第37話 『ふぁーすと・まーだー!』

「おい起きろ!」

 禍供犠が布団を奪い取る。

「ん…うう…もうちょい寝かしてぇや…」

「ダメだぞ!お前が寝坊したら僕もボスに怒られるんだからさぁ…」

「怒られるだけで済むんなら別にええんやないの?」

「良くないよ!僕達は…!」

 禍供犠と宮藤には親がいない。

『ボス』に引き取られてからは、二人は毎日肉体や勉学の訓練をしていた。

「「おはようございます、ボス!」」

 ボスは、葉巻を咥えたいかつい風貌の男である。

 伝説の殺し屋と呼ばれているらしい。

「おはよう、朝飯は作っておいた。食べたあとは…今日は少し特別な訓練がある。もう二人とも10歳だしな。」

「特別訓練?何それ?」

「見てのお楽しみだ。通常訓練は二人共実に優秀だ。…特に宮藤は、天才的な能力を持っている。」

「むぅ…」

 保中が

 二人が朝飯を食べ終わると、ボスは二人を地下室に連れて行った。

 地下室には、体を縛られた全裸の男が二人いた。

「な、なに…これ?」

「こいつらは私が買った多重債務者だ。」

「ん、んんんんん!んんん!ん!ん…」

「うるせぇ」

 ボカッ

 ボスの蹴りが、右の男に炸裂する。

 左の男は静かだったが、確かに怯えていた。

「今日の訓練は、一人につき一人ずつ殺すことだ。今のうちに殺人の味に慣れておいた方がいいだろう。二人の胃の中に鍵がある。二つないと外には出れんぞ。」

「えっ!?」

「…」

「それでは私は依頼があるのでな。」

 ボスはドアを閉めようとする。

「待って!待ってよぉ!どういうこと!人を殺すなんて!」

 禍供犠がボスに縋り付く。

「そのままの意味だ。殺したくないなら、ここで飢えて死ぬんだな。」

「やめて、やめてよぉ!」

「うるせぇ」

 ボカッ

 ボスは禍供犠を蹴り飛ばす。

「うっ…うう…」

「私が嫌いな物は一つ、騒音だ。この世の全てのものは死という静寂へと向かっていく。それは無為自然の象徴であり、理想的な状態だ。私が君達を殺し屋にすることも、クライアントに後継者を頼まれたから。これさえやれば目標金額に届く。将来の静寂なる生のためだ。君達は生きてるだけでも有り難いのだから、贅沢を言う権利はない…私と違ってなぁ。」

 ギギィィ、ガチャンッ!

 ドアが閉まる。

 禍供犠はまだ、泣き崩れていた。

 直後、宮藤はナイフを持つ。

「ヒグッ…宮藤…殺るの?」

「当たり前やろ。あんたが辛いなら二人分殺ったる。」

「苦しく…ないの?」

「そりゃぁできる限り、人殺しなんざやりとうないわ。けどなぁ、生きるために必要ならやるべきやろ。例えどんなことやってもな。」

 禍供犠も、ナイフを持った。

「…ええんか?」

「宮藤だけに、悲しい思いはさせられないよ…ごめんね。」

 先に禍供犠が右の男の腹にナイフを刺す。

 男の胃を開いて鍵を取り出した。

 ─鍵を落とす。

 保中は震えていた。

「ご、ごめん…端っこ…行っていいかな?」

「えぇで。」

 宮藤も同じく鍵を取り出し、地下室の扉を開ける。

 二人は、すぐに地下室を出る。

「…なぁ、ウチらこれからどうなるんかな?」

「殺し屋さんになるんだよ…きっと…」

「一生、人を殺して生きていくんかな?」

「…それしかない、とは限らないと思う。」

「どうゆうことや?」




「殺そうよ、ボスを」

 しばしの静寂。

 宮藤は禍供犠の提案に耳を疑っていた。

 あの優しかった保中が、殺す事を嫌がっていた保中が、人を殺そうなど口にしているのだ。

「ど、どうしたんや禍供犠…?」

「でも、やらなきゃ僕達はマトモな生活送れないよ?」

「…」




 ブルゥン、プシュー…

 バイクの止まる音が聞こえる。

 ボスが帰ってきた証だ。

「…いよいよだ」

「なぁ…ホンマにやるんか?」

「今更だよ」

 宮藤は禍供犠の目に、以前とは違うを感じた。

 ガチャッ     ドン!

 ボスがドアを開けた瞬間、銃弾がボスを貫いた。

 が、恍惚の表情で拳銃を握っていた。

「…すごい!すごいよ!これすごいって!」

 宮藤は、かつてない程の恐怖を感じる。

 が、それと同じくらい、嫌な予感を感じた。

 窓から逃げる。

 保中が戻っていく─銃を構えたまま。




 途中保中の足音は聴こえたが、宮藤は逃げ切った。

 その後、宮藤は孤児院に移り、一般人として生活していた。

 一方、保中は殺し屋として生計を立てていた。

 ただ、純粋に殺人を愉しみながら…

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