第6話:首切島04
その日の夜。夕食も風呂も終った後。
「ねえ……藤見……」
「なんだ?」
「藤見は……無害のこと……好き……?」
「好意に値するぞ」
場所は蕪木屋敷の俺にあてがわれた部屋。俺は横溝正史の『八つ墓村』を読みながら俺の部屋にお邪魔している無害に向かってそう返した。
「無害も……藤見の事が好き……」
「そりゃ光栄なことで……」
ペラリとページをめくりながら俺。
「ねえ藤見……」
「なんだ?」
「今夜……一緒に寝て……?」
そんないきなりな言葉に、
「ぶっ」
俺は噴いた。
「えーと……え……?」
そう問う俺に、無害は頬を赤く染めながら、
「だから……一緒に寝てって言ってるの……」
再度無害。
「冗談じゃなく?」
「冗談じゃなく……」
「いや、でもなぁ……」
「無害じゃ……駄目……?」
「確かに俺はお前を憎からず想っているけども……」
「なら……!」
「でも……!」
「でも……?」
「いきなり一緒に寝るなんてちょっと性急すぎないか?」
「ふえ……いや……あの……そういう意味じゃなくて……」
「え?」
「単に藤見と一緒に寝たいだけだったん……だけど……」
「…………」
ハヤガテーン。いや……まぁいいんだけどな。
「でも……もしも無害が……そっちの意味で言っていたら……どうするつもりだった……の……?」
「なんとか説得する」
「無害は……魅力ない……?」
自身の胸をふにふにと揉みながら無害。俺は頬を食指で掻きながら、
「……別にそういうわけじゃないが」
躊躇いつつもそう言う。
「でもな。男は好きでもない女を抱けるように出来てんだ。あんまりそれらしいことは言ってくれるな」
「うん……ごめん……ね……?」
「いや、謝れる筋合いじゃねーよ。少しだけ嬉しくて少しだけ困っちゃうって話なだけさ」
俺は読書に意識を戻す。それからふと気づいて俺は聞いた。
「なあ無害」
「ふえ……なに……?」
「お前は蕪木財閥に疎ましがられてんだよな?」
「うん……。まぁ……」
「蕪木制圧だったか? あのいけ好かないおっさんにあそこまで言われてまで何でここに……首切島に来ようと思ったんだ?」
「殺戮ちゃんの……一生のお願いだったから……」
「一生のお願いって……ガキじゃねえんだからよ」
「ううん……。違うの……。本当に殺戮ちゃんの……一生のお願いなの……」
「どういうことだ?」
問う俺に、無害は風に揺れる花のように首を振って言った。
「殺戮ちゃん……もう長くないの……」
「っ!」
それは……驚愕に値する事実だった。
「長くないのか……?」
「うん……」
「じゃあここに蕪木財閥の主要メンバーが集まったのって……」
「うん……。殺戮ちゃんの……遺産の分配が目当て……」
「蕪木制圧、蕪木殲滅、蕪木無害に……蕪木殺戮の引き継ぎをするため……か……」
「そういうこと……」
頷く無害。
「無害は蕪木殺戮を受け継げるのか?」
「一部はね……。ほとんどは……制圧おじ様と殲滅おじ様に……持っていかれる……だろうけど……」
「しかし無害も正しく蕪木の直系だろう?」
「うん……。でも……お父様は……制圧おじ様や殲滅おじ様のように……地位や名誉を欲する人じゃなかったから立場が弱いの……。必然……無害の立場も弱くなる……」
「お前はそれでいいのか?」
「構わないよ……。今の無害は……孤児だから……。施設に預けられている身だから……。だから……この采配に文句も言えない……」
「諦めは人を殺すぞ」
「うん……。でも排斥されるのが……無害の運命だと……思ってるから……」
俯きながら言われてもな……。
「無害……ちょっとこっちに来い」
俺は腰かけているベッドから無害を呼ぶ。無害は座っているソファから立ち上がってふらふらと俺の方へ歩み寄る。俺はそんな無害を捕まえて、引き寄せて、抱きしめて、ベッドに押し倒した。
「ふえ……藤見……?」
顔を朱に染めて狼狽する無害。
「排斥される運命を持つ奴なんかいないぞ」
そんな無害の耳元で俺はそう囁く。
「疎まれる運命を持つ奴なんていないんだ」
「でも……でも……無害は……」
「大丈夫……俺がいる……」
「…………」
「俺が無害を肯定してやる。だからそんな卑屈になることはないんだ」
「でも……無害は……雌犬の子で……」
「親は選べないのが子の宿命だ。でもだからと言って親のしがらみに子まで拘束される謂れはないぞ。お前はお前のままでいいんだ。否定されたら……俺が慰めてやる」
「ふえ……なんで藤見はそこまで……?」
「俺もさんざん化け物だ呪われてるだ言われてきたからな。人の悪意には慣れているのさ」
「藤見も……迫害されて……きたの……?」
「ああ、泣く暇もないくらいな」
「ふえ……」
そう呟いて無害は俺の腕の中で泣いた。
「大丈夫だぞ。無害には俺がいる。だから安心してくれ。何があっても無害は俺が慰めてやるから……」
「ありがとう……ありがとう……藤見……」
「お礼を言われるこっちゃない。こんな可愛い娘を放っておいたら男がすたるってだけさ」
「藤見は……無害の味方でいいの……?」
「望むところだ」
「ふえ……ふええ……」
俺の腕の中で泣く無害。俺はそんな無害に、
「大丈夫。俺がいる」
と呪文のように囁き続けた。無害が泣き果てて……疲れて眠るまで。無害の黒いロングヘアーを手で梳きながら俺は無害をあやした。そうして夜は更けていった。
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