第4話:首切島02


 部屋数は三十にもなるという。つくづくセレブだ。


 部屋は白で統一された清潔感の溢れるそれだった。ベッドもふかふかで、レースのカーテンも純白だった。窓からは孤島を囲む森の一部が見えた。そして部屋には黄金の斧が壁に飾ってあった。


「この黄金の斧は何です?」


 混乱さんにそう聞くと、


「単なるインテリアですよ。ちなみに純金製です。全ての部屋に飾ってありますよ」


「…………」


 純金の斧が全ての部屋に……。贅沢ここに極まれり。混乱さんが俺の部屋の隣の無害の部屋に消えていったのを見届けた後、俺は純金の斧を手に持った。


「……っ!」


 重い。純金製ということはある。八十キロはあることだろう。これが全ての部屋にあるとなるとますますもって俺の認識外の世界だ。純金の無駄遣いだ。どうせならコンピータに使え。まぁそうは言ってもこれも威厳の一つなのだろうが。


 俺は荷物を部屋において、それから隣の無害の部屋を訪ねた。そこには無害と混乱さんがいて、それから混乱さんが無害の部屋にいる俺と無害にこう言った。


「これからご昼食になります。無害様、藤見様、ダイニングへとお越しください」


「はい」


「はい……」


 俺と無害は頷いて混乱さんについていってダイニングへと赴いた。そこは……ダイニングはセレブリティ溢れる空間だった。長いダイニングテーブルに椅子がずらりと並べられてある。


 どこの金持ちだ。


 あ、金持ちか。


「うわ……」


 俺は気後れしながらも混乱さんに導かれてダイニングの席についた。隣の席に無害が座る。無害はダイニングに来てからというものそわそわと落ち着かない様子だった。


「どうした? 無害……」


「ふえ……何でもない……よ……?」


「そんな風には見えないがな」


「すこし蕪木直系に会うことに気後れしてるだけ……」


 それはどういう意味かと問うより早く、豪奢なダイニングに新たな顔が出てきた。黒髪オールバックにイギリス式のスーツを纏った威圧感に溢れた益荒男だ。益荒男は無害を見つけると言った。


「なんだ。雌犬の子までいるのか。分不相応な……」


 フンと鼻息も荒く無害の存在を否定する益荒男。カッとなった俺の肩を無害が押さえる。無害が声を細めて曰く、


「あれは蕪木本丸の長男……蕪木制圧様です……。殺戮ちゃんを除けば蕪木財閥で最も影響力を持つ人物です……。反抗は許されません……」


 とのこと。


「雌犬の子とはどういうことだ?」


「無害の父親は凡俗な女性をめとって無害を生んだの……。だから無害は蕪木家の恥になってるの……」


「なるほどね」


 俺は不遜な態度をとる蕪木制圧を睨みつけながら、とりあえずは納得した。次に現れたのは茶髪のショートに髭を生やしたスーツのおっさんだった。


「あれは?」


 そう問う俺に、


「蕪木殲滅様……。蕪木本丸の二男です」


「というと蕪木制圧、蕪木殲滅、無害の父親の順で三兄弟か」


 そんな俺の結論に、


「ですです……」


 無害は頷いた。そして最後の人物がダイニングに顔を出した。


「無害ちゃん……!」


 無害をちゃん付けで呼ぶそいつは……金髪のロングヘアーに琥珀色の双眸を持った美少女だった。身に纏っているのは原色の赤のドレス。目が痛いぞコノヤロウ。


「殺戮ちゃん……!」


 無害が喜色の声で蕪木殺戮を迎える。


「無害ちゃん無害ちゃん無害ちゃん……!」


 無害の名を連呼しながら蕪木殺戮は無害に抱きつく。


「来てくれたんだね。よかったぁ! もしかして引け目を感じて来てくれないかと思っちゃった……!」


 そんなテンションの高い美少女を無害は「殺戮ちゃん」と呼んだ。それは……それは……つまり……!


「でもよかったぁ! 来てくれないと困るものね! あ、ちゃんと遺産は公平に分配するから心配しないで!」


 この金髪のロングヘアーに琥珀色の双眸を持った美少女は蕪木財閥の頭目……蕪木殺戮ということだろう。それから殺戮は俺に目をむけた。


「ええと……こちらはどちらさま?」


 首をコクリと傾けて疑問を呈する殺戮。


「ええと……無害の想い人で……藤見っていうんだよ……」


「藤見ね! よろしく藤見さん!」


 テンションも高く俺に握手を求める殺戮。


「これはどうも」


 俺は握手に応じた。ギュッと握られる俺の右手。そして殺戮が問う。


「藤見さん! 藤見さんは無害ちゃんのことどう思ってるの?」


「我が恋にくらぶの山のさくら花まなく散るとも数はまさらじ……とか」


「うん! それならいいよ! ちゃんと無害ちゃんを幸せにしないと怒るからね?」


「保証はできないがな。まぁ微力ながら全力を尽くすさ」


「うん! ならば良し!」


 殺戮は縦に長いダイニングテーブルの上座に座った。こういうところは蕪木財閥の頭目と思える。


「ではご昼食を配膳させてもらいます」


 メイドの混乱さんが料理を運んできた。長いダイニングテーブルに白いテーブルクロスが敷かれてある。その上に乗るのはフランスのコース料理の前菜だ。とても庶民には手の出しようがない高級そうな料理と、それから高級そうな食前酒が並んだ。


「うわ……」


 一目で気後れする俺。長い人生においてここまでの待遇を受けたのはたった数度だ。さすがは蕪木財閥を囲むテリトリーと言えるだろう。俺はカオス姉妹の妹……有田混沌さんが作るコース料理に舌鼓をうった。前菜のサラダ。ウニのパスタ。小鴨のステーキ。どれも見事な一品だった。それは俺だけの感想ではなかったらしい。


「うむ。美味いな」


 ワインを嗜みながら蕪木制圧が、


「うまうま……」


 食事に没頭しながら蕪木殲滅が感嘆した。全員があらかたコース料理を食べ切ると、混乱さんが現れて言った。


「これにて昼食は終わりとなります」


「うむ、大儀であった」


 紙ナプキンで口元を拭きながら蕪木制圧がそう褒めた。


「その御言葉……感無量でございます。是非とも混沌に伝えますゆえ」


「うむ。そうするがいい」


 蕪木制圧は席を立った。そこに、


「兄貴……せっかく蕪木財閥の直系が揃ってるんだ。何か話すこともあるだろう?」


 そんな提案をする蕪木殲滅。しかして蕪木制圧は、


「語るべきことなど無い。特に雌犬のガキがいるところで蕪木財閥について語るなど笑止」


 と憎々しげに言ってダイニングを出ていった。俺はカッとなって蕪木制圧に何か言おうとしたが、それは隣に座る無害によって阻まれた。無害は琥珀色の瞳に憂鬱を映して俺に忠告した。


「制圧様の言葉は……この場においては法律よりも優先されるんだよ……。だから……何も言わないで……」


「しかし泣き寝入りすることもねえだろ?」


「無害は大丈夫……。こんなこと……日常茶飯事だから……」


 そう返す無害。それはとても耐えられない言葉だった。


「無害……お前は……! 学校でも虐められているのに、その上実家でも排斥されて何も思わないのかよ……!」


「しょうがないよ……。それが無害だから……」


 そんな全てを諦めたように呟く無害に、


「…………」


 俺は閉口するしかなかった。

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