第2章 3話

 「――あれ?これって……もしかして」


 ――天界の中でも高位の神のみが立ち入れる中心部に位置する、ある意味隠れ家のような宮殿。


 朱羽遊の転生が完了し、森で魔物たちとの戦闘が始まったのと同時刻。


 今日も今日とて私以外の客がいない寂しい宮殿の一室で、私の対面に座る白髪の美少女――フィリアが、不意にそんな言葉を発した。


 「……ん?どうした?」

 「……えっとね、貴方の愛弟子の転生がたった今完了したわ」

 「……は?転生が完了?」


 唐突過ぎる言葉に思わず少しほうけた声を返してしまう。……いや、それも仕方のないことだろう。とっくの前――それも八年も前に見送ったはずの人間族の少年が、転生を遂げたと聞かせれたのだから。


 『友だちと遊んでくるね!』って言って部屋から出てていく息子を見送ってTVを観ていたら、数時間後に息子が『いってきます』を言いに戻ってきたときの親の『え?まだ出てなかったの?』みたいな、戸惑いの気持ちだといえば分かってもらえるだろうか?


 つまり私の正面で座り、魔力で投影した画面をみつめる彼女……最上位女神のフィリアが私に彼の転生する日を隠していたということになる。隠し事をされるような仲ではきっとない筈なのだが………。


 「そうよアレス、転生完了。ついにユウの転生が完了したの」


 けれどフィリアは、何の気もない口調で――正確にはそんな風に装った口調で――言ってくる。そろそろお茶の時間に差し掛かっているということもあり、手元には程よい装飾が施されたティーポット。左手で軽く頬杖ほおづえを突きつつ、金剛石ダイヤの瞳をこちらへと向ける。


 「ついさっきまではラウルの森で大勢の魔物たちから襲撃されてて、転生が完了するより先に死んじゃうかと思ってヒヤヒヤしたけど……」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ……そもそもユウの転生はなぜ今終わったところなのだ?彼が天界に来たのは十年も前のはずだ。転生が今完了するなんていうのはおかしくないか?」

 「あれ?言ってなかったっけ?ユウの転生は転生体の十歳の誕生日に完了するようにしてたのよ」

 「完全に初耳だよ……まったく。……それで、彼は無事なのかい?」

 「んー、無事なんじゃない?ユウを襲ってた魔物は全部本人が倒したみたいだし。……怪我もしていないみたいよ。ここで修行した彼なら簡単に倒せるレベルの魔物だったしね。……ふふっ。でもまあ、森のかなり深いところにいるみたいだし、使用人に送迎そうげいしてもらってたみたいだから帰り方がわからなくて困ってるかもね」

 「何で嬉しそうなんだ………」


 私の質問に対し何故か口元を緩々にし、上機嫌な声音で答えてくるフィリア。対する私は嘆息交じりに肩をすくめ、彼女が淹れてくれたロイヤルミルクティーを一口飲む。


 ちなみに私は紅茶は甘くしない派なのだが、彼女が甘党であるためミルクも砂糖もマシマシだ。

 

 彼女とは長い付き合いだが、何度言っても甘いものしか出してもらえないため――冗談抜きで500年はいい続けている――最近では諦らめてお茶菓子の方を甘くないものに変えているわけだが。


 (この歳にもなってよくそんなに大量の糖分をとれるな……)


 ちらりと対面の少女――悩む少年を肴にし大量の砂糖菓子を美味しそうに食べている――を盗み見つつ、内心でそんなことを考える私。


 「ふふっ……悩んでる悩んでる」


 私の内心をよそに、フィリアは悩む友人を見て楽しそうにしている。


 「十分楽しんだだろう?そろそろ助けてやったらどうだ?」

 「ふふふ、そうね。そろそろ可哀想だし助けてあげようかしら」


 私の言葉に対し、満面の笑みを浮かべながら――可哀想だから助けるというよりは面白いからからかってやろうといった顔――そう答え魔法通信の準備をするフィリア。

 本当にからかうつもりだろうが、彼女も根は悪いやつじゃない。


 はず……多分、きっと。そんなことを考え、私は少女が少年をからかい過ぎないことを祈ることと相成った。







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