第3話:首切島01


 日本近海の太平洋側にとある島が浮かんでいるらしい。鹿児島と沖縄とその島とは正三角形の頂点の位置に当たるような……そんな島があるらしい。聞くにそこは超法規的な島で何が起ころうとおかしくないとか。








 首切島。





 そこはそういう不気味で不吉な名を持つ島だ。何でも昔盗賊の一党が首切島まで逃げてきて、その島で金品の分け合いに諍いを起こしてもめにもめ、最終的に殺し合いにまで発展したという。最終的に盗賊の一党は互いに断頭しあって果てたそうだが、それ故にその島は首切島と呼ばれ恐れられているらしい。いわく盗賊の怨念が憑りついた島であり、首切島に赴いたものは断頭されて果てるという。


 何でこんなに詳しいかというと有田混乱さんという首切島に建てられた屋敷を管理する白髪ショートのメイドさんに説明されたからである。新幹線に乗って鹿児島まで行き、それから混乱さんの操縦する船……ボートに乗って首切島を目指す俺と無害だった。俺は水平線を眺めながら言う。


「何故そんな物騒な島まで……」


「あう……ごめん……なさい……藤見……」


「いや? 無害を責めてるわけじゃねーよ。ただ他にも場所があったんじゃないかって話なだけだ……」


「無害様と藤見様におかれましてはやはり気後れするものでしょうか?」


 メイド服というロマンを纏った混乱さんがそう聞いてくる。


「まぁ……気後れくらいはするわな。首切島だなんて……ジョークにしても物騒すぎる」


「はは、私はここ数年首切島で妹の有田混沌ちゃんと共に首切島の屋敷を任せてもらってますが今もこうして生きていますよ。まぁ今時幽霊も怨念もないでしょうけども」


「いや……幽霊はいる。残念に縛られた怨霊は存在するぞ?」


「藤見様は信心深いところで育ったみたいですね」


「……まぁな」


 そう返して俺は水平線を眺める作業に戻った。ポケーッと水平線を眺める俺の、その隣に無害が立った。


「藤見……」


「どうした無害?」


「こんなところまで……ついてきてくれて……ありがとう……」


「なんだ、そんなこと。無害の行くところが俺の行くところだ」


 隣に立った無害の手をギュッと握り締める俺。無害は握られた手を見てあたふたと慌てた。俺はそれをくつくつと笑いながら微笑ましく観察した。




    *




 首切島というくらいだからどんなものかと構えてみれば、別に大した島ではなかった。おおよそ円に近い陸地を持ち、その直径は五キロメートルほど。周囲には木々が立っていて首切島にある蕪木の屋敷を覆い隠していた。島にボートを横付けすると混乱さんは、


「ようこそ首切島へ。無害様、藤見様、歓迎いたします」


 俺らの荷物を持って一礼する。


「ま、ゴールデンウィークに過ごす島としては及第点か……」


 俺はそう評した。


「では案内しますので無害様、藤見様……後を追ってくださいな。無害様達が最後の客人ですので」


「はあ……」


 そんな混乱さんに呟き答えて俺は携帯電話で時間を確認する。正午だった。十一時半。そこまではよかったが、その後……電波状況を確認すると俺は、


「っ!」


 絶句した。


「圏外……?」


 そう呟く俺に無害が言った。


「それは……圏外だよ……。こんな何もないところじゃ……」


「これじゃクローズドサークルじゃねえか」


「クローズドサークル……?」


「外界から遮断された結界のことだ。これじゃここで何が起きてもおかしくないな」


 戦慄する俺に、


「大丈夫ですよ藤見様。私は首切島に数年暮らしていますが平穏無事な毎日でしたから」


 混乱さんがそう返した。


「まぁそれならいいが……」


 言いつつ俺は無害の手を握って混乱さんに導かれながら蕪木の屋敷まで歩いた。


「しかしまぁ……よくこんなところに屋敷を建てようと思ったもんだな」


 そう皮肉る俺に、


「まぁ外界から遮断された方が得な場合もありますから」


 混乱さんはそう説明した。そして簡素な森を抜けて俺と無害と混乱さんは島の中央に建つ屋敷へと着いた。


「…………」


 俺はその屋敷を見て閉口してしまう。それはどう見てもバッキンガム宮殿を孤島に見合うサイズに縮小したような屋敷だった。簡素とはいえ森に囲まれているというのにくどい存在感が暑苦しい。金持ちの感性は……わからん。それでも整えられた庭をぬけて玄関に辿り着くと、白いロングヘアーに有田混乱さんに似た顔作りで漆黒の瞳を持ったメイドさんが出迎えてくれた。


「………………遠路御足労おかけしました。歓迎いたします。当方、有田混沌と申します」


 つくづくロマンであるところのメイド服を着た有田混乱さんの妹さん……有田混沌さんのお出ましだ。メイドだけなら百点だな……。


 混乱に混沌……カオス姉妹と名付けよう。


「ではお部屋にご案内します」


 混乱さんが俺と無害の荷物を持って百点の笑顔を向けながら先導する。


「………………姉さん、では当方はお客様の昼食の用意を」


「はい。頑張ってね混沌ちゃん。こちらは任せて」


「………………では失礼します」


 ペコリと俺と無害に一礼していそいそと退散する混沌さん。


「無害様、藤見様、こちらでございます」


 縮小版バッキンガム宮殿に入っていく混乱さん。


「豪奢な屋敷だな」


 感心する俺に、


「現蕪木財閥の頭目……蕪木殺戮ちゃんは派手好きだから……」


 そう返す無害。


「蕪木殺戮……《ちゃん》……?」


「ああ……そのね……殺戮ちゃんは……無害と同じ年齢なの……。だから殺戮ちゃん……」


 聞けば元々蕪木財閥の頭目だった蕪木本丸という翁が亡くなって家督を継いだのが蕪木殺戮ということらしい。しかし蕪木殺戮は無害と同年齢で性別も女……貫目なんてあるもんじゃないとか。それでも故蕪木本丸の遺言ゆえに冠を戴くことになったとか。反発はない事はなかったらしいが殺戮の能力は貫目がないのを除けば優秀と言っていいもので現状蕪木財閥は上手く回っているんだとか。そんなことを聞きながら俺と無害は混乱さんに追従しながら縮小版バッキンガム宮殿……というのも煩わしいな……蕪木屋敷の中を歩く。混乱さんは、


「無害様と藤見様は近くの部屋がよかろうと存じますがどうでしょう?」


 そんな親切設計に問うてくる。


「それでいいです」


「無害も……それで……」


 ということで俺と無害は無数にある部屋の隣同士になった。

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