第3話

 火車は俺の術にかかっている。

 呑気に俺の後をついて来る。警戒心すら感じない。

 俺達は廃墟に入った。俺の寝蔵だ。ここには奴を迎え撃つ準備もしてある。くびり鬼とは違う。

「ここだ」

 と言って、俺は部屋へと入っていく。

「血生臭さいな」

 と、火車は呟いた。まあ、当然だろう。2日前に人を喰ったばかりだ。血の匂いもまだ消えていない。

 部屋に散弾銃を隠してある。俺はそこへ向かって歩いて行く。

「奴はいねぇな」

 と、火車の声が後ろから聞こえた。馬鹿だな。ここにいるぞ、と叫びたくなる。その代わりに散弾銃をぶっ放した。

 銃声が響く。散弾は火車を通り過ぎて壁に刺さった。


「陽炎って知ってるか?」

 火車のシルエットが揺らいでいる。馬鹿な。こんな話は聞いてない。

「知らないならそれで良いんだ。今日は気分が良い。饒舌にもなるさ」

 火車は笑いながら近づいてくる。流石に全ては交わせなかったのか、いくつか銃弾が当たり血を流している。

「いつから、気がついていた」

「月神はなぁ。俺の蹴りは避けねぇよ」

 何を言っている。あの蹴りはどうみても急所狙いのものだった。死なないにしても痛みはあると聞いている。まともに受けられるはずが無い。

「火車、所詮は死体喰らいしか能が無い妖怪だろ?1人で粋がるなよ」

「あぁそうだ。死体を喰うぐらいしか派手な事は出来ない。でもな、火を少し扱う程度はやれるんだよ」

 火車は歩いてくる。俺は散弾銃を構えて撃った。

 バン!と大きな銃声が響く。銃弾は火車の幻を突き抜け壁に刺さる。

 呆気にとられていると、火車の手が俺の髪を掴み、力任せにぶん投げられた。

「お前には感謝している。今日の月神は死ぬんだろ?殺せるんだろ?たとえ偽者であろうとも、月神を殺せて喰えるんだ。最高だ。夢なら覚めないでくれよ」

 火車はまた数発散弾をくらったらしい。腕から血が流れ、シャツの腹部は血で紅く染まっている。

 確実に俺の方が有利だ。火車、確か罪人を連れ去る妖怪だったか。その程度の妖怪の力などたかが知れている。

 俺は爪をたて火車を突いた。頬の肉を切り裂く。火車の釣り上がった口が大きくなった。まるで口裂け女だ。

 火車の笑顔はそれでも崩れなかった。手首を握られていた。激痛と共にミシミシと骨が軋む音が頭に鳴る。

 肘の骨が折れた。手首を握り肘関節の逆に力を入れる。柔術にみられるような技を火車は掛けていたのだ。 

 俺は痛みに耐えかね膝をついた。そして、火車の両手が俺の頭を固定する。

 顔に衝撃が走る。火車の膝が俺の顔を潰してくる。何度も、何度も火車の膝が襲ってきた。

「ハハハハ!!!」

 火車の愉しそうな声が部屋に響いた。顔の原形が崩れ去った頃、火車からようやく開放された。

「月神はなあ!この程度じゃ何も感じねえ。痛い痛いとは鳴くけどよ。それに対してお前はどうだ!月神の顔して心底怯えてやがる。お前も化け物だろ。この程度じゃ死なねぇのは知ってんよ。もっと付き合ってくれよ」

 火車はそう言うと俺の腹に手を当てた。徐々に熱が帯びていく。内側から焼かれているかの様な苦痛が次にやって来た。焦げ臭さが鼻を抜ける。

「良い顔だ。月神も今のお前と同じ様に口や鼻から煙を出してたな。最高だった。思い出したよ。ありがとう。月神の姿で死に怯える顔は想像以上にそそられる」

 肉が内側から焼ける。ボロボロになったそれを超えて内臓が焼かれていく。

「これでもあいつは死ななかった。お前もこの程度で死んでくれるなよ。まだ前戯だぜ。」

 いっそのこと今すぐ殺してくれ。何で俺はまだ死なない。

 内に燻る焔は喉元までたどり着く。火車の心底嬉しそうな顔が目に焼き付けられた。

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