01 双子の日常


「ねぇかい〜、最近どう?」


 ごく普通の一軒家である我が家のリビング。風呂上がりのアイスを堪能していた俺に、のんびりとした声がかけられた。

 振り返れば俺のもたれかかっているソファにだらりと寝転がっている妹の姿が。明るい茶髪をポニーテールにして、半袖半パンというラフな格好でだらけている。その手にはスマホとソーダ味のアイスバーが。ちなみに俺の手にはバニラのカップアイスとスプーンがある。


「何がだよ」


 またいつものダル絡みかとため息をこぼしながら一応返事してやる。うつ伏せになってパタパタと足を動かしていた妹がゴロリとこちら側に寝返りをうった。


「えぇ〜? そんなの決まってんじゃん、槙野とか上原とかだよ」


 またその話か。俺は面倒臭くなって妹から視線を外す。近くに落ちていた四角い物体が目に止まり、なんとなく拾ってみた。

 どうやらゲームソフトのケースらしく、表紙ではいろんなタイプのイケメンと美少女がギチギチに詰められていた。タイトルは『薔薇百合の学園』。咲き乱れる薔薇と百合の花が目にうるさい。


「どう? なかよししてる?」

「仲良しするってなんだよ……そこは仲良くじゃねーの? そりゃそれなりに仲良くしてるけど。友達だし」


 妹のおかしな言い回しに違和感を覚えながら、質問には答えてやる。槙野や上原というのは俺のダチだ。中学の頃からの友達で、今は親友と言ってもいい間柄かもしれない。


「いやいや〜、べつに間違ってないよぉ? なかよしはしてないんだぁ」

「だからなかよしってなん…………」


 妙に間延びした口調と、何かを楽しむような声色。それからねっとりと絡み付くような気色悪い視線。怪しげな雰囲気を察知し、後ろでこちらを見ているである妹を振り返る。

 いつの間にかアイスを食べ終わっていた妹は体を起こしていた。スマホを隣に置き、頬杖をついている。その頬の下に添えられた右拳は、人差し指と中指の間から親指の先が覗いていた。

 おい、待て、それって、まさか、そ、そういう意味か!?


「〜〜〜〜〜〜っ!  してる訳ないだろこのバカッ!」


 恥ずかしさと怒りが爆発し、手近にあったクッションを投げつける。見事顔面にクリーンヒット。これ以上ふざけたことを聞かれないように、俺は勢いよく立ち上がってリビングの扉を目指す。


「あっはっはっはっはっ。そっか〜、してないか〜。残念残念」

「お前まじでいい加減にしろよッ!」


 ケラケラと笑う妹にそう言い捨てて、俺は逃げるように二階へ駆け上がった。



 

 俺の双子の妹、笹原ささはらそらはいわゆる腐女子というやつだ。男同士の恋愛や絡みを好み、好きに妄想してはむふむふ言ってるアレ。

 別に人の好みはそれぞれだと思うし、同性愛を馬鹿にするつもりは無い。実際俺は宙のことを軽蔑したりはしない。たまに顔とか声とか気持ち悪いとは思うけど。


 ただ、やはり。そのかぷ?とやらに自分を当てはめられるのは気分が良くない。しかも男役じゃなく、女役の方。

 どうも妹には俺が相当男に掘られやすい質に見えているようだ。俺にそんな気はないっつーの。

 その上その相手役というのが先程も話に出てきた俺の友達である。やれ俺様(少女漫画か?)だのわんこ(犬っぽいとは思うが)だのヤンデレだの。よく分からん単語を並べ立てて妄想を吐き散らしている。


 しかも俺と友達本人に向かって。出来れば実行して欲しいと頼まれたこともある。あの時はあまりの恥ずかしい内容にキャパオーバーを起こして一発入れることも出来ずリアルに失神してしまった。

 そうしてしょっちゅうああやって何かあったか何かあったかと聞いてくるのだ。だから何もないって言ってんだろ! 大体アイツらだってそんな奴らじゃねぇし。


 でもまあ最近は別のモンにハマってるみたいだし。マシな方か。



***



「〜〜〜〜〜〜っ!  してる訳ないだろこのバカッ!」

「あっはっはっはっはっ。そっか〜、してないか〜。残念残念」


 激昂した兄に顔面へのクッション攻撃を喰らい、一瞬息が止まったがすぐにクッションを退けてケラケラと笑う。

 首まで真っ赤に染まった兄貴はドタバタと荒い足音を立てながらリビングを出て行った。


「お前まじでいい加減にしろよッ!」


 捨て台詞のような一言を残して。


「いや〜、あの反応が私を萌えさせるってことに気づかなきゃダメだよねぇ〜」


 萌えを噛み殺そうと、もにゅもにゅと動く口元を押さえながら私は呟く。

 じんわりと涙の滲んだ目に羞恥と怒りで真っ赤になった顔。私の言った「仲良し」の意味を理解してから一気に赤く染まる初さ。今だ押し倒せッって思えるシチュエーション。これだから兄弄りはやめられないのだ。




 私の双子の兄、笹原海はかわいい。顔は童顔だし、背もそこまで高くない。運動神経はいいくせに筋肉の付きにくい体質だから体の線は細い。髪と肌は私の押し付けたケア製品によってサラサラすべすべに保たれている。

 それに何より、心を許した相手には異常なほどに距離が近い。教室でも平気で相手の膝に座るし、寒い時は人のジャージの中に侵入してたりする。

 女子からはそれなりにモテるのだが、海自身には異性への耐性がない。私はあくまで妹という括りらしく、タオル一枚で彷徨いてたりしても何も気にしないくせに他の女子だと手を握られただけで真っ赤になる。


 ──ほら、かわいいでしょ?


 私はいわゆる腐女子ってやつだ。男同士の絡みを見てると胸がキュンキュンするし、頭の中で勝手に幻聴幻覚が流れ始める。

 でも私が腐ってしまったのは、別に外部からの情報のせいではない。ネットで見つけたイラストや漫画から始まったわけでも、誰かから布教されたわけでもない。


 全ては、海のせいだ。


 前述した通り、うちの兄はすぐ人にくっつく。しかも女子には耐性がないので、相手は自然と仲のいい男子になる。そしてその友人というのが、とにかく顔がいい。理由は分からないし、知ろうとも思わないが、兄の友人は皆こぞって顔がいいのだ。

 そんなイケメンたちと戯れるサラサラすべすべの兄。──これで目覚めるなという方が無理じゃないか?


 そんなわけで、私は男同士の絡みに萌えるようになり、同じ趣向の人間はいないのかと調べてみたところ、BLというものを知った。そして用語やシチュを学び、いつしか立派な腐女子へと成長した。

 それから私は海を総受けにして、楽しい腐女子ライフを送っているのだった。

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