第8話 『じゅうもんじ・らすと!』

 十文字杏李に、生まれつき親はいなかった。5歳の頃までは孤児院で暮らしていたが、ある日突然違法風俗店に売られる。

 そこからは従業員として働く毎日─生きてはいけるものの、毎日が過酷だった。

 しかし十文字はそこに生き甲斐を見出していた。

 自分の相手をした客、オーナー、同僚が皆喜んでいることに気づいてからは─十文字はに関しては天才だった。

 そして十文字は2つのことを悟る。

 一つは人間の最上の快楽は性的快楽であること、もう一つはそれを与えることが自分の生まれた意味だということである。

 それ以降現在21歳になるまで、十文字は店が摘発されてからも、仕事を続けてきた。








「何ボサッとしてるの、嶽本?」

「あ、そうだ!」

 嶽本と呼ばれた男が下の地面に触れると、少しずつ地面がドロドロになっていく。

「…底なし沼、面倒くさいし地味だけど確実な方法よぉ。」

「まずい!」

(糸を飛ばしても逸らされる、けど近づいてもそれは同じ…!えっと…こんな時は…こんな時は…)

「灯火ちゃん、一旦リラックス、だよ?」

「─そうですね。まずはあの女の能力…おそらく空間をずらすものと思われますが。」

「ってかそうだよね。でも…どう攻略するよ、灯火ちゃんの糸は電気通すけど…。」

「そもそも攻撃が当たらない。」

 二人の膝は、床面につくまで沈んでいた。

 嶽本が地面に触れながら二人を監視している横で、河邑は自撮りをしている。

「…試してみるか。」

 十文字が小声で呟く。

「間に合わなかったら即死だけど─その時はごめんね?」

「十文字さんがやることなら、私は後悔せずついていく。」

 十文字は大きく息を吸い込むと、なんと液状化した地面の中に潜っていった。

「な、何を考えてるんだ…!おい河邑!女が一人変なことしてるぞ!」

「何か仕掛けるつもりかしら…?一旦液状化を解除しなさい。」

 嶽本が液状化を解除すると、ドロドロだった床が途端に固まる。

 …が、倭島は動じなかった。

 倭島の十文字への信頼は、既に狂信の域にまで達していたのだ。

「5分…そろそろ死んだだろうし解除するぜ。」

 再び地面がドロドロになる。

「泳げば位置を把握されないからいけると思ったの?現実はそう甘くない─ぶら下がってる2つのが証明してくれてるわ。」

「いいや、私は十文字さんと心中するつもり─けど、十文字さんは毛頭死ぬ気はない。」

 次の瞬間、突如下の地面から指が飛び出た。

「やば─」

 ビギィ!

 河邑は咄嗟に反応しようとしたが、電撃が彼女を刺す方が先だった。

 たちまち河邑は焼死体と化した。

 十文字が地面から現れる。

「Hする時って…独り善がりじゃぁダメらしいんですよ。いや、私は初めての子が脳を性欲に支配されて必死に頑張ってる姿もステキだと思うんですよ。でも、そうじゃない人って結構多いんです。ちゃんと相手に合わせて、時折自分を出して─私の契術はそういう能力です。」

 倭島が得意気に笑みを浮かべるのと対象的に、嶽本は啞然としていた。

「よ、要するに…色んな状況に適応できるってことか…!?ずりぃだろ!そんなチートで後出しジャンケンしやがって─クソッ!」

 嶽本は自身をスライムの様な形にして、高速で逃げ出した。

 バチッ!

 十文字が電撃を放つも、避けられてしまう。

「あっ逃げちゃう!」

「…大丈夫。」

 シャッ!

 倭島は嶽本の行く先に太い糸を放つ。

 嶽本は避けようと方向転換するが、糸が分裂して彼を覆う。

「なっ…なんだよこれ!取れない!」

「…私の糸は粘着力がすごいです。私が許可したものでないと絶対に取れません。」

 十文字が彼にゆっくり近づいていく。

「大丈夫だよ、恐れなくていい。最高の世界を君にプレゼントできないのは申し訳ないけど…最高に気持ち良い死を、貴方に。」

 十文字が優しい声で言った後、嶽本を撫でる。

「あぁ!あ、あっ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 嶽本を途轍とてつもない快感が襲う。

 それは柔らかく包み込むような、脳を焼き付かせるような─深く考える前に彼の体と脳が限界を迎えた。




「おーしまいっ!ふぅ…あと少し『適応』が遅れてたら酸欠で死んじゃってたよ。」

「…十文字さんが無傷で良かった。ところで、最高の世界って何?」

「あーまだみんなには言ってなかったね。私はね、人類はみんな快楽に素直になるべきだと思うんだよ。気持ち良い方が良いはずなのにやれ教育に悪いだのやれ公序…風俗?」

「公序良俗」

「あーそれそれ、…とにかくそのための手段として、人類が感じる性的快楽を5倍ぐらいにしたいと思ってるんだ。」

「そうですか、とてもいいと思います。」

「でしょ、じゃあそろそろ行こう?警察が来ると面倒だよ?」

 二人は焼死体を後にした。

「んん、なんじゃぁこりゃ…って、ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!人が死んどるぅっ!!!!!なんで俺がこんな目に合うんだぁぁぁぁ!!!!!」

 大将の叫びが虚しくこだまするのだった。








「怠惰の眷属…これにて全滅となりました。いかが致しましょうか。」

 白い機械のような少女が囁く。

「案ずることはないベルフェゴール。これは全て想定内、想定内なのだよ。元より僕は端から眷属を度外視して策を立てていた。」

 答えるのはスーツを着たポニーテールの女性だ。

「当初の予定を続行、でよろしいですか?」

「その通り!僕は誰にも負けないからね。だから君は素直に私に従っているんだ。」

「─畏まりました。嵯峨山様。」

「よろしい、ククッ…凡愚共が…僕が最後に勝利するのはどう足掻いても確定なんだよなぁ。ふん…いずれ見せてやるぞ、絶望をなぁ!」

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