兄妹転生〜乙女ゲーの世界に転生したけど恋愛とかしたくなさすぎる〜

波川色乃

プロローグ

 ファストリー王国の中心部に位置する巨大都市、インファルト。

 学園都市とも呼ばれるその街には、その名の通りインファルト学術院という国中の貴族や王族の子女たちが通う学園があった。


 門前のブロム並木が美しい桃色の花をこれでもかというほど咲かせる頃。学術院の講堂では、三回生の卒院パーティーが盛大に開かれていた。

 パーティーには生徒たちだけではなく、各家の当主夫妻や、国王陛下ご夫妻もお見えになっていた。


 宴も酣といった頃。それぞれの想い人をダンスに誘い、一喜一憂する子女たちとそれを微笑ましそうに見守る大人たち。

 優雅なワルツが流れる講堂内に、突如として緊張が訪れる。


「エリウェーラ・サンデュリル! 俺は今、この場で、貴女との婚約破棄を明言する!」


 キラキラと輝くブロンドに、吸い込まれるような翡翠の瞳。それはもう美しいタキシード姿の青年が、国王夫妻の座られるひな壇の一つ下に立ち、よく通る声で言い放った。

 彼はエルロイド・ファストリー。この国の王太子だ。


 その正面、ひな壇の下には凛と立つ一人の少女の姿が。

 こちらは鏡のような銀髪に、燃えるような赤い瞳。対象的な、太陽と月にでも喩えられそうなこの令嬢こそ、彼の婚約者であるエリウェーラ・サンデュリルである。


 この様な人の多い場所で、本来なら先輩たちの門出を祝うこの会で、婚約破棄などという不名誉な行為を、何故行ったのか。

 周囲の人々は戸惑った。一気にざわめきは広がっていき、先程までの楽しげ雰囲気などもうどこにも無い。

 公爵令嬢である彼女に取り入ろうとしていた令嬢たちは慌てふためき、何故か殿下の近くにいる一人の令嬢は必死に笑みを噛み殺していた。


 一体どんな反応を示すのか、人々の視線が自然とエリウェーラに集まる。


「……まあ殿下、それは一体どういうことでしょう? 理由をご説明願えますか?」


 しかし、エリウェーラは冷静だった。にっこりと微笑みを湛え、こてんと可愛らしく首を傾げてみせる。

 私に心当たりはありませんよ、という周囲へのアピールだ。浮気だなんだのと騒がれるのはごめん被りたい。


 ──キタコレーーーーー!!


 この時、エリウェーラの脳内は小躍りする自分の姿で埋め尽くされていた。

 けれどそんなことを表には出さない。あくまで表面上は王子に突然婚約破棄を言い渡された哀れな公爵令嬢だ。喜んではいけない。


「ふん、少し考えれば分かるだろう。君の行動には目に余る点が多々ある。複数の生徒から苦情まで受けているのだ」


 やれやれと肩をすくめるエルロイドに、エリウェーラは素直になるほどと頷いた。

 やけに大人しく受け入れるエリウェーラに、周囲の人々は怪訝そうな顔をする。彼らの知るエリウェーラであれば、今すぐにでもどういうつもりだと憤慨していただろう。

 けれど、今の彼女には別の目的がある。それは──


「.......で、殿下!」


 婚約の証である書類を破こうとしていたエルロイドを止めたのは、切羽詰まった青年の声だった。

 エリウェーラと同じ銀の髪に、彼女とは正反対な水晶のような青い瞳。エルロイドとはまた違った雰囲気のこの美青年の名は、ミシェエル・サンデュリル。

 エリウェーラの双子の兄である。


「お、お待ちください殿下っ。どうか、どうかご再考のほどを! エリーとの婚約破棄、お考え直し下さい!」


 床に膝をつき、お願い致しますと懇願するミシェエルの姿は、普段見せるミステリアスな彼とは全く違っていた。

 ミシェエルのそれは、家門から王妃を出したいという政略的な執着からの行動ではない。まるで自分の生死がかかっているかのような必死さだ。


「もうエルってば、殿下はもうお決めになられたのよ? ここは大人しく受け入れましょう?」

「お願いでございます殿下! どうか妹を、エリーを、放さないでください! 突拍子のない行動をとることはありますが、それは全て王国のためとなっている筈です!」


 婚約破棄という女性にとって重大な不名誉を、笑顔で受け入れる張本人と、必死の様子で考え直すよう求める親族


 この異様な光景に、周囲の人は勿論、当人であるエルロイドですら戸惑うことしか出来なかった。

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