第7話:蕪木さん家の事情01


「くあ……」


 と欠伸して俺は覚醒した。それから見知らぬ天井に違和感を持つ。


「ん? ん~……」


 唸りながら状況を判断する。白を基調とした部屋の在り方。木々の見える窓の風景。白いベッドに白いレースのカーテン。


「そっか……」


 ここは首切島の蕪木屋敷。その一部屋だ。


「…………はは」


 それから俺は自分が無害を抱きしめて寝ていることに気付く。どうやら泣き疲れて寝た無害とともに俺も寝てしまったらしい。春の涼けさも無くなってきている今日この頃……俺は少し汗ばんでいた。


「風呂……は無理でもシャワーくらいなら大丈夫だろ」


 そう自分で言った後に、俺は無害を起こさないようにベッドから抜け出し、持ってきた旅荷からタオルを取り出すとそれを肩にかけた。


「…………」


 ふと無害の方を見る。ブラックシルクの如く艶やかな長い黒髪を散らして俺のベッドで寝る無害は大層可愛らしかった。


「化け物にも焼きが回ったか……」


 そう自嘲気味に笑って俺は風呂場へと向かった。風呂場の場所は昨日二度も確認している。俺にあてがわれた部屋のある二階から階段を下りて一階の風呂場へと向かう。


「朝寝朝酒朝湯が大好きで~……と」


 そんなことを唄いながら俺は風呂場に辿り着く。


「お邪魔しまーす」


 俺は風呂場のドアをガラリと横にスライドさせた。同時に、


「へ……?」


「え……?」


 硬直してしまった。オノマトペとしてはキョトンやポカンなどが最適だろう。あるいは俺の背後で夕焼けが沈みそうになっていてカラスがカーと鳴くあの状況だ。


「…………」


「…………」


 俺もソイツも言葉を失った。時間が止まった。


「…………」


「…………」


 そして、


「きゃーーーー!」


 そんな悲鳴を蕪木殺戮があげた。


「……えーと」


 俺はというと言葉の選択に困ったままだ。だって今からシャワーを浴びようと風呂場に入ったら着衣を脱いで全裸になった殺戮がいたのだ。殺戮の胸……殺戮の股間……全てが丸見えだった。


「えーと……すいませんでした……」


 金髪のロングヘアーを振り乱し、琥珀の瞳に涙を浮かべる殺戮を見るに耐えなくて俺は風呂場のドアをスライドさせて閉じた。


「まいったなぁ……」


 よりにもよって殺戮の全裸を覗いてしまった。蕪木財閥の統帥の全裸を……だ。まったくもって不敬。まったくもって不実。ギロチン刑でもおかしくはない。


「何はともあれすいませんでした」


 風呂場の扉ごしにそう謝って……俺は風呂場を離れた。それ以外に取れる手段がなかった。しかしなぁ……蕪木殺戮とは。


 ――これは俺の命も危ういか?


 結局俺はその後シャワーを浴びる気になれず、濡れタオルで体を拭くだけに留めた。自身の部屋で半裸になって全身をタオルで拭く。俺の部屋のベッドで寝ている無害が、


「ふえ……藤見……」


 と間の抜けた寝声を呟いた。そんな無害に、


「まったく……無防備なんだよお前は」


 俺はパジャマを纏ってまた無害の寝る俺のベッドに潜り込んだ。まぁゴールデンウィークくらい二度寝もありだろう。思はぬに妹が笑まひを夢に見て心のうちに燃えつつぞ居る……といきたいところだが、まぁ……そんな都合よくはできてないよな……夢も……そして現実も……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る