プロローグ2
篠山が課題を渡されて早十分が経っており、一限の授業が無い担任は平気そうに篠山と話しているが他の先生は気が付けば居なくなっており、篠山も授業に遅れると内心焦っている。
「先生、一限の授業は古典だし、そろそろ——」
「今日は篠山君は授業をサボるんでしょ?先生にそう言ってたじゃない」
自身の可愛らしさを理解しているのかわざとらしく笑顔を見せつける。
他の生徒であればすぐに合意してしまうのだろう。
それほどに可憐あり、加えて優しく生徒の相談も気前よく聞いてくれるためこの学校では割と人気が高い。
そんな担任の可愛い顔を見て、ため息をつく。
「サボったとしてどこに居ればいいんですか?」
担任の強引さに腹が立ち、ぶっきらぼうに質問した。
普段ならこうして怒ることもないが進路の焦りも重なってかなり不機嫌になっていたから怒ってしまった。しかし、担任の方は気にする事もなく口を開く。
「3階の空き教室が空いてるよ。流石にあそこは人も行かないしサボるなら最適だよ」
さっきと同じトーン、それでいて真面目な顔で提案している。
今までなら平気で反論していた篠山だがここまで真剣に言われると萎縮してしまって返答に困って何も言えなかった。
結局あの後、職員室を追い出されてしまった。
どのみち出るにしても一限の終わりまでは居させて欲しかったのが本音ではあるが、あの空気の中をあと30分程度居るとなるとかなりきついのでどっちもどっちではある。
ただ、追い出された後の廊下も寂しいものがある。
授業中なので廊下には人は居らず、静けさと4月の少し冷たい風が吹いている。そのためか、少し肌寒く謎の緊張感が湧いてくる。
そんな廊下が嫌になり、篠山は逃げるように担任が言っていた三階の空き教室に足早に向かう。
職員室が一階にあるので普段運動していない篠山にとっては苦難であり、三階に上がる頃には息を切らして壁に手をついている。
ふぅと息を吐き、空き教室となっている左側に顔を向ける。
担任にサボるのだったらとお薦めされるほどに普段であれば人の寄り付かない空き教室の一つから微かに人工光が漏れている。
いつもの篠山であれば今の状況で誰かに会うなんてことはしないだろう。しかし、今日は毎日出席だけはしてた授業を担任に容認されたとはいえサボってしまった。そんな罪悪感が今の自分を支配しており、誰か仲間がいれば良いと思っていたため気が付けば扉の隙間から誰がいるかを覗いていた。
視線の先には割と大きめのキャンバスに鉛筆
横からしか見えないので制服の襟についている学年バッチがあまり見えないが自分と同じ緑が一瞬見えたのでおそらく同級生だろう。
顔もよく見れば知っている人だ。
高校一年の時から同じクラスの牧羽明音、それが覗いている先にいる人物だった。
同じと言っても話した事もなければ目も合わせた事もない。
その為彼女のことは何一つ知らなかった。
噂では成績が優秀であり、運動が少し苦手な子で美少女と持て囃されている。
実際、運動は男女別なので分からないが勉学に関しては毎回トップ10入りするほど優秀あったし、噂の美少女と言われているだけあってとても可憐だった。
毎日手入れを欠かさない透き通るような白い肌、地毛なのか少し茶色みがかったサラサで長髪の髪、全てが御伽の国の人のような要素で固められており、それが彼女という存在をより引き立てていた。
そんな子が授業をサボっているという滅多にないであろう場面に遭遇して驚いた。
しかし、それでどうするとかは無くただひたすらに彼女を扉の隙間から覗くだけであり、声をかける事もない。
決して扉の先に同級生を観察して喜びたいという篠山の特殊な癖という訳ではなく、ただ彼女がやっていることが気になる程度の好奇心であった。
とはいえ、横目線から見ているため彼女が割と大きなキャンバスに絵を描いている程度しか情報は得られないため覗きがバレた時のリスクとあまり釣り合ってはいない。
そうは思いつつも視線を向けていると彼女と目が合った。
「誰ですか?」
彼女の優しさなのか警戒心を感じさせないふわっと柔らかめの声だ。
女子でその程度の警戒心しかないのはむしろ不安になるがそんなことを気にしている場合ではない。このままでは見ていたのが自分だとバレてしまう。そうなればこの後の学校生活が面倒なことになる。
篠山の焦りなど知らない彼女は勢いよく教室の扉を開ける。
「あっ」
最初に声を発したのは彼女の方だった。
見ていたのが男子だったのが驚いたのだろう、間の抜けた表情でしゃがんでいる篠山を見下ろしている。
「……ごめん。人があんまり来ない空き教室に電気が点いていたから気に——」
「大丈夫ですよ。20分前くらいから気付いていたので」
彼女は精巧な顔で悪戯っぽい笑みを浮かべた。
流石にあの担任とは比べ物にもならない可愛さに見惚れていると柔らかそうな白い手が差し伸べられる。
差し伸べられた手を取り、立ち上がると彼女はおいでと言わんばかりに教室内に入っていく。
「気付いていたのに何も言わなかったのは何故なんだ?」
「ただ、観客が欲しかったから」
「観客?」
「そう、観客。見てたから分かると思うけど私って絵を描くから見てほしいんです」
誰かに見てほしいと言うにはあまりにも悲しいそうな面持ちで自身の描いたであろうキャンパスを見据える。
それはまるで今日で終わるようなそんな気がしてならない。だから、鑑賞してはならない。それをしたら僕は——篠山春翔は牧羽明音と言う女子の楽しみを奪ってしまう。
だからと言って僕が彼女のお願いを背けるはずがないのだが。
「どうかな、私の絵」
牧羽に質問されてすぐに1分が過ぎる。しゃべる言葉を間違えれば一瞬で人生が変わるかも知れない、そう考えると緊張して何も言葉が浮かばない。
「私の作品はやっぱり見られないほどですか……」
「それは……」
空き教室の時計は他の時計より一世代古く、今の静寂に包まれた教室ではカチカチと緊張感を煽る音が鳴り響いている。
「正直に言って良いですよ。ここで何を言われても私は妥協で就職するんですから……」
自暴自棄なのか牧羽は妙に明るい声で僕に語った。
今の表情から察するに長い時間を掛けて編み出した一つの答えなのだろう。
だからこそ、僕には何も言うことが出来ない。
担任にあれだけ言われて迷っている自分に牧羽の何を決めることが出来るのだろうか。
「その、冗談だよ?まだ就職決まってない。というかまだ4月だし、決まるには早いよ」
「そうは言っても、誰かに見てもらったら君は絵を描くのを止めるんだろ?」
「うん、そうするつもり。親にもこんな根暗なことするなって言われてるし、やっててもう楽しくないから……」
彼女の頬から一筋の滴が滴り落ちる。
そして先ほどと同じ可愛らしい笑顔を見せて教室から出ていった。
後を追うことも考えたが二限の始まっているこの時間に彼女のことを追うのは流石に自殺行為に等しいと諦める。
かと言ってこの気まずい教室の残るのも気が引けるが他に行ける場所はない。
ここに来れば少しは考える時間があると思ったのだが、まさかこんな事になるなんて思わなかった。
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