第35話 『めいざき・ぐらとにー!』

「ふん、6度目の朝か…」

 冥崎が目を覚ます。

 隣で寝ていた保中は、もう起きているようだ。

 寝室を出ると、保中が料理を作っていた。

 ベルゼブブは椅子にちょこんと座って待っていた。

「おはようさん」

「おは妖狐!今まで飯作ってもらってばっかだから、たまには作ってやろうって思ったんだよね。ほら、辛えカレー!」

「おはよう…そこの男は?」

「ベルゼブブだ。今はちょっとイメチェンしたい気分なんだ。」

 目の前にカレーの入った皿が置かれる。

 冥崎は黙って口に入れる。

「火の加減がなっていない。スパイスが市販のカレールーなのはまだいいとして…そもそもなぜ朝にカレーを作った?」

「酷いって!俺がカレー食べたかったからに決まってんジャン・バルジャン!」

「…まぁ素人にしては中々の出来だ。」

「蟻が十匹!そういえば冥崎さんって…何で料理人になったんですか?」

「大したことはないぞ」

「教えてください!オナシャス!」

「オレモ!オレモキニナル!」

 ベルゼブブはいつの間にか元の姿に戻っていた。

「儂が6歳の頃…だったか。父のボーナスで高級料亭に行ったことがあってな。そこの料理を食べて…とても感動したのだよ。そして思った。美味しいものをもっと食べたい、と。」

「ほうほう」

「美味しいものを食べるにはどうするか。最初は料理店に行きさえすればいいと思ったが…儂の飽くなき美食への探究心は、それでは満足できなかった。作りたくなった、自らの手で…高みの料理を…!」

「ソレデ、リョーリニン、ナタ!」

「…客に料理を出すのは好かん。もし自分が出した皿が、これまでの人生で最も素晴らしい、至高の一品だったらどうする?まぁ現実はそうも行かないが。勿論儂の望む世界は美食の世界。味の高みへと、無限に上っていく。新たな食材もあれば尚よい。」

「醤油うことね。ありがとさん!…で、今日どうスルメイカ?昨日は生憎誰も見つからなかったけども。」

「…もう万全に近い程とは言えるが、攻め手を緩める理由にはならん。魔王も一人は倒しておきたい。」

「そうだね~。今まで倒したのは全員眷属だし。…で、いいこと思いついたんだ。これをやるには今がちょうどいい。できるかどうかはわからないけど…」

「言ってみろ、試すだけ試してみる。」








 二人の男が3丁目を歩く。

 ここはまだ何も起きていない、市民にとって最後の安全地帯だ。

「ねぇ卯月」

「どうした、車田?」

「卯月の目指す先の世界って、本当に幸福なの?」

「…確かに、最初はある程度の不幸は甘受しなくてはならない。しかしそうなるのは旧時代の人間がもたらしたツケ。遅かれ早かれ何らかの形で払わなければならないならば、今の方が良いだろう。」

「よく分からない。」

「まぁ安心してくれ。直にわかるさ。」

「…お前はいい友人だと思ってるが、ここに関してはよくわからない。」

「大丈夫だ。これは…」

 その時、街の樹木が一斉に動き出す。

 そして、狙いもなくただ暴れ出した。

 町の人々はパニックになって逃げているか、とっくに殺されている。

「車田!」

 遅い来る木の枝を卯月は払い除けて、車田を背負う。

(何者かが俺達を狙った…?いやそれにしては雑すぎる。…もしや!)

「卯月、これは無差別攻撃だ!」

「くっ…許してはおけん!すぐに犯人を探し出すぞ!」

(確かに車田の言う通り、これは無差別攻撃なのだろう。だがそれ以上に気になるのは植物を操っていること。私の眷属に似たような契術を使える者がいた。何か参考になるかもしれない…!)




「…これは一体!?」

 合理はホテルの窓から街の惨状を見て、驚いていた。

(高所にいれば大丈夫だけど…それは流石にみんな想定していると思う。次に消えるのが2丁目で、ここが3丁目…ここの配置は使えそう。)




「米沢はん行くか、これ?間違いなく人は来るで。」

「聞くまでもないだろ?そもそもここは次に消えるからな。行かざるを得ない。」

(ま、その通りやねんけど…なんや?この胸騒ぎは…)




「…暴れ足りねぇ。」

「行くのか、平?」

「どうした?サタン。悪魔の癖に日和ってんのか?別にテメェが闘うって訳でもねぇのによぉ。」

「いや、好きにするといい。」

(…一人になってからずっと気分がわりぃ。憂さ晴らしになるぐらい強けりゃいいけどなぁ…。)




「…見違えたぞ、十文字莉杏。」

 アスモデウスの前には、一見いつも通りの十文字が立っていた。

 しかし、目つきが少しだが、確かに変わっていた。

「この力なら、私は生き残れる…、行こう。」

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