼んできますので」


 では、と言って混乱さんはパタパタと去っていった。俺はというとあてがわれた部屋の扉の前で佇んでいた。それからしばし。カオス姉妹が現れた。混乱さんが混沌さんを連れてきてくれたのだ。


「というわけで混沌ちゃん。無害様を見張っていてね。制圧様や殲滅様が無害様に何かしようとしたらそれを全力で止めてあげて」


「………………了解しました」


 そうボソボソと呟いて混沌さんは俺の部屋の中へと入っていった。混乱さんがニコニコと笑いながら、


「これで大丈夫ですよ。混沌ちゃん、古流柔術の達人ですから。ナパームでもミサイルでも持ってこんかい……です」


「それは……心強いですね」


「というわけで安心して入浴されてください」


「そうすることにします」


 俺は無害のことはカオス姉妹に任せて風呂場に向かった。脱衣所で服を脱いでタオル一つで入浴場に入る。頭と体を洗った後、


「お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ……と」


 そんなことを呟きながら俺は入浴する。


「あー……まったく。蕪木制圧も蕪木殲滅も俗すぎて話にならんなぁ……」


 俺は惚れた病であるところの無害を思い浮かべてそう呟いた。蕪木制圧は無害を排斥しようとしている。蕪木殲滅は無害を抱きこもうとしている。どちらにせよ無害にとっては迷惑な話である。


「俺が守ってやらんとなぁ……」


 しかして今現在、無害をほっぽって入浴してる俺。のぼせるまで湯につかって、それから風呂からあがると、俺はタオルで体を拭いて脱衣所へと戻った。頭をタオルでわしゃわしゃと拭きながら自身の着替えをとろうとして、


「ん?」


 俺は異変に気付いた。いや、まぁ異変というほどのものでもないのだが。


「便箋?」


 頭に乗せていたタオルを取りながら、同時に俺は自身の着替えの上に無造作に置かれた便箋を手に取る。そこにはこう書かれていた。


『今夜二時、東の森に一人で来てください』


 印字したのだろう、無個性なゴシック体でそう書いてあった。差出人もその目的もわかりはしない。怪しさフルゲージな便箋である。


「まぁいいんだけどな……」


 そう独りごちて俺は便箋をくしゃくしゃに握りつぶすと、脱衣所に置かれているゴミ箱に投げ捨てた。




    *




「おかえり……藤見……」


 風呂からあがった後、無害がそう出迎えてくれた。ていうかコイツ……俺の部屋で本を読んで俺の部屋で寝ているのだが……自身にあてがわれた部屋は荷物置き場か?


「………………おかえりなさいませ……藤見様」


 ボソボソとそう呟く警備中の混沌さん。


「うん。任務ご苦労様です混沌さん」


「………………恐縮です」


 やっぱりボソボソと呟いて答える混沌さん。


「それでお願いなんだけど……今夜は俺の部屋で一緒に寝てくれない?」


「………………承知しました」


 混沌さんは一礼した。シルクのように白い長髪が波打つ。


「むー……藤見……」


 無害がジト目になっていた。


「もしかして……混沌さんみたいな女の子が……好み……?」


「馬鹿言え。俺が好意に値するのはお前だけだ」


「でも……混沌さんと……一緒に寝るって……」


「無害も一緒だろうが」


「一緒に……寝ていいの……?」


「昨日も寝たろうがっ」


「ふえ……ありがとう……えへへ……」


 心底幸せそうに笑う無害。無害の喜色を表すようにブラックシルクのような長髪が揺れる。


 可愛いなコイツ……。


「………………あの、当方はお邪魔じゃないでしょうか?」


 ボソボソとそう呟く混沌さん。


「なして?」


「………………いえ、一緒に寝るということは……」


「ああ、大丈夫大丈夫。そういう意味じゃないから」


「………………そう……なんですか?」


「ただ純粋に一緒に寝ようってだけだから。それに俺が夜間の手洗いとかで無害を一人にしちまうと蕪木制圧や蕪木殲滅が何しでかすかわかったもんじゃないから」


「………………了承しました。では同衾させてもらいます」


「じゃあ無害が中央な。俺が右で混沌さんが左」


「ふえ……無害……中央……?」


「そりゃそうだろう。お前を害させないためにこうして混沌さんまで動員してんだから」


「………………当方もそれがよかろうと存じます」


「うん……じゃあ……おねぎゃいします……」


 可愛らしく噛みながら一礼する無害だった。


「………………承りました」


「んじゃ、寝るか」


 大きなベッドに三人川の字になって寝そべる俺らだった。




    ***




 そして深夜。俺は目を覚ました。


「ん……!」


 呼気一つ、全身に力を入れる。それから携帯電話で時間を確認する。現在午前二時。草木も眠る丑三つ時。


「少し寝すぎたか……」


 たしか便箋によれば待ち合わせは東の森に午前二時だったはず。今から行ってもまだいるだろうか? まぁいなかったらいなかったで何の問題もないわけだが。


「とりあえず顔を出すだけ出してみるか……」


 そう独りごちて俺はベッドから抜け出した。俺は《ある特性》故に暗がりでも問題なく視覚を働かせることができる。


「ふえ……うみゅ……」


 無害は幸せそうに眠っていた。そんな無害に幸福感を味わいながら俺は立ち上がる。と、同時に……、


「………………藤見様、手洗いですか?」


 混沌さんがそう問うてきた。


「起きてたんだ……」


 若干驚愕しながら俺。


「………………この部屋で動きがあればいつでも起きれるように……気を張って寝ていましたもので」


「そりゃ大した技術をお持ちで……」


「………………藤見様、手洗いでしょうか?」


「ま、似たようなもんだよ」


「………………そうですか」


「俺のいない間、無害の事よろしくお願いします」


「………………承りました」


 混沌さんにもう一度お礼を言って、俺は自身にあてがわれた部屋を出た。二階にある俺の部屋から階段を下りて玄関口へ。そして靴を履いて外に出る。縮小版バッキンガム宮殿こと蕪木屋敷を見上げて、それからカオス姉妹の姉……有田混乱さんの整備している庭を通り抜け、首切島の沿岸をグルッと囲むように生えている鬱蒼とした森の、その東方面へと足を進める。夜間でもよく見える目を利用して俺は森の中へと危うげなく入っていった。


「だいたい東つっても漠然としすぎてるよなぁ……。もうちょっと目印になるモノはなかったのかよ……」


 そんな愚痴を言いながら待つこと数分。こちらに近付く足音を聞いた。俺はうんざりとして振り返った。そして見た。ソイツが何かを振りかぶっているのを。それは黄金に輝く斧だった。ソイツは……黄金の斧をブンと風を切断しながら俺の頭に叩きつけた。


 俺は頭部をかち割られて……そして死んだ。

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