第1章 5話

 「ハァァァァアァ!」


 開幕と同時に、アレスの訓練用の鋼の剣が遊に向かって振り下ろされられる。


 一見力任せに叩き付けているように見えるアレスの一撃は、粗暴そぼうに見えながらも恐ろしく鋭い。


 しかし大振りは大振り。遊はその剣筋を正しく見切り、同じ鋼の剣で受け止め――


 「ッ!?」


 ようとした行動を急遽中止し、バックステップで後ろへ飛んだ。瞬間、アレスの剣が訓練場の床に叩きつけられ、ずごんっ、と――


 「良い見切りだ。受けたらただでは済まなかったぞ」

 「いや、なんてふざけた威力だよ!?普通に受けてたら死んでましたよ!」

 「当然だ。そのつもりで、【身体強化】を使っているのだからな」


 ニヤリと笑い、追撃の構えを見せるアレス。

遊は間合いを再び取るために後方へとバックステップ。


 こんなのとまともに打ち合っていてはこちらの腕がもげる!


 アレスの使っている魔法は【身体強化】。遊も同じ魔法を使用しているのだが、なにせ魔力の許容量に差があり過ぎる。


 天界では魔力を実質無限に放出することができるため、魔力量そのものに大した差はないのだが、神と人間では魔力の許容量の差があまりにも大きい。


 だがアレスは巨体だ。移動の速度では自分が勝るはず。ならば速度でかき回す。

 

 それが攻撃力が自分よりも上の相手と戦う場合の常識セオリーだ。


 だが――そんな甘い考えは、この埒外らちがいの化け物相手には一切通用しない!


 「遅いっ!」

 「っ!?」


 どんっ、と地を鳴らし、アレスは遊との間合いを一瞬にして殺した。


 「スピードでなら勝てると思ったか?残念だったな。魔力の使い方は攻撃や強化だけじゃないと教えただろう。足裏に風の魔力を収束すれば機動力の向上も可能だ。手加減をしているとはいえ、私の魔力許容量は人間であるお前の100倍だ。戦い方を工夫するなりしないと負けるぞ!」

 

 (今しようとしてたんですけど!?)


 彼の理不尽なまでの性能を目の当たりにし、遊は苦笑を浮かべる。


 分かっていたことだが……いくらなんでも強すぎだな。


 この試験の合格条件はあくまで、遊が『秘剣』を使用しアレスに攻撃を当てることで勝つことではない。決して不可能なことではないはず。


 しかし、彼にはすきというものが存在しない。それもまったくと言っていいほど。

これでは『秘剣』を使うことはおろか反撃をすることさえできない。


 (やはり闘神は伊達じゃないな……)


 それを思い知った遊に闘神アレスは大地を揺らすほどの回避不可能の一閃いっせんを振り下ろす。


 もはや自身の速度を持ってしても逃げ切れない鋼の一撃に、遊もまた己の鋼をもって応じ、剣戟けんげきが始まる。


 連続して響く快音はアレス宅の訓練場に音楽のように響いていた。


 飛び交う研ぎ澄まされた剣技の軌跡。


 天界で闘神と呼ばれるアレスの剣技は舞のように美しく、しかし烈火の如く苛烈かれつに遊を追い立てる。


 遊は隙なく飛来するアレスの剣閃を防ぐだけで手いっぱいに見える。

 

 後ろへ後ろへと、後退し続ける。


 『やっぱりこうなるか。あの人間、押されっぱなしだ』

 『そうね、精一杯逃げ回ってるかーんじ』

 『これは時間の問題ね』


 一方的に見える展開に、遊の最終試験を見に来た若い神達の間に冷めた空気が漂う。だが――


 ((……すごいな)わね)


 その展開に、アレスとフィリアの二人は素直に感嘆をこぼしていた。


 一撃で大地を切り裂くアレスの剣撃は問答無用で相手を一撃だ。などという展開は手を抜いているとはいえ本来起こり得ない。起こり得るはずがない。それも当然だ。彼の一撃はそもそも


 ならば、この現状はどういうことなのだろうか?


 一方的に攻め込んでいるはずのアレスの顔に自然と冷や汗と笑みが浮かぶ。


 逃げ回っている?防戦一方?時間の問題?フン、愚問だな。


 アレスとフィリアの二人は気が付いていた。


 ((この私)あのアレス)が、――あしらわれている!)


 「フン!」


 アレスは目の前の少年に鋼を打ち下ろす。


 対する遊はそれを同じ鋼で受けきらず、受けた衝撃を後ろへ進む力へと変換し、アレスの間合いからスルスルと逃げる。


 確かに一見すれば、アレスの一撃に遊が押し込まれている構図にも見える。


 しかし現実は違う。少年の技巧にアレスの攻撃力が封殺されているのだ。


 パワーを受け流す柔らかい防御。口で言うのは容易たやすいが、行うのは至難の技だ。僅かでも受ける力が強ければ、アレスの剛剣の前に腕を粉砕され、弱すぎれば問答無用で斬られる。それはタイミング、角度、力加減。どれか一つが微細にでも狂えばすぐに破綻する綱渡りだ。


 しかし少年は、それを平然とやってのけている。その事実にじわりと、アレスとフィリアの中には恐れとも喜びとも形容できる感情が染み出す。先程から少年は一言も発さず、真剣な表情でアレスの動きを見ている。


 少年の視線から、アレスとフィリアは少年が自分の動きから剣技を見切ろうとしているのだと察する。


 「私の剣は簡単に見切れるものじゃないわよ!」

 「―――いや、もう見切ったよ」

 「「ッ!?」」


 少年の一言に少女は激しく動揺する。

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