第一話 後悔

あの教室に居づらくなった僕は結局教室に来ていた。


「お、篠山が寝坊なんて珍しいな。なんでこんなに遅かったんだ?もしかして……」


僕の中学からの友達の天崎太一が無駄な考察をしつつちょっかいをかけてくる。

その光景はいつもと変わらないものであり、先程の普通ではあり得ない状況が無かったように感じられ少しホッとする。


「いや、普通に担任と話してた」

「あ〜、進路か。青野先生めっちゃめんどくさがりだからさっさと終わらせたいんだろうな」

「にしても早い気がする。まだ4月なんだが」


天崎はそれな、と相槌を打つ。

他のクラスがまだ進路に向けてほとんど動いていない時期にこのクラスの担任だけが頑張って動いている。そこまでやる意味はあるのだろうか、とクラス全体が思っている。

ただ、疑問はあるが否定しないのはあの担任がみんなのためと夜遅くまで残って仕事をしているという実績があるからだろう。

実際、部活動で夜遅くやっていると巡回に来るのはあの担任の確率が一番高いらしい。


「そういえば午前中の授業どうだった?」

「ん?普通だぞ」

「内容は?大雑把で教えてくれ。何ならページ数だけで良い」

「……悪い、寝てた」


天崎に期待した僕が馬鹿だった。

流石に3年になって寝るなんてことは無いと思っていたがこいつに時期は関係なかったのだ。

とはいえ、このままではテストの範囲が分からないため勉強も出来ない。

2学期中間なら何となくで分かるのだが、1学期となると先生によってページ数が変わるから見当がつかない。特に古典が一番厄介だったかもしれない。

あの先生、やる順番が自分基準なのだ。そのため面白くないページを後期に回して、前期は全部自分が好きなページだけやるスタンスの為全然予想がつかない。


「まっ、テストなんて赤点以外なら何でも歓迎だろ」


天崎は赤点の常習者なので余裕そうにしている。

ただでさえこのクラスは進路でピリピリしているのに赤点を取って全員残って勉強とかになった厄介とは考えないのだろうか。


天崎に文句を言う前に五限目を知らせる音が鳴り、僕は不満を抱えつつ自席に着いた。


五限目は一番気が楽な世界史の授業だ。

この授業は実際聞かなくてもページ数さえ把握していれば60点は取れる。

その為、僕は黒板に書き出されたページ数を見て教科書に色をつけて、後は自分の世界に篭る。

物語というかキャラクターを頭の中で作り出し会話するのが小学校からの常にやっている事だった。

ただ話しているだけで時間は過ぎる。——はずだった。


今日は朝にあったあの光景を思い出してしまう。

あの時なんて声を掛ければ良かったのだろう。単純に見て評価してしまえば良かったのではないか、そんな後悔の気持ちが押し寄せてくる。

でも同時に評価しなくて良かったと思うこともあった。

あの涙はおそらく止めたくない彼女の本心の表れだろう。だからあの選択も間違ってはいないはずなのだ。


もう忘れよう。あのやりとりは偶然であり、僕じゃなくても……何なら天崎が会話していた可能性だってあった。

そう、偶然出会っただけなのだ。だから忘れてしまえばいい——


それが篠山が混乱する頭で絞りした唯一の答えだった。



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